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22.これにてハッピーエンド?

本編終話となります。

 突然の王妃の病死により、精神を病んでしまった国王が退位して早くも一月半が経った。

 退位した前国王は心身の療養のため、三週間前に王都から離れた辺境に位置する領地へと旅立った。

 そして、王宮に残る王族が王太后のみでは不都合があると、アルフォンスとともにシュラインが離宮から王宮へ移り住んだのは半月前。



 壁際に設置されている棚が、カタカタカタと動いたのに気付いたシュラインは、ベッドに寝たままだった重い体を起こす。


「無理をなさってはいけませんわ」


 腕に力が入らず傾ぎそうになるのを侍女が支え、ヘッドボードと背中の間に入れられたクッションに凭れた。


 ガタンッ


「ありがとう」とシュラインが侍女へ礼を告げた時、棚が横へとスライドしてアルフォンスが姿を現した。


 王宮に張り巡らされている無数の隠し通路。彼は一日数回、隠し通路を使って執務室を抜け出して来るのだ。

 三時間ほど前に顔を合わせたばかりなのにと、シュラインは溜め息を吐く。

 文句を言ってやろうかと思ったのに、起き上がっているシュラインを確認した途端、笑みを浮かべるアルフォンスの顔を見ると何も言えなくなった。


 ベッドへ向かったアルフォンスの手がシュラインの頬を包み込む。

 低めの体温が熱っぽい肌には気持ち良くて目を細めると、視界の端に侍女達が退室していくのが見えた。


「体調はどうだ?」

「相変わらず起きていられなくて……昼食は無理でしたが代わりにと、すりおろしてもらった林檎は食べられました」

「少しでも食べられたなら良かった」


 昨日はほとんどの食事が喉を通らず、何とか飲み込めてもしばらくすると嘔吐してしまった。散々心配をかけたせいか、アルフォンスは安堵の表情を浮かべた。


「ああ、兄上達は無事にローゼンシアへ到着したと、先ほど連絡が届いたよ」


「そうですか」


 前国王が療養へ向かった辺境の地は、温泉が湧き出る地として上流階級の別荘が建ち国内外から湯治客が訪れる場所だった。

 国有地として街道は綺麗に整備され、軍も駐留している街は警備面も問題はなく、元国王が療養するには最適な場所だろう。

 ただ、王太子だったヘンリーも王位継承権を放棄して父親と共に向かったのは驚きだった。アルフォンスはヘンリーを仮の領主とし運営を任せ、上手く責任を果たせればいずれ彼に領地としてローゼンシアを与えるつもりらしい。


(仲良く無かったと聞いていたけれど、療養先にローゼンシアの地を選ぶだなんてお兄様へ対する気遣いなのかしら。ヘンリー様も、まさか王位継承権を放棄して一緒に行かれるとは思ってなかったな。脳内お花畑では無くなった彼なら、良い領主となれるかもね)


 常に感じている眠気でぼんやりとするシュラインの髪を、アルフォンスは慣れた手つきで櫛を持ちとかし、三つ編みにしていく。


(今なら、訊けるかな)


 穏やかなアルフォンスの様子に、ずっと気になっていたけれど自分の体のことで精一杯だったせいで訊きそびれていたこと、穏やかな空気が流れる今なら訊ける気がして、シュラインは口を開いた。


「あの、アルフォンス様、アリサ様とリアム様はどうしていらっしゃいますの?」


 髪を結うアルフォンスの手が止まる。


「……男爵令嬢は父親の領地へ戻し、王都へは二度と足を踏み入れられないようにした。リアムは、奉公先で立派に勤めを果たしているよ。気になっていたのか?」

「色々あったけれど、彼等が酷い目に合うのは少し、後味が悪いのです」

「ふっ、私の妻は優しいな」


 髪を結い終わったアルフォンスの指先が頬を撫で下ろし、シュラインはくすぐったさに目蓋を伏せた。


(優しいのは貴方でしょう。わたくしの耳に入らないよう、壁になってくれているのだから)


 ベッドに腰掛けたアルフォンスは、シュラインをそっと抱き寄せる。

 心地好い彼の体温を感じながら目蓋を閉じた。


 王宮へ移ってから体調を崩したシュラインを気遣い、残酷な噂は耳に入らないように配慮してくれている。

 前国王の残した課題や政務に追われ忙しいはずなのに、様子を見に来てくれる彼。

 嘔気で苦しくても傍らに居てもらえると、安心出来るくらい心を許す存在となっていた。


(婚約破棄された時は、王家に関わるなんて金輪際勘弁だと、王太后様から婚約者として彼を紹介され、偽装結婚を持ちかけられた時は本当に馬鹿にしていると思った。でも、今は、貴方のことがこんなにも、愛しくなるなんて)



「そうだシュライン、戴冠式は二ヶ月後に決定したよ」

「二ヶ月後、ですか?」


 思考を中断し、目蓋を開いたシュラインは顔を上げた。


「侍医が、その頃には安定期に入るだろうと言っていたからね」

「御気遣い、ありがとうございます」


 まだ平らな下腹部をアルフォンスの手のひらが優しく撫でる。


 離宮から王宮へ住まいを移した後、月経の遅れと食欲不振から侍医の診察を受けたシュラインに告げられた診断は……妊娠だった。

 最終月経からして、妊娠したタイミングは誘拐犯から救出された日の夜、あの時だったに違いない。


「怒っているのか?」

「だって、わたくしには何も教えてくれないで進めてしまうんだもの」


 ムッとして唇を尖らせて横を向けば、言葉に詰まったアルフォンスが唾を飲み込む。


「くっ、悪かった」

「いくら国王と王妃を欺くためとはいえ、噂を立てさせて男色の振りをしていただなんて。国王を退位させた後は貴方が即位するだなんて。そんな重要なことを、直前まで教えてくれないなんて、信じられないでしょう」

「それは、教えたら逃げられるかと思ったら、言えなかったのだ。それに……は、誤算だった」


 ばつが悪そうに言うアルフォンスの言葉の一部は、小さすぎて聞き取れなかった。

 シュラインは腰に回された手の甲をつねる。


「虚偽は十分離婚理由となりますからね」

「シュライン、子を授かったのに君はまだ離婚を口に出すのか」

「当たり前でしょ」


 はぁー、わざとらしい溜め息を吐いたアルフォンスは、シュラインの耳元へ唇を寄せた。


「私が良い国王になれるかどうかは、隣に立つ王妃しだいだよ。シュラインにはこれから優秀な伴侶、側近、外交官となり、私を支えてもらう予定なのだからな。愛しているよ」

「くっ、相変わらず卑怯なんだから」


 いくら多少は慣れてきたとはいえ、甘く囁かれると恥ずかしい。こうすると弱いと、理解してやっているアルフォンスの言動に苛立ちながらも、頬が真っ赤に染まっていく。


「わたくしも、あ、あい、貴方が好きみたいです」


 羞恥心が邪魔をして、素直に伝えられないシュラインの精一杯の言葉。


「今は許してやるが、子が生まれるまでに“愛している”と言わせてやる」

「何を言ってるの、うぅっ!」


 息を吸った瞬間、胃から込み上げてくる嘔吐感に襲われシュラインは口元を手で覆った。

 すかさずアルフォンスはサイドテーブルの上に用意されていたタライを差し出す。


 タライを抱え嘔吐するシュラインの体を支えながら、彼女の背中を撫でるアルフォンスは恍惚の表情を浮かべた。


「ああ、君が可哀想だと思う反面、君を苦しめている原因が私との子どもだと思うと、ふふっ、嬉しくなってしまうな」

「はぁ、はぁ、なぁに?」


 吐瀉物入りのタライを受け取り、甲斐甲斐しくアルフォンスは濡れ布巾でシュラインの汚れた口元を拭く。


「シュラインの世話をさせてくれるとは、良い子だなと思ったのだよ」

「えっ」


 嘔吐シーンを見ても嫌な顔一つせず、むしろ嬉しそうに世話をする夫を見てシュラインの背中を冷たい汗が流れ落ちる。


(……この人は、もしかしなくても、いやかなり、変態なのかもしれない)


 おそらく、全身を襲う寒気は嘔吐だけが原因ではない。


 それでも、アルフォンスに世話をされるのを嫌ではなく嬉しいと思っている時点で、彼からは逃げられないのだろうなとシュラインは苦笑いしてしまった。




 二代にわたる王太子の婚約破棄騒動が起き、王弟により国王と王太子が追放されたと、一時期噂好きな市民達は面白おかしく騒ぎ立てた。

 しかし、新国王に即位したアルフォンスの統治手腕により国はさらなる発展を遂げていく。

 また、新国王は市民への御披露目となる即位式から王妃を溺愛しており、その溺愛っぷりは見ている者達の方が照れてしまうほどだったという。


アルフォンス様は新たなる楽しみ(シュラインのお世話)を楽しんでいるみたいです。


本編をこれで終わり、アルフォンス視点の話で完結となります。

ここまでお付き合いくださいまして、皆様ありがとうございましたm(_ _)m

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