05.思惑が交差する
加筆しました。
嫌なやつだと思われるかも。
円卓を囲んだ老齢の貴族達は、密偵が手に入れた情報を書き纏めた三枚の書類を前にして頭を抱えていた。
一枚目の書類に書かれているのは、地方で起きた嵐による農作物の被害状況を纏めた報告。二枚目に書かれているのは、半年間で王妃が浪費したドレスや装飾品の請求金額を纏めた報告。三枚目は、王太子が新たな婚約者に据えると宣言している男爵令嬢の素行調査結果だった。
『……このままでは我が国の未来は!』
『殿下! ご決断ください!』
ダンッ! かつての騎士団長は震える拳を振り下ろし円卓を叩く。
『アルフォンス殿下! 何を躊躇されているのです!』
『まだだ。あと一つ糾弾できる材料を揃えるまで、待て。我らが今やらねばならないことは、家と田畑を無くした者達への救済だ』
被災地を駆け回り被害の状況を自分の目で見てきたアルフォンスは、眉間に皺を寄せ苦渋の表情を浮かべた。
「アルフォンス様」
鼻孔を擽る甘い、焼き菓子の香りでアルフォンスは閉じていた目蓋を開いた。
「お目覚めですか?」
ソファーで転た寝をしていたアルフォンスが目覚めたことに気付き、シュラインは編み棒をテーブルへ置く。
「私は、眠っていたのか」
片手で顔を覆ったアルフォンスは、背凭れに腕をかけて起き上がる。
起き上がった際、アルフォンスに掛けられていた膝掛けが床へ落ちた。
失態を見せてしまったと、息を吐く彼の様子に、シュラインはクスクス声を出して笑った。
「眠っていたのは三十分程ですよ。お疲れだったのでしょう。そろそろ日が暮れますし別邸へお戻りくださいな。お帰りが遅くなったら大事な方に心配されてしまいますよ?」
「シュライン、君は」
「なんでしょうか?」
振り返った際、シュラインの髪が揺れて彼女から香る甘い香りが強くなる。
「いや、何でもない」
視線を逸らしたアルフォンスは立ち上がり、壁際に控えていた執事からジャケットを受け取った。
「ああ、そうだ」
ジャケットを羽織ったアルフォンスは玄関ホールまで来ると、後ろを歩くシュラインの方を振り向く。
「一週間後、王妃主催の夜会が行われる。ヘンリーと男爵令嬢の婚約発表をするそうだ。伝えるのをすっかり忘れていた」
連絡無く宮殿を訪れた理由は、夜会参加の有無を訊くためだったようだ。
シュラインを気遣い言い出せなかったのではなく、彼は単純に甥の婚約発表を忘れていたらしい。
「王妃様主催の夜会ですか」
王妃主催の夜会には、彼女へ媚を売る貴族しか呼ばれないだろう。
本音は、そんな場所など行きたくも無い。だが、参加すると答えた時、アルフォンスの片眉が上がったのを見逃さなかった。
「もちろん参加しますわ。王弟殿下の顔に泥を塗るわけにはいきません」
シュラインが参加を渋れば、それを理由に彼は毛嫌いしている王妃主催の夜会を断ろうとしていたのだろう。
「そうか。ドレスを新調するのであれば」
「いいえ。一週間では仕立てられませんわ。持っているドレスを侍女長と相談してリメイクしてみます」
「リメイク?」
「え、いえ、手直しをします」
言い直したシュラインは、追い出すようにアルフォンスを別宅へと送り出した。
***
早く別宅へ帰るようにと、玄関ホールまで追い立ててくれたのに、アルフォンスが待機させていた馬車へ乗り込み、出発するまでシュラインは玄関に立ち見送る。
馬車の窓を開けて手を振れば、控え目ながら手を振り返してくれる仮初めの妻。
自然と口元が緩み微笑んでいるアルフォンスを、護衛も兼ねている側近は複雑そうな表情で口元を押さえた。
「何か言いたいことがあるのか。フィーゴ」
「くっ、ご機嫌な殿下が、いえ、相変わらず奥様は可愛らしい、と思っただけです」
吹き出すのを堪え過ぎてフィーゴの体がプルプル震える。
「お前、今後シュラインに近付くな」
アルフォンスの機嫌が急下降していくのに伴い馬車内の気温も急下降してる気がして、フィーゴの隣に座る護衛騎士の額から冷や汗が流れ落ちた。
武勇にも長けた王弟は、政務の合間日々の騎士団の鍛練にも参加しており、実力は騎士団長と同等だと騎士ならば見聞きして知っている。本気で圧をかけられたなら、慣れているフィーゴならともかく隣に座る新人騎士は耐えられない。
「殿下、それ仕舞ってくれないと。そろそろ別宅につきますよ。今夜は夕食まで付き合う、でいいんですね?」
「ああ。直ぐに帰ったら拗ねて面倒なことになる」
カーテンの隙間から煉瓦造りの屋敷が見え、アルフォンスは目蓋を閉じた。
屋敷の玄関扉を護衛騎士が開けると同時に、淡いピンク色のワンピースを着た淡い栗色の肩までの髪の人物が、アルフォンス目掛けて駆け寄った。
「えっ?」
初めて“彼”を目にした護衛騎士は固まる。
事前に聞いていた話だと、屋敷に居るのは“男性”だと聞いていたからだ。女性にしたら背が高いが、男性にしては華奢で中性的な綺麗な顔立ちをしていて、彼はどう見ても美少女にしか見えなかった。
「アル様!」
アルフォンスに飛び付こうとした少年を、フィーゴが二人の間へ入り遮った。
「リアム、久しぶりだな。よい子にしていたか?」
邪魔をするフィーゴを睨み付けていたリアムは、態度を一変させ目を輝かせて声をかけたアルフォンスを見上げる。
「はいっ、僕はアル様の言い付け通り静かにしていました。でも、最近のアル様は奥様の所へばかり行って、此処へは来てくださらないから寂しいです」
頬を染めて唇を尖らせる少年は、恋人に甘えている美少女にしか見えない。
うっすら涙を浮かべている彼の姿は、何も知らなければ庇護欲を駆り立てられるよな、と端から見ていたフィーゴは思った。
少年の甘える姿を見慣れているフィーゴは、平然と受け流しているが、新人騎士は頬を染めていた。
「新婚なのに妻の元へ通っていないと、母上の機嫌を損ねてしまうからね。お詫びにリアムが欲しい物を買おうか」
「では新しいドレスが欲しいです! この前仲良くなった友達からお茶会に呼ばれたんですよ」
リアムが“友達”と言った瞬間、アルフォンスの片眉が上がった。そのままフィーゴへ目配せする。
「分かった。明日にでも仕立て屋を手配させよう」
「アル様ありがとう~!」
飛び上がらんばかりに歓喜するリアムへ向けて、口元には笑みを張り付けたままのアルフォンスの脳裏にシュラインの顔が甦る。
『ドレスですか? この間仕立てたばかりですし、袖を通していないドレスもあります。新しいドレスはいりません。国民の税金を無駄遣いしては駄目です。それに、皆と相談してリメイクするのは楽しいの。あ、リメイクは、新しく購入するのではなく、作り直して新品同様にするということですよ』
自分を着飾る物もアルフォンスも求めない妻と、アルフォンスとドレスを求めるリアム。
(シュラインは私を信用も慕いもしない。……当然だな)
腕を絡ませ甘えてくるリアムのようにシュラインが甘えてきたら、と想像して苦笑いを浮かべた。
「アル様、今夜は泊まっていかれるのでしょう?」
「まだやるべき事が残っていてね。夕食の後に戻らなければならないんだ」
「えぇ~またですかぁ」
頬を膨らませたリアムはアルフォンスのジャケットの胸元にすがり付く。
「失礼いたします。お食事の準備が出来ました」
「アル様、行きましょう」
知らせに来たメイドに先導され、腕を絡ませるリアムに引っ張られるようにアルフォンスは食堂へ向かった。
常に冷静沈着、感情をあまり出さないアルフォンスの姿しか知らない護衛騎士は、口を開けたまま唖然と二人を見送る。
「あの方が、殿下が寵愛されている方なんですか?」
「あ? ああ。まぁ寵愛、だな」
口ごもるフィーゴは視線を逸らして頬を掻く。
「あれだけ仕事をこなした後、綺麗な奥様のところから愛人宅も訪れる元気があるだなんて、殿下は凄いですね」
「そこは感心するところじゃないだろ。俺からしたら奥様と恋人に対して不誠実で決断を渋る臆病者だ」
「不敬ですよ」
「今更だ」と笑ったフィーゴは、アルフォンスとリアムが向かった食堂へ歩き出した。
アルフォンス様......(°∀°)
明日は仕事なので、一話更新予定です。