胸の奥から沸き上がる感情の名は②
短いです。
アルフォンスとシュラインの登場を告げる声が夜会会場に響き、招待された貴族達は一斉に膝を折り礼をする。
パートナーであるアルフォンスの、濃紺色の燕尾服に合わせ紺色のイブニングドレスを身に纏ったシュラインを見て、華美なドレス姿の令嬢達は扇で隠した口元で嘲笑う。
アルフォンスからしたら、目が痛くなるような原色のドレスよりも夫に合わせて落ち着いた色合いのドレスを選んでくれた、シュラインの方が美しいと感じていた。
(王妃の取り巻きや国王に媚を売る連中の娘達か、私が袖にした娘達だな。王妃のご機嫌取りと私の妻の座を得たシュラインへの妬みとやっかみか)
不躾な視線を送る令嬢達の顔から家名を推測し、密偵が掴んだ両親の罪状を思い起こす。
アルフォンスと目が合った令嬢は一瞬色めき立つが、直ぐに彼の浮かべる刃のような冷笑に気付き恐怖から顔をひきつらせた。
「シュライン、もっと私に掴まりなさい」
腕にそえるだけだったシュラインの手を引き、しっかりとアルフォンスの腕に手を絡まらせる。
ふたりの体が密着し、シュラインからは令嬢達の姿は見えなくなった。
用意されていた部屋へ向かったシュラインを追い、アルフォンスが外へ出てから二時間後ー……
王太子の新たな婚約を祝うきらびやかな夜会は、警備の隙をついて王宮へ侵入した賊徒の捕縛のため中盤で強制終了、となった。
王妃は終了の決定に不満を爆発させ、喚き散らしたがアルフォンスの命を受けた第二騎士団長率いる騎士団、元老議員である貴族達が出てくると顔色を青くして押し黙った。
「賊は全員捕縛し、夜会は途中終了させました」
「尋問には私も加わる。私が行くまで死なせるなよ」
「はっ」
貴賓用寝室の扉越しに顛末の報告を受けたアルフォンスは、腕の中で眠るシュラインの頬を撫でる。
先ほどまで散々抱き、啼かせ、快感と疲労で意識を失ったのだ。朝までは目覚めないだろう。
何度もアルフォンスが食み、腫れぼったくなったシュラインの唇を労るように、触れるだけの口付けを落とし首筋へ吸い付く。
「んっ」
ちゅうっ、と皮膚を吸い上げればシュラインは身動いだ。
王妃が用いたのは、王家に古くから伝わる媚薬。
この媚薬は主に、政略結婚をした花嫁との初夜に使われていた。媚薬の効果は強力で、多用すれば子を成す頃には媚薬を用いた性交の快感に溺れ従順になるか、精神を壊してしまう。
騎士団が捕縛した賊は十人。そのうち、アルフォンスが昏倒させた男達は五人。
少なくとも五人もの男を手引きし、強姦させてシュラインを壊す気でいたのか。
これらを企てたであろう王妃への憎悪半分、シュラインを救うためとはいえ結果的に彼女を抱けたことは感謝していた。
全身を真っ赤に染め、涙で潤んだ瞳と蕩けきった表情で「もっと」とねだる可愛いシュラインを味わえたのだ。
男達への礼として、自ら尋問に加わらなければ気が済まない。
(彼女は私の妻だ。シュラインを凌辱させようとしたことを後悔させてやる)
クツリ、喉を鳴らしたアルフォンスは暗い笑みを浮かべた。
刃物を彷彿させる鋭い眼光と冷たい笑み。シュラインが目覚めて彼の笑みを間近で見てしまったのなら、「ひっ!」と悲鳴を上げただろう。
夜会の三日後、学生時代に王妃の取り巻きだった伯爵が反逆を企てた首謀者として、夜会に出席していた妻と娘は幇助したとして秘密裏に暗部により捕らえられ、翌日には毒杯により処刑された。
***
「今朝、月のものが来ましたの」
夜会から半月後、安堵と嬉しさを滲ませたシュラインからそう告げられ、アルフォンスは全身の血が冷たくなっていくような感覚を覚えた。
媚薬を盛られ、互いの同意無しの交わりで妊娠はしなかった。
喜ばしいことなのに、アルフォンスは喜ぶことは出来ずギリッと奥歯を噛み締めた。
「孕めば良かったのにな」
無意識に口から出た言葉は、アルフォンス本人にしか聞こえない小さいもので。声に出してからアルフォンスはハッと目を見開いた。
(そうか……そうだったのか)
婚姻を結んでから今まで鬱積していた想いの正体が何か、ようやく自覚する。
「何かおっしゃいましたか?」
「いや、何も?」
胎内へ吐き出した子種で孕んでくれていたならば、契約など関係無くシュラインを自分の傍らに縛ることが出来たのに。
実を結ばなかったことに落胆している自分を嘲笑う。
「ほら、手が止まっている」
一口サイズのクッキーを口へ運ぶように催促をする。
「そろそろご自分で食べてください」
「私達はまだ新婚とやらなのだ。愛しい妻に、疲れた体を労ってもらいたいのだよ」
「もうっ」
唇を尖らせながらもシュラインは星形のクッキーを一つ摘まむと、隣に座り口を開けて待っているアルフォンスの口元へ運ぶ。
渋々といった体でも「美味い」とアルフォンスが言うだけで、恥じらい嬉しそうに微笑む可愛らしいシュライン。
どれだけアルフォンスの心を揺さぶっているのかなど、鈍い彼女は分かってはいないのだろう。
(あぁ、拗ねた顔も可愛い……欲しい。シュラインの身体も心も全て手に入れたい)
愛玩以外の存在を「愛しい」と思ったのも、打算無く何かを欲したのも初めてだった。
どす黒い感情がアルフォンスの体内に生じ渦を巻いていく。
(どういう展開になれば、シュラインは私を想い慕うようになるのか)
クッキーを頬張りながら、確実にシュラインを手に入れるために自分から離れられなくするために必要なモノは何かと、脳内では数パターンの策略を組み立てていた。




