アルフォンスの憂鬱な日々⑥
ヘンリーが学園へ入学してから二年が経つ頃には、アルフォンスへ回される政務の量は国王以上となり、彼が王都で過ごす期間は更に増えた。
王宮で使用する部屋は、貴賓室から機能的な執務室へと変わり「王都滞在用に」と、王太后から離宮を譲り受けた。
母親と元老院に謀られたと気付いた頃には、外堀は完全に埋められてしまったと分かっていてもアルフォンスが手を離せば、王国は内部から崩壊していくことは容易に想像出来た。
面倒だと放り出したくとも、膨大な執務量に頭が痛くなっても、今アルフォンスが全てを投げ出したら中央が回らなくなる。更に唯一の王子、甥のヘンリーはお世辞にも国王として期待も出来ない。
(あの惰弱なヘンリーが、良き王になるとは到底思えないな)
王立学園に複数潜ませ、ヘンリーと貴族子息達を監視さている暗部から定期的に送られてくる報告書を読む限りでは、学園を卒業した彼等が王国を発展させていく未来は描けなかった。
「まさか、兄上と同じことをやろうとしているとは。学業不振、授業の欠席、深夜徘徊、賭博場への出入り、婚約者以外の女子生徒と肉体関係まで持つとはな。彼奴は何を考えているんだ」
王太子の立場でなく平民の男子生徒だったとしても、ヘンリーの素行は退学を言い渡されても仕方がないくらい悪い。
側近候補の貴族子息や護衛もヘンリーを諌めず、同じように享楽を楽しんでいるとは怒りを通り越して呆れた。
無能で愚か過ぎる者達は、自らの言動全てを監視されていると分かっていないのかと、首を捻ってしまう。
素行は全て護衛と監視を担う暗部から報告されるというのに。
次代の国王となれる可能性は、日に日に減っているということを恋人との逢瀬に夢中になるヘンリーはまるで分かっていない。
現国王の息子だから、仮初めの王太子の座を与えられているのであって、王位継承権はアルフォンスも持っているのだ。
「殿下、カストロ公爵令嬢はいかがいたしますか」
頬杖をつき思考を巡らしているアルフォンスへ、補佐官は遠慮がちに声をかける。
狡猾な男爵令嬢を“恋人”だと周囲に宣い、恋人とやらに骨抜きにされたヘンリーは愚かにもシュラインを疎んじ、国王夫婦と同じように婚約破棄を狙っているらしい。
取り巻きを使って、男爵令嬢が苛めを受けているように偽装しシュラインを陥れようとしているのは予測出来た。
「カストロ公爵令嬢に害は及んでいるか?」
「今のところ、男爵令嬢の取り巻きが仕掛けた小細工は暗部が全て回収しており、何も起きておりません。ただ、生徒間の噂だけは払拭出来ません」
「噂など強烈な事実で上書きしてしまえばいい。例えば……」
報告書の束を捲るアルフォンスの指が、学園内で繰り広げられている行為が書かれた一枚を引き抜き補佐官へ渡す。
「この、図書館や生徒会室での破廉恥な行為を影響力のある生徒に見てもらう、とかな」
「それはなんとまぁ、殿下もお人が悪いですね」
「フッ、兄上は息子の醜聞にどう対応するかな」
いくら口止めしようとも学園での噂は子息の親へ、瞬く間に面白おかしく貴族中へと広まる。
丁度よく国王夫妻主催の舞踏会が二月後にある。プライドの高い国王夫婦が、息子の愚行を知る貴族達からの好奇の目に耐えられるのか見ものだ。
クククッ、堪えきれずアルフォンスは喉をならして嗤う。
「はぁ、またこのパターンかよ。身分違いの恋愛ごっこが流行っているのか、教本でもあるのか。王族を敬い国を支えてくれてる者達を馬鹿にしているな」
ソファーに座り、やり取りを眺めていたカルサイルは乱暴に組んでいた脚を床へ下ろした。
「とっくに元老院からは王太子の資格無し、と見なされているのだろう。何を躊躇している?」
「王妃の散財にヘンリーの問題行動と婚約破棄だけでは、国王の廃位理由としてはまだ弱い。王妃が隣国と密通している確固たる証拠が必要だ。ヘンリーの恋人だという男爵令嬢は王妃と同じ穴の狢だろう。見目のよい貴族令息達に囲まれ、調子に乗らして置けば勝手に自滅していく。学園の方は、シュラインの、カストロ公爵令嬢の警護を増やしておく」
「王太子がここまで愚かだとは思ってはいなかった。国王の求心力は弱まっているだろ。反乱を起こしたら三日かからずに王都を落とせるが?」
先日、第二騎士団長と成ったカルサイルは、「騎士団は掌握済みだ」と不敵に口の端を上げる。
「反乱など起こしたら、短期間でも国を乱すことになる。先ずは王妃を排除し、兄上には傀儡の王となってもらい穏便に王位から退かせるのが一番だ」
最小限の犠牲で済むだろう展開は計算して出し、時間をかけ最良の道筋通りに動いている。
椅子から立ち上がったアルフォンスは、側近達へ次の指示を出した。
噎せかえるような強い香水ではないが、いつ訪れても母親の好む異国から取り寄せているというエキゾチックな香りは好きになれない。
何時もならば母親、王太后からの呼び出しは政務が終わらないと断っていたのだが、今回ばかりは断ることは出来なかった。
「久しぶりねアルフォンス」
慈愛に満ちた笑みを浮かべた王太后に出迎えられ、アルフォンスは母親の胡散臭さに歪めそうになる表情を余所行きの仮面で隠した。
「母上もお元気そうで何よりです」
胸に手を当てアルフォンスは王太后へ一礼する。
「王宮に居るのになかなか顔を見せてくれないのは寂しいわよ」
「申し訳ありません。火急の用件とは何でしょうか?」
近況報告もせずに、何処までも他人行儀な息子の姿に王太后は肩を竦める。
傍に控えていた侍従へ人払いするように告げ、王太后は侍女達を退室させた。
「昨日、ヘンリーがシュラインとの婚約解消を申し出てきたわ。学園で知り合った男爵令嬢を妃に据えると言い出していて、宰相が卒倒して運ばれたそうよ。シュラインとカストロ公爵、ヘリオットも婚約解消を了承したと、今朝になりわたくしは報告を受けたのよ」
眉間に皺を寄せた王太后は、事前相談無しに婚約解消を許した息子とヘンリーへの苛立ちが見え隠れしていた。
「では、シュライン嬢の今後について良き縁談を結べるよう、エレノアに連絡を取ります。代わりの縁談が王族に並ぶ者ならば、カストロ公爵を抑えられましょう。男爵令嬢を不敬罪で処罰し、ヘンリーを次期国王として私自ら再教育しましょうか」
「ヘリオットの婚約破棄を思い返すと、貴方が教育してもヘンリーが更正するとは思えないわ。……いえ、そうだわ、エレノアへ連絡するのはまだ待ちなさい。エレノアに頼らずとも、シュラインの婚約者として適任な者がいるではないですか」
俯いていた顔を上げた王太后は、意味深な視線をアルフォンスへ向けた。
「アルフォンス、貴方がシュラインを妻に娶りなさい」
壁際に控えていた侍従がギョッと眼を見開いた。
(……そうきたか)
王太后宮へ招かれた理由の一つは婚約者のことかと想定していたアルフォンスでも、シュラインとの婚姻は想定外だった。
内心では動揺していても鍛え上げた仮面は揺るがず、アルフォンスの表情筋はピクリとも動かない。
「此方からの誠意としてヘンリーと同等、元老院が密かに次期国王と推すアルフォンスがシュラインと婚姻を結べば、カストロ公爵の反意は最小限に抑えられるでしょう? それに、昔からリリアはアルフォンスに異常なほど執着している。ヘンリーの婚約者としても気に入らなかったシュラインが、貴方と新たに婚約したら……フフフ、必ず動くでしょう」
唇は笑みを形作っていても、王太后の目元は全く笑ってはいない。
(相変わらず冷酷だな。躊躇せず王妃は勿論、息子と孫を切り捨てる気か)
自分は母親から、王弟という使える駒だと判断されているのかと、アルフォンスは自嘲する。
「母上は社交界での噂をご存知でしょう。私の妻になるなど、シュライン嬢は望まないでしょう」
「シュラインは賢い子ですよ。望まぬ婚姻でも国のためだと割り切ってくれるでしょう。気になるのならば婚姻証明書は直ぐに提出せず、わたくしが預かります。アルフォンスがシュラインを妃にと、本心から望むようになったら教会へ提出します」
「母上、それではあまりにもシュライン嬢とカストロ公爵を軽んじているのでは無いでしょうか」
すうーっと、張り付けていた笑みを消した王太后は真顔となる。
「エレノアが懐妊したそうです。エレノアは王位継承権を保持したままクレセント国へ嫁いだ。ここまで言えばアルフォンスには分かるでしょう?」
「成る程。母上は、我が国をクレセント国の属国にしてもよいと?」
仮面を脱ぎ捨て、殺意すら感じさせる冷徹な素顔をさらけ出したアルフォンスの周囲の空気が、比喩ではなく重くなっていく。
室温すら下がっていくように感じ、壁際に立つ侍従の顔から血の気が失せていった。
侍従の目には、アルフォンスと王太后の間に冷たい火花が散っているように見えたに違いない。
ああー!イチャラブが足りない。次こそはシュライン登場までいきたいです。でもまだイチャイチャまでは遠い(°∀°)
先日、和菓子様からまたもや素敵なイラストをいただきましたー!登場人物紹介に順次アップしていきます。いつもありがとうございますm(__)m
頑張るぞー




