アルフォンスの憂鬱な日々
ここからはアルフォンス視点となります。
元老院での会議を終え執務室へ向かっていたアルフォンスは、灯りに照らされた廊下の前方からやって来た人物の姿に気付き足を止めた。
何故、彼女が此処に居るのか考える前に嫌悪感から眉間に皺が寄る。
「殿下」
たしなめるようなフィーゴの声で我に返ったアルフォンスは、互いの表情が認識出来る前に眉間の皺を消す。
「アルフォンス、久しぶりね」
侍女を引き連れた王妃リリアは、アルフォンスへ向けて紅い口紅をひいた唇を笑みの形に吊り上げる。
「宮殿へあまり帰っていないと聞いたわ。このままでは、シュラインに愛想を尽かされてしまうのではなくて?」
「義姉上、ご忠告ありがとうございます。東方で起きた水害の被害状況と必要とされる支援物資を調査するため、現地へ赴いておりました。そうですか、可愛い妻を寂しくさせてしまわないよう今宵は早く宮殿へ帰るようにします。では、失礼いたします」
いくら不仲だとはいえ、元老院を無視して定例会議にすら不参加の名ばかりで、役立たずの国王の代わりに奔走しているのだと言外に告げれば、リリアは片手に持つ扇を握り締める。
突き刺さるような視線を背中に感じながら、アルフォンスは執務室へ向かった。
王妃リリア相手に随分豪胆になったものだと、アルフォンスに付き従うフィーゴは緩みそうになる口元に力を込めた。
***
ソレイユ王国現国王の弟アルフォンスの幼い頃は、利発な双子の姉の影に隠れて目立たないような、外見も内面も大人しい性格だった。
“能力は可もなく不可も無いが、控え目で王の器では無い。利用価値もあまり無い第二王子”
それが周囲の評価であり、アルフォンス自身も目指していた姿だった。
十以上年齢が離れている兄は、両親や臣下達の関心を長らく一人占めにしていたせいか年齢の離れた妹と弟が気に入らず、特に同性のアルフォンスが注目される度に不機嫌となるのだ。
双子の姉、エレノアは勝ち気な性格から兄ヘリオットから嫌味を言われる度に言い返し、時には両親に告げ口するなど反撃を繰り返していたため、しだいに苛めのターゲットから外れた。
大事なモノを壊されたり取り上げられ、武術の鍛練という名の苛めはヘリオットが王立学園へ入学するまで続き、アルフォンスは人の顔色をうかがって行動する少年になっていた。
傍目には弟想いの良き兄のように振る舞い、自身の不注意でモノが壊れたように話を作り、痣が残らないよう手加減して暴力を振るう兄はアルフォンスにとって恐怖の対象でしかない。
両親でさえ見破ることが出来ない、良い兄の裏の顔に気が付けたのは双子の姉エレノアと、ヘリオットと婚約破棄したシャーロットくらいだった。
王立学園卒業後、ヘリオットとシャーロットが婚姻すれば兄の顔色を見て怯える日々から解放されると安堵していたアルフォンスは、血相を変えた兄付きの護衛からの報告に目の前が暗くなった。
子爵令嬢と真実の恋とやらに落ちたらしいヘリオットは、婚約者だったシャーロットとの婚約破棄を両親に相談なく宣言してしまったというのだ。
身勝手な婚約破棄宣言により、トレンカ公爵家と王家の間に亀裂を生じさせ両親を大いに落胆させたヘリオットは、卒業パーティーの直ぐ後王宮へ連れ戻された。
久しぶりに会った兄は以前よりも丸くなった気がしたが、近くに存在を感じるだけで嘔吐感が込み上げてくるほどアルフォンスの体は兄を拒否していた。
(あれだけ称賛されていた兄上は、これほどまで愚鈍だったのか)
子爵令嬢が孕んだと知った時は、驚きを通り越して呆れてしまった。
さらに、市井の新聞記者へ情報を流し悲劇の王太子と恋人というように振る舞うとは。
対応に追われる父親が体調を崩し側近達が大騒ぎしていても、当事者の二人だけは幸せの真っ只中。
幼いアルフォンスでも理解できない二人とは関わりたくも無いのに、王太子妃となったリリアに気に入られてしまったのは不運としか言いようがない。
毎日のように離宮へ呼ばれるようになったアルフォンスは憂鬱な日々を送っていた。
貴族の女性としては奔放過ぎて、とても淑女とは思えない言動をするリリアと過ごす時間は楽しいとは思えない。だが、一度断ったときに「不馴れな王宮での孤独感、妊娠中のリリアを労れ」と兄から睨まれてしまい、誘いを断りにくくなってしまった。
「アルフォンス~」
離宮を訪れたアルフォンスへ向けてリリアは満面の笑みで出迎える。
「来てくれてありがとう」
「うわっ! 義姉上っ!?」
勢いよくリリアに抱き付かれたアルフォンスはよろめき、半歩下がった。
「アルフォンス!」
眉を吊り上げたヘリオットがリリアを抱き寄せ、アルフォンスから引き剥がす。
「リリアは身重なのだ。あまり興奮させるな!」
「申し訳ありません」
走って抱き付いてきたのはリリアからで、アルフォンスには非はない。ヘリオットはそれを側で見ていたはずだ。喉元まで出かかった文句を何とか押し止め飲み込む。
「もぉーヘリオットは心配性なんだからぁ~」
ヘリオットの腕に自分の腕を絡ませたリリアは、上目遣いで彼を見上げ甘ったるい声を出す。
二人だけの世界へ入ってしまったのか、ベタベタと絡み合う様子はまだ恋愛感情を知らないアルフォンスが見ても非常に不快なものだった。
(もしも、兄上の妃がシャーロットお姉様だったら……こんな状況にならなかったのに)
ふと、王太子だからと臆さずにヘリオットを叱ってくれていたシャーロットが王太子妃となった場合を考えてしまい、軽く首をふる。
公爵令嬢としての体面と矜持を深く傷付けられたと、婚約破棄の手続きを終えた直後、シャーロットは他国の貴族と婚約し一月後には嫁いで行ってしまったのだ。
一言、愚かな兄の代わりに謝りたかったのに、幼い自分の力ではそれすら叶わない。
(僕が大人だったら、もっと力があれば、兄上を止められたかもしれないのに……)
侍女達はそそくさと退室してしまい、ヘリオットとリリアのやり取りを見せ付けられる羽目になったアルフォンスの握りしめた指先は、力が入りすぎて白くなっていた。
「お帰り、アルフォンス」
自室へ向かう廊下を歩いていると、腰に手を当ててた少女が待ち構えているのが見えて、アルフォンスは苦笑いした。
「またあの女の所へ行ったの?」
双子でもアルフォンスとは似ていない顔立ちと、栗色に近いダークブロンドの長い髪をツインテールにした双子の姉エレノアは、呆れた表情を隠さずふんぞり返る。
シャーロットに憧れを抱いていたエレノアは、憧れの存在とは真逆の外見と性格をしたリリアのことを義姉とは呼ばない。
「義姉上は機嫌を損ねてしまうと他の者達に八つ当たりをするんだ。兄上からも労れと言われているのだから、仕方無いだろう」
幼い王子と王女の耳に入らないよう周囲は気を付けているようだが、アルフォンスは何度か目の前でリリアに癇癪を起こされている。
不手際があった、目付きが気に入らないと、理不尽な理由で次から次へと自分付きの侍女を辞めさせていた。
「馬鹿なお兄様。シャーロットお姉様の方が何倍も素敵だったのに。お兄様が国王になったらこの国は傾くわね」
その通りだと思っても、エレノアの意見には臆病なアルフォンスは頷けない。王宮内の何処に王太子派の者達が潜んでいるか分からないからだ。
トレンカ公爵家との関係が悪くなった今、ヘリオットが次期国王となることに反対する声が少数派ながら上がっている。
反対派が担ぎ上げようとするのは、自分だということをアルフォンスは理解していた。
「そうだわ、アルフォンスが国王になればいいじゃないの」
良いことを思い付いたとばかりにエレノアは瞳を輝かせた。
「僕が?」
目を見開いた後、深い息を吐いた。
「エレノアは女だから、兄上から敵視されてないから分からないんだ。そんなことを考えたら一生幽閉か暗殺される。それに……僕は国王の器じゃないよ」
臣下や国民のことではなく保身ばかり考えているようでは、到底国王の地位など就けないだろう。
「もぅ、情けないんだから。アルフォンスの弱虫」
頬っぺたを膨らましたエレノアは腕組みをして「フンッ」と横を向いた。
回想と本編を絡めて、アルフォンスの策略を出していきます。更新はゆっくり。
シュラインとのラブラブの話も入れる予定です。




