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胸の奥から沸き上がる感情の名は③

 ボキリッ

 夕陽が射し込む執務室に音もなく現れた暗部から報告を受け、アルフォンスは力任せにペンをへし折った。


「侵入者の素性は?」

「拘束前に隠し持っていた毒を飲み自害しました。所持品からイノセアン侯爵の私兵かと思われます。いかがいたしますか?」

「イノセアン侯爵は王妃の取り巻きの一人だ。王妃のために動いたのだろう。あの女が取り巻きを使いシュラインを害そうとすることは想定内だ」


 イノセアン侯爵は王妃リリアの恋人の一人。父親は前宰相ということもあり、学生時代はヘリオットの側近候補だった彼はリリアに籠絡され彼女の取り巻きの一人となった。

 一時は、次期宰相候補と見なされていたのだがリリアの我儘やヘリオットの職務怠慢を諌めず、実の父親と元老院から宰相候補から外されたのだ。

 政から離れたとはいえ、イノセアン侯爵が未だにリリアと裏で繋がっているのは把握していた。


「前宰相には世話になったとはいえ、もういいな」


 暗い光を宿したアルフォンスの言葉で、自身が何をすべきか察した暗部の青年は頭を垂れると執務室から退室した。


(前宰相の懇願で政から遠ざけるのみとし、枷をつけなかったのは甘かったか。シュラインに手を出そうとした罰は重い)


 机上の置時計を見て、アルフォンスは肘掛けに手をつき立ち上がった。


「戻られるのですか」

「悪いか」

「いいえ?」


 置時計を見た途端、アルフォンスは両目から剣呑な光を消した。

 その変わり身の早さに、吹き出しそうになるのを堪えてフィーゴは横を向いた。




 離宮へ続く門を潜り抜け、アルフォンスはついゆるんでしまった口元を片手で押さえた。

 玄関ホールに立ち並ぶ使用人達を見渡し中央に立つシュラインを見た瞬間、無表情だったアルフォンスは破顔する。


「ただいま」


 一直線にシュラインの元へ向かい、彼女の手を取り甲へ口付けを落とした。


「お、おかえりなさいませ」


 帰宅するようになってから、毎回このやり取りを繰り返しているというのに、未だに慣れないシュラインは恥ずかしそうに頬を赤く染め目蓋を伏せた。

 シュラインの全身から香る甘い香りを嗅ぎ、アルフォンスの胃は空腹を訴え出す。


(ああ、そうだったな)


 王宮で口にしたものは、急ぎの案件を処理するため昼食の時間が取れなかったため、眠気覚ましの珈琲とシュラインから差し入れてもらった焼き菓子だけだったことを思い出した。


「アルフォンスさまっ?!」


 悲鳴に近い声を上げてシュラインは目を見開く。


「な、何をっ」


 狼狽えるシュラインを抱き寄せ、アルフォンスは鼻と唇へ触れるだけの口付けを落とした。


「シュラインが恥ずかしがって、私の要望を叶えてくれないのだから仕方無いだろ?」

「それは、無理です! 抱き付いて自分から口付けるだなんて、わたくしには出来ません!」


 声に出してからシュラインは「あっ」と、肩を揺らした。

 使用人達から送られる生暖かい視線に気付き、羞恥から縮こまらせた体は真っ赤に染まっていく。


(可愛いな)


 シュラインを前にすると“冷徹な王弟”が崩れてしまう。彼女の全てが可愛いくて堪らない。

 今すぐ抱き上げて鍵のかかる部屋へ連れて行き、何処にも行かないように誰の目にも触れられないように、大事にしまって閉じ込めてしまいたくなる。


「ごほんっ。アルフォンス様、奥様はお困りのようですよ」


 やんわりと執事に注意され、アルフォンスはシュラインを解放した。




「アルフォンス様の恋人の方は、どのような方なのですか?」


 夫婦の部屋で食後のフルーツタルトを食べ終わり、二人きりになったタイミングでシュラインから問われたアルフォンスは口の中のタルトを吹き出しそうになった。


 顔を上げて執事へ目配せし、使用人を退室させる。


「急にどうした? 嫉妬か?」

「嫉妬は全く無いです。ええっと、美少年だと聞いて気になっただけです。知り合ってお付き合いを始めた切っ掛けとか、今後の参考にしたいと思いまして」


 嫉妬は無いと言うシュラインの言葉には迷いはなく、「残念だ」と器用にアルフォンスは片眉を上げた。


「リアムは、確かシュラインと年齢は同じだったかな。甘え上手で、子猫のような可愛らしさを持っている。雰囲気と顔立ちはシュラインとは真逆だな。特殊な性癖を持つ貴族の男娼をさせられていて、その貴族邸のサロンで自慢のために見せられたのがリアムとの出会いだ。痛め付けられていたのを憐れに思い、賭けの代金代わりに貰ったのが切っ掛けか」

「だ、代金代わりって、それに特殊な性癖って」


 眉間に皺を寄せたシュラインは口元をひきつらせる。


「興味が沸いたか? 女装させた上に道具を使い苦痛を与えながら抱くという、なかなか歪んだ趣味だったよ。体が治ったら職を与えて解放してやるつもりだったのだが、捨てないでくれと泣き付かれてしまってね。囲っている恋人、ということにしてしまえば鬱陶しい女避けにもなるし、リアムに可愛らしく甘えられるのは癒される。一人立ち出来るまで、屋敷を与えて世話することにしたのだ」


 思い込んでいた恋人関係ではないと分かったシュラインは、ぱちくりと数回目を瞬かせた。


「リアム様とは、その、体の関係はあるのですか?」

「私は男と交わるつもりは無いよ。妊娠のリスクは無いとはいえ、体の関係まで結ぶ相手は王族として選ばねば、余計な火種となりうるからな。甘えさせて可愛がってはいるが、伴侶にする気もリアムを抱きたいとも思ってはいない」


 体の関係を問うシュラインの不安と僅かに混じった嫌悪感を感じとり、アルフォンスの眉間に皺が寄っていく。


「でも、それは恋人というより……」


 小さく呟いてシュラインは口を閉じた。


(愛玩、の方がしっくりくるか。リアムを奪ったのは、あの男への嫌がらせのつもりだった。否、違うな。王妃に怯えていた幼い頃の自分自身と重なって見えた。だからリアムの世話をしたのか)


 複雑そうな表情を浮かべるシュラインを見詰め、椅子に座ったアルフォンスは手を伸ばして彼女の手首を掴む。


「私が妻にしたいと思うのは、後にも先にもシュラインだけだ」

「はいはい、あと一年半の間はアルフォンス様の妻でいますからね」

「一年半、だけか?」


 乞うように見上げるアルフォンスの声に含まれる拗ねた響きに、可笑しくなったシュラインはクスクス声を出して笑ってしまった。



 食後の紅茶を飲み終えたアルフォンスは、シュラインの腰を抱いて夫婦の部屋へ戻った。

 満腹感から沸き上がる眠気と欠伸を堪え、ソファーへ腰掛ける。


「シュライン、おいで」


 自分の隣へ座るようソファーの座面を軽く叩く。

 仕方無い、といった体で眉尻を下げたシュラインが近付き、細い腰に手を回したアルフォンスが自分の方へ抱き寄せた。


「ちょっと、アルフォンス様」


 抗議の声は無視し、アルフォンスは膝の上へ座らせたシュラインの首筋に顔を埋める。


「はぁ、疲れているんだ。貴女の香りを堪能させてくれ」

「もうっ」


 王妃が不機嫌になる度、職務を放棄し王妃のご機嫌伺いを始める国王のせいで、アルフォンスへ回される執務は増加している。

 さらに、一週間前に起こった嵐による被害把握のため被災地の視察と支援のため、ここ数日間はろくに睡眠をとれていない。

 シュラインと過ごす時間だけは息を抜ける。女性に甘える自分が存在するなど自分自身が一番驚いた。


(一年半だけだと言うならば、一年で離れられないようシュラインを縛ればいい。情に訴えるよりも子という鎖で)


「……アルフォンス様、暗くなってきたことですし、そろそろお帰りください」


 背中を軽く叩きシュラインが帰宅を促せば、アルフォンスは埋めていた顔を上げた。


「私は幼子ではないし、護衛もいるから夜道でも大丈夫だ。それに、遅くなったら此方で寝るつも「お帰りください!」りだ」

「ふふっ、私の妻はつれないなぁ」


 眉を吊り上げるシュラインに肩を竦めたアルフォンスは、腕の中へ閉じ込めていた彼女の体を解放した。


なかなか進まない。

次はアルフォンスvs王妃です。真っ黒泥々目指します(°∀°)


いつも誤字報告をありがとうございます。見直しはしているけど、誤字が多いため助かります。



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