彼女を手に入れるために葛藤し、身悶える
遅くなってしまい申し訳ありませんでした。
アルフォンス様、真っ黒の回です。
胸につかえていたものを吐き出すように、ヘンリーは王妃と婚約者の計画を告白した。
「叔父上、申し訳ありませんでしたっ」
知りうる全てを話し終わり、極度の緊張と罪悪感から解放されたヘンリーは、椅子の背凭れに凭れかかり目蓋を閉じた。
苦手を通りすぎて畏怖している相手、自分の王位継承を阻むアルフォンスに助けを求め馬鹿正直に愛する女の企みを話すことは、相当の覚悟を決めた行動だったのだろう。
「よく、話してくれたな。お前が積極的に協力したならば、私自らお前と婚約者殿の首を切り落としていたところだった」
「くび、を?」
顔を上げたヘンリーは、ひゅっと喉を鳴らしガタガタと震え始めた。
苦笑いしたアルフォンスは退室させていた侍従を呼び、自分を見詰めたまま膝の上で両手を握り震えるヘンリーを無理矢理立たせ、部屋から下がらせた。
(フッ、シュラインを拐かすだけでなく私に媚薬を盛る、だと? 男爵令嬢がリアムに接近した時点で何かやらかすだろうとは思っていたが、これほどとは)
王妃が国王と使用する、と言って王家の媚薬を持ち出すのは罪に成らない。
しかし、王子の婚約者とはいえ男爵令嬢が王族、実質上国王代理と成っているアルフォンスに媚薬、薬物を盛るのは重罪だ。その後のことを考えていないとは、数多の貴族子息を虜にした男爵令嬢にしては稚拙な考えといえる。
媚薬を使い抱かれればアルフォンスを虜に出来るとでも、自分には全ての男を跪かせる魅力があるとでも思い込んでいるのか。
さらに、奴隷の立場から救い世話をしていたリアムが拉致の片棒を担ごうとしているとは……。
(リアムも共謀し、恩を仇で返す行為を企むとはな)
腹の底から込み上げてくる乾いた笑いを堪え、口元を片手で隠す。
元老院と高位貴族達は、既にアルフォンスを次期国王とみなしている。それを国王と王妃が知れば何らかの行動を起こすだろうとは分かってはいたが、あまりにも短絡的な考えではないか。
自分達の行動が国と己の立場に与える影響を理解していないとは、王妃と王子の婚約者とは思えないほど愚かだ。
「火急の用がある」と執務室へ呼び付けたカストロ公爵が椅子に座るのを確認して、アルフォンスは人払いをした。
ヘンリーが告白した王妃とアリサの計画を知り、怒りのあまり顔色を赤から白へ変えたカストロ公爵は、肩を震わせ音を立てて椅子から立ち上がった。
「カストロ公爵、今は堪えてくれ」
「なっ?! 娘に危害を加えられると分かっていながら黙って見ていろと?!」
ガチャンッ!
振り上げた拳をカストロ公爵は勢い良くテーブルへ叩き付けた。冷めた紅茶がティーカップから零れ、床に敷かれたカーペットに染みを作る。
「シュラインへの、私の妻への誘拐及び暴行未遂は、浪費と怠慢以上に王妃を捕縛する理由となるだろう。もちろん国王には王妃を制止出来なかった責を問う」
「くっ」
「彼奴等の企みを完遂させるつもりはない。私を信じてくれないか」
苦虫を噛み潰した表情となったカストロ公爵は、取り乱すことなく淡々と言うアルフォンスを睨み付けた。
「…………お見苦しい姿を見せてしまい、申し訳ありませんでした。殿下のお考えに従います」
五分余りの睨み合いの後、冷静さを取り戻したカストロ公爵は取り乱した事へ謝罪の言葉を口にして退室した。
「よろしいのですか?」
扉が閉まり足音が遠ざかっていくのを確認してから、壁際に控え気配を薄くしていたフィーゴは遠慮がちに問う。
「なにがだ?」
執務室に居るのは気心の知れた側近のフィーゴのみ。冷静沈着な仮面を外したアルフォンスは、眉間に皺を寄せ不機嫌さを露にした表情となりきっちりと結んでいたタイを緩めた。
「計画を分かっていながら襲わせるのですか? 奥様が知ったら嫌われますよ」
「分かっている」
チッと舌打ちをしてアルフォンスは視線を下げる。
「たとえ嫌われたとしても、その感情を上書きしてやればいい。……むしろ」
(むしろ、シュラインの心を掴む絶好の機会となろう)
体を繋げたとしても、献身的に世話を焼きどれだけ愛の言葉を囁いていても、シュラインは二年間の契約結婚なのだと一線を引いている。
彼女の心を完全に手に入れるために、絶体絶命の危機という刺激的な展開はむしろ好都合だ。
(そのためには、多少怪我を負ってもかまわないだろう。あぁ、悪漢から庇い怪我をした私を前にして、涙を流し抱き付いてくるシュラインというのもいい。なかなかそそられる状況だな)
俯いていたアルフォンスがゆっくり顔を上げる。
暗い光を宿した瞳を細めて愉悦の笑みを浮かべたアルフォンスを見て、ぎょっと目を見開いたフィーゴは後退りをした。
***
椅子に座ったシュラインの傍らに片膝をつき、膝の上に彼女の左足首を乗せる。内出血で赤紫色になっている左足首に軟膏を染み込ませた湿布を当て、上から丁寧に包帯を巻いていく。
ついでに、剥き出しの脹ら脛の感触を味わうように数回撫でてアルフォンスは小さく息を吐いた。
「あの、アルフォンス様? どうされたのですか?」
甲斐甲斐しい世話を焼きつつも必要以上に触れてくるのは変わらないのに、今日のアルフォンスには憂いが混じっている気がしてシュラインは問う。
「ふっ、シュラインは可愛いな、と再確認していたのだよ」
「な、何をっ?」
そっと足首を膝から下ろし立ち上がったアルフォンスは、戸惑うシュラインの肩を抱き寄せる。
前髪を掻き分け、ちゅっとリップ音を立てて額に口付ければシュラインの頬は赤く染まった。
『失礼しました』
ヘンリーの告白を受けた後、何とか冷静さを取り戻した風を装ったカストロ公爵は、若干青ざめ固い表情でアルフォンスを見下ろした。
『流石、アルフォンス殿下ですね。王妃が企てた下らぬ計画を知ってもなお、冷静沈着でいらっしゃるとは』
怒りと軽蔑の感情を隠そうとしない義父から吐き捨てるように言われ、アルフォンスは笑い出しそうになった。
(私が冷静沈着、だと? 何を根拠にそんなことを言っている?)
幼少期から培った完璧な仮面によって、内面に渦巻く激情を隠しているだけだというのに。
(シュラインの体に触れ、傷付けた者は八つ裂きにしてやる)
今すぐ、下らない計画を企てる王妃と男爵令嬢を八つ裂きにしたい衝動と、シュラインが傷付けられるかもしれないという焦りで体が震え出しそうになる。
誘拐計画が与える自分とシュラインへの影響、王位簒奪後の国内外への影響について。怒りの衝動を押し留めるため、アルフォンスは脳内でいくつもの策を巡らしていた。
「シュライン」
名を呼べば戸惑いつつも、抱き締めるアルフォンスの胸に頬を寄せてくるシュラインは可愛いらしくて、改めて彼女への愛しさを認識した。
「あの、アルフォンス様」
視線を逸らしたくなるのを堪え、シュラインはアルフォンスの顔を見上げる。
「どうした? 体調が悪いのか?」
「体調は問題ありません。あの、アルフォンス様。痛みと腫れは治まってきましたし部屋の外、せめて庭へ出たいのです。部屋にばかりこもっていたら、息が詰まります」
王妃に扇で叩かれ、内出血で青くなっていた頬も大分色が薄くなってきた。
侍女と護衛騎士の監視下でもかまわないから、部屋の中から出たいとシュラインは訴える。
「外へ、か」
口元へ手を当てたアルフォンスは、暫時思案してからニヤリと笑う。
「そうだな。貴女が、可愛らしくねだってくれたら、考えよう」
「っ?!」
意地悪な、しかし期待に満ちた笑みを浮かべたアルフォンスに見詰められて、シュラインは恥ずかしさで体を縮こませる。
ぎゅっと握った両手を胸元に当て、シュラインはアルフォンスを真っ直ぐ見詰めた。
「アルフォンス様、外に出たいの。お願い」
アルフォンスの着るジャケットの肘部分を掴み、じっと上目遣いで見上げる。
口を半開きにして何も言わないアルフォンスを見上げ、これでは駄目なのかと不安と羞恥心からシュラインの眉尻が下がっていった。
「だめ?」
段々と悲しくなり、シュラインの瞳に涙の膜が張っていく。
「ぐっ、」
苦しそうに呻いたアルフォンスはグッと目を瞑った。
「まさか……破壊力が、こんなに、くっ」
眉尻を下げ上目遣いでおねだりするシュラインは、普段の彼女以上に弱々しく見えて庇護欲を掻き立てられる。
怪我を負っていなければ抱き上げベッドへ向かっていた。傷を負わせた王妃への怒りが湧き上がってくる。
片手で顔を覆ってブツブツ呟くアルフォンスに、シュラインは首を傾げてしまった。
「はぁ、すまない。これ以上は私がもたない。部屋の外へ出ることを許可するかは、追々連絡する」
「えっ、あのっ、アルフォンス様?」
突然、背中を向けたアルフォンスは片手で顔を覆い、足元をふらつかせて部屋から出て行った。
「奥様はお気になさらず、では私も失礼いたします」
主の葛藤を覚り笑いを必死で堪えるフィーゴは、困惑するシュラインへ一礼をしてアルフォンスの後を追って行った。
この後、シュラインの誘拐へと続きます。
師走の忙しさでログインすらままならず、遅くなりました。まさかの朝投稿です。
あと少しで完結、できるかな。
またまた和菓子様から素敵なイラストを頂きましたー! 近日公開予定(^o^)/ ありがとうございます!




