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04.甘く、ほろ苦く広がる

後半、加筆しました。

 暖かな日差しが降り注ぐ昼下がり、厨房からはクッキーを焼く香ばしく甘い香りが宮殿内に漂っていた。


「奥様っ! 大変でございます!」


 慌てた様子のメイドから主人の帰宅を伝えられ、焼き上がったクッキーをオーブンから出していたシュラインは着けていたエプロンを外してメイドへ渡す。


 手櫛で一括りにしていた髪を直し、アルフォンスが扉を開く直前に玄関ホールへ到着した。


「お帰りなさいませ。アルフォンス様、今日はどうされたのですか?」


 何とか作った笑みを浮かべ、シュラインはメイド達の先頭に立ち名目上の夫を出迎える。


「たまには私も宮殿へ顔くらい出す。一応、新婚だからな」


(何が新婚よ。妻よりも美少年とイチャイチャしているくせに)


 偽装とはいえ妻として知っておこうと、スティーブに頼んで調べてもらったアルフォンスの恋人の報告書が届いたのは昨日のこと。

 少年は孤児院出身で、数年前にとある貴族に引き取られた。アルフォンスとの出会いはよく判らないが、シュラインと同じ年齢、高級住宅街の外れの屋敷を与えられ、毎月かなりの生活費を与えられているらしい。

 偶然、スティーブが手に入れたという少年用のドレス(?!)の請求書を見て驚いた。公爵令嬢だったシュラインが仕立てるドレス以上の金額だったのだ。

 それだけアルフォンスに大事にされている、ということなのだろう。頭では分かっていても、国民の税金を何に使っているのだと腹が立つ。


(ドレスも宝石も私がねだらないからだけだろうけど、妻へ贈り物の一つくらい無いのかしらね。せめて、手土産の一つくらい)


 王宮から少し離れた場所に建つ銀の宮殿。宮殿へアルフォンスが戻るのは数日ぶり。

 数日ぶりに顔を合わせたアルフォンスから、新婚という言葉が出てくるのは違和感があり、シュラインは引きつる口元を隠すように横を向いた。


 居間へ向かうアルフォンスは、廊下を歩きながら周りを見渡す。


「随分、変わった気がするな」

「以前の内装は、銀細工を使用した落ち着いた色合いでしたのでカーテンの色を変え、花を飾り華やかさを加えてみました。色合いが気になるようでしたら、元に戻しますが」


 宮殿内部の装飾は輝きを抑えた銀が主となり、落ち着いた雰囲気を感じさせた。

 宮殿の主が落ち着いた年代、老年期ならともかく、アルフォンスの宮殿としては色彩が落ち着きすぎ、寒々しい印象を与えていると感じて手を加えた。

 せめて、自分が彼の妻でいる二年間は居心地良く過ごしたいと、シュラインは主人であるアルフォンスが別宅へ入り浸っている間に、使用人達の意見を取り入れ銀細工に合わせた華やかすぎない色合いを加えてみたのだ。


 僅かに目を開いたアルフォンスは「いい」と首を横に振る。


「このままで。宮殿内が明るくなった」

「良かったです」


 受け入れてもらえたのが素直に嬉しくて、シュラインの口元に笑みが浮かぶ。



「どうぞ」


 居間のソファーへ腰掛け、シュライン自らが淹れた紅茶を一口飲んだアルフォンスはティーカップを置いた。


「これは?」

「お疲れかと思いまして、少しだけレモンと蜂蜜を加えてあります。お口に合いませんか?」

「いや、美味いな。それに、この部屋がこんなに居心地良かったのかと、少し驚いていた」


 重厚なカーテンに加えられた銀糸の刺繍、飾られた花や窓辺を彩る硝子のオーナメント。


「確かに、この部屋は寒々とした雰囲気がありましたからね。部屋の色彩と香りを工夫すれば、雰囲気も代わり様々な効果をもたらしてくれますよ」


 窓から吹き込んだ風がシュラインの髪を揺らす。髪から香る甘い香りにアルフォンスは目を細めた。


「甘い香りがする」

「なんでしょうか?」

「これも悪くない、と思っただけだ」


 首を傾げるシュラインを他所に、アルフォンスは紅茶と共に置かれたクッキーへ手を伸ばした。




 ***




 前世の記憶の一部に、黒髪黒目の女性となったシュラインと幼い姪が休日の度、談笑しながらお菓子を作っている場面が何度かあった。

 今世でも、ある出来事が起こるまでは厨房の料理人に手伝ってもらい、菓子作りを楽しんでいた。息抜きと作る楽しみから始めたお菓子作りは、もしかしたら前世の影響もあったのかもしれない。

 婚約破棄されたため王妃教育を受ける必要は無くなり、学園の卒業式まで特に予定も無く暇をもて余して再開させたお菓子作り。

 うろ覚えだった前世で作ったお菓子のレシピも、料理人の協力を得て改良を重ねたこだわりの物が出来た。

 ハンドミキサーがあれば楽だと思いつつ、頑張って泡立て器でかき混ぜた生クリームに角が立つようになると嬉しくなる。

 パウンドケーキに添えるクリームが出来上がったと、シュラインがにんまりした時、厨房の外から数人の話し声と足音が聞こえ抱えていたボウルを調理台に置いた。


「此処にいたのか」

「アルフォンス様?!」


 扉が開き入室してきた人物を見て、シュラインは驚きに目を見開き、次いで後ずさった。

 夕方以降の訪問が主だったため昼過ぎの早い時間帯に、アルフォンスが宮殿へ来るとは思っておらず油断していた。

 ジャケットのボタンは外していても、彼は王宮からそのまま来たようだ。

 王弟殿下の妻が厨房に出入りしているとは、小言の一つも言われるかもとつい身構えてしまった。


「そのケーキはシュラインが作ったのか?」

「えっ、はい」


 ふむ、と頷いたアルフォンスは、網の上で熱を冷ましているパウンドケーキと、エプロン姿のシュラインを交互に見た。

 側に居たはずの料理人と侍女達は壁際に控え、二人のやり取りを見守っている。


「あの、わたくしがお菓子作りをするだなんて意外でしたか?」

「いや? 意外では無いな」


「へっ?」と、間の抜けた声を出してしまった。


「時折、シュラインの髪と服から甘い香りがしていたからな。だが、全て作っているとは思っていなかった。……食べてもいいか?」


 ぽかんと、シュラインは目と口を開けてアルフォンスを見る。


「お口に合うか分かりませんよ」


(もしかして、甘いものが好きなのかしら?)


 甘党とは、クールな印象の彼と結びつかない。

 焼きたてを食べたいと言うアルフォンスのために、厨房の一角に椅子を置きほんのり温かいパウンドケーキを切り分けて皿に盛り付ける。

 頑張って泡立てた生クリームを添えてシュラインは皿を調理台へ置いた。

 美貌の貴公子が調理場でケーキを食べるのはなかなかシュールな光景だと、アルフォンスがケーキを一切れ口に運ぶのを調理台を挟んだ向かい側に座り眺める。


「美味いな」

「本当に?」


 目を細めて感想を口にしたアルフォンスに、シュラインは調理台に身を乗り出して問う。


「ヘンリー殿下は「何が入っているか分からない物は食べない」と受け取ってくださらなかったから、アルフォンス様が食べてくださったのに驚いてしまって」


『どうせ使用人が作ったのだろう。よく使う手だ』まだヘンリーに淡い恋心を抱いていた頃、溜め息混じりに言い放たれた冷たい声を思い出してしまい、シュラインの眉尻が下がっていく。

 婚約破棄と一緒に吹っ切ったはず。なのに、未だに心が揺らぐなんて。

 俯いてぎゅっと下唇を噛んだ。


「あの馬鹿のことは忘れろ」


 俯いていた顔を上げれば、パウンドケーキを完食したアルフォンスと目があった。


「次はブラウニーを食べたい。作れるか?」

「は、はい。次いらっしゃる時に作りますね」

「では、明日だ」

「えっ?!」


 驚くシュラインへ、ニヤリという効果音が聞こえてきそうなくらい楽しそうに、アルフォンスは口の端を上げた。


アルフォンス様は甘党みたい。

次話は21時更新予定です。今日は仕事休みなので、続編までいけるようにちょっと頑張ってみます。

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