アルフォンスの憂鬱な日々③
途中、回想へとびます。分かりにくかったらごめんなさい。
執務室の扉をノックする音が聞こえ、訪問者を確認した補佐官が扉を開く。
「失礼いたします」
一礼して入室したのは側近兼護衛のフィーゴだった。
「殿下、例の物が届きました」
懐から取り出した手紙を受け取ったアルフォンスは、封蝋の印璽を確認してからゆっくりと開封する。手紙に書かれた内容を一通り読み口角を上げた。
「彼方は私の都合に合わせてくれるそうだ」
「では、動くのですか」
低くなったフィーゴの声に反応して、壁際に控えていた補佐官達が顔を上げた。
「いや、まだだ。あと一押し、といったところだな」
積み重ねた罪と証拠だけでも追い詰めて引き摺り下ろすことは可能だ。
しかし、まだ僅かだが奴等に味方する者が残っている。あの女の取り巻き、商会の会長が手を差し伸べて国外にでも逃れられてしまっては面倒だ。
「パウンズ商会会長の方はどうなっている?」
「潜り込ませた影が裏取引の情報を掴んでおります」
「捕縛には第二部隊を使え。カルサイルには、フィーゴの指示に従うよう伝えてある」
「はっ」
胸に手を当てて一礼してフィーゴは執務室を後にした。
扉が閉まるのを見届けてから、アルフォンスは手紙を仕舞うため執務机の引き出しを開けた。
引き出しを開けた途端、薔薇の香りが広がりアルフォンスは眉を顰める。
香りの元は、王妃リリア直筆の招待状。王妃主宰の夜会で、王太子ヘンリーの婚約発表を行うらしい。
(ヘンリーの婚約発表に元婚約者であるシュラインを招待するとはな)
招待状を破り捨てたくなる衝動を抑えたアルフォンスは、ガタッと音が鳴るくらい乱暴に引き出しを閉めた。
「チッ、臭いな」
薔薇の香りが指先に移り、アルフォンスは忌々しげに舌打ちをしてから補佐官へ窓を開けるように指示した。
きつい薔薇の香りは、幼い頃の悪夢のような記憶を呼び起こす。
(あの女、何処まで私を苦しめるつもりだ)
バキリッ、
アルフォンスの手に力が入り、握っていたペン軸にヒビが入った。
***
媚薬入りの果実水を飲み、介抱しようとしたリリアの手を振り払い自室へ逃げ戻ったアルフォンスだったが、強制的に高められた肉欲にまだ幼い精神は耐えきれず、彼はあっさり意識を失った。
異変に気付いた侍従により、救出されたアルフォンスは何らかの媚薬を盛られたと判断されて処置を受け、精神が壊れる一歩手前という危ういところで踏みとどまることができた。
正気に戻ったアルフォンスは、侍医から何があったのか尋ねられても答えられず混乱して泣き出す始末。
まさか、王太子妃たるリリアが誘惑紛いのことをするわけがない。たとえ、そうだとしてもリリアが否定したら、彼女を盲信しているヘリオットがアルフォンスに報復するだろう。
対外的には、第二王子を何者かが薬物を飲ませ暗殺しようとした、として扱われ警備の見直しをされた。
短期間とはいえ心を通わせた婚約者への哀悼と、アルフォンスの心に消えることがないだろうトラウマを植え付けてくれた義姉への憎悪の感情は、表へ出すことは許されず……彼は感情を飲み込むしか出来なかった。
数日後、ベッドから起き上がれるようになったアルフォンスは母親に呼ばれ、王妃の部屋を訪れた。
「こちらへ」
侍女に案内されたアルフォンスは、テーブルを挟んだ王妃の向かいの椅子へ座る。
「アルフォンス、体調は戻りましたか?」
「はい。ご心配をおかけして申し訳ありません」
頭を下げる息子を見詰め、王妃は膝の上で手のひらを握り締めた。
「わたくしは、貴方が何をされたのか分かっております」
「母上、僕は」
顔色を青くするアルフォンスへ、王妃は首を横に振った。
「アルフォンスに非は全くありません。ですが、」
王妃は一度言葉を切り、切なさと怒りを宿した瞳をアルフォンスへ向けた。
「国王陛下が倒れられた今、我が国でアルフォンスの立場は微妙なものとなるでしょう。ヘリオットの側近達は皆リリアに籠絡された者達、彼女の“お友達”ばかりです。愚かなヘリオットはわたくしを政から遠ざけ、元老院を軽んじ、貴方を排除しようと動くでしょう」
王立学園の“お友達”は、王太子を筆頭にした次代の国の中枢を担う者達。彼等が政権を握ったら、アルフォンスにも国が傾く未来しか浮かばなかった。
「留学という名目でこの国から離れ、知識と戦う術を身に付け貴方を裏切らない協力者を、友人を見付けてきなさい。あれを」
壁際に控えていた侍女が王妃へ一枚の紙を手渡す。
受け取った紙を王妃から提示され、アルフォンスは目を丸くした。
提出されたのは、海を渡った先の王国の王立学園入学申し込み書。
さらに、申し込み書に書かれていたアルフォンスの身分は王子ではなく、王妃の従兄であるメルクス辺境伯の次男だった。
「留学予定の学園は十三歳から入れますが、十五歳になるまではメルクス辺境伯の下で生活してもらいます。辺境伯からこれから必要となる武術を習いなさい。彼の地ならばリリアとヘリオットの力は届きません。十五歳になったら、辺境伯の嫡男カルサイルと共に留学し他国の知識を学んで来てもらいます」
有無を言わせない強固な姿勢の母親からは、自分を守ろうとしてくれる愛情と国の未来の憂いを感じ、アルフォンスは了承するしかなかった。
***
それから、五年後。
放課後の中庭に甲高い女生徒の声が響き渡り、周囲に居た生徒達は何事かと声の主を見る。
「何故ですっ! アルス君は、私のどこが気に入らないのよっ?!」
周囲からの注目を全く気にする素振りもなく声を張り上げたのは、赤みがかった金髪と桃色の瞳をした可憐な美少女。
大きな瞳と桜ん坊のようなぷっくりとした唇が小動物を彷彿させる女子生徒は、貴族や豪商の子息が多い学園の編入試験を合格して途中編入した学力優秀者で、編入初日から高位貴族子息や王子へ親しく話しかけて学園内の女子生徒達を敵に回した強者だった。
「どこがと問われても困るな」
金切り声で叫ばれた相手、金髪碧眼の整った顔立ちをした男子生徒アルスからしたら、女子生徒の存在は気に入らないどころか眼中になかった。
見目良く、地位がある生徒会役員の男子達にすり寄り生徒会長の王子を籠絡し、学園内外へ話題を提供するおかしな女子としか認識しておらず、まさか彼女が自分へ興味を向けるとは思っていなかった。
普段、取り巻きの男子生徒へ向けている人懐っこい笑顔は今や消え、別人のように大きな瞳を吊り上げ怒りを露にした顔で、対峙する男子生徒を睨み付ける。
だが、射殺さんばかりに睨まれても男子生徒は眉一つ動かさない。
「あえて理由を挙げるならば……媚びれば全ての男から受け入れられる、とでも思っているところだ。時に無遠慮な貴女の言動は、一部の劣等感を抱き体裁を気にする立場の者達から見たら新鮮で、心が救われる者もいるのだろうな」
フッと、アルスは小馬鹿にしたように嘲笑った。
「だが、私は貴女に救われたいとも思わない。魅力など感じないし、全く興味を抱けない」
「ひ、酷いっ!!」
淡々と理由を告げられた女子生徒は表情を歪め、堪えきれず両手で顔を覆った。
「貴様っ! どういうつもりだ!」
女子生徒が崩れるように地面へ膝をつくと、建物の影から男子生徒が我慢できないといった体で飛び出した。
炎のような紅髪と紅い瞳を持つ、制服の上からでも分かる屈強な体格の男子生徒へ、アルスは臆すこと無く冷めた視線を向ける。
「私に食って掛かるくらい大事に思っている女ならば、他の男へ目移りさせずに抱え込んでおけ。迷惑だ」
「なんっ、」
噛み付かんばかりの紅髪の男子生徒は、アルスから放たれた殺気に似た圧力を感じ取り、コクリと喉を鳴らした。
「バッサリ切り捨てたなぁ、アルフォンス」
人気の無い校舎の玄関ホールで待っていたのは、中庭での茶番劇に巻き込まれないように姿を眩ましていたカルサイルだった。
メルクス辺境伯の嫡男カルサイルは、新緑を思わせる髪と瞳を持ち、恵まれた体躯と運動能力から騎士科の生徒を打ち負かすほどの実力の持ち主で、女子生徒より男子生徒から憧れの目で見られているらしい。
「違う」
学園では隠している本名を口にしたカルサイルをアルフォンスは睨む。
「悪い、悪い、アルス。さっきので生徒会の奴等に睨まれたんじゃないか? 大丈夫か?」
「じきに卒業するから睨まれても支障は無いだろう。見目が良く地位がある男ばかり侍らす女の良さなど、私には全く分からないからな」
「確かに」とカルサイルはケラケラと笑う。
「あの女子生徒の取り巻きには、王子と高位貴族令息も混じっているんだろ。この国の未来は暗いかもな」
「国王陛下には王子の素行を全て伝えてある。学園卒業後は王位継承権を剥奪し、あの女子生徒と婚約させるらしい」
「うわぁまじか。あの女子生徒は没落しかけてる伯爵家の庶子だろ?」
無表情だったアルフォンスは嘲笑を浮かべる。
「王家からの口利きで伯爵家へ婿入りするだろうし、持参金で領地を立て直すことが出来れば、あの王子でも何とかやっていけるだろう」
「はぁ、学年主席の成績を維持する傍ら国王から頼まれた素行調査までやるとは、流石アルフォンスだな」
何度訂正しても本名で呼ぶカルサイルに、アルフォンスは舌打ちして睨む。
「だから、」
「此処には俺しか居ないんだし、いいだろう」
歯を見せて笑うカルサイルに背中を叩かれて、ここ数年間兄弟同然で彼と共に暮らしていたアルフォンスは、苛立つのが馬鹿馬鹿しくなって溜め息を吐いた。
手直しは後程。
留学先にいたヒロイン(笑)は、アルフォンスに返り討ちにされました(°∀°)




