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21.ヒロインになれなかった私達

 冷たい石造りの壁が四方を囲み、窓には硝子と鉄格子がはめられた部屋にアリサは収監されていた。


 トイレと洗面台が設置されていることから、一応女性用に配慮された牢屋というのは分かるが、灯りは手の届かない場所にランプ一つのみという薄暗さと床の冷たさには慣れない。

 三日前まで王太子の婚約者として王宮の迎賓室を与えられていたアリサにとって、今の処遇には屈辱と不安しか感じられなかった。


「私のことをヒロインだって言っていたのに、全然上手くいかないじゃないっ。王妃は何やっているのよ」


 ボスッ、ベッドに腰掛けて枕を殴る。


「少し努力すれば、選択肢を間違えなければ、ヒロインには強制力が働いてアリサのことが好きになるのよ。私の言う通りにしなさい」


 そう王妃は言っていた。

 実際、王妃のシナリオ通りに動けばヘンリーはアリサに好意を抱き、のめり込んでいった。


(上手くいかなくなったのは、シナリオを無視してアルフォンスを攻略しようとしたから? だって、アルフォンスを好きになっちゃったんだもの)


 枕を抱き締めたアリサは天井を仰いだ。



 自分の中に、知らない世界の記憶があるとアリサが気付いたのは、十三歳の頃だった。

 母親が病気で亡くなり男爵家に引き取られ、父親がワインを飲んでいるのを見た時に突然、記憶が甦ったのだ。


(ワインじゃなくて、ビールが飲みたい)


 ワインすら飲んだことがなかったアリサは混乱し、その後は高熱をだして丸一日寝込んでしまった。

 寝込んでいる時、脳裏に甦った前世の記憶ではアリサは中小企業の事務員として働き、一人暮らしのワンルームで毎晩晩酌をしているような二十代の女性だった。

 恋人もいない生活の中、酔った頭で「生まれ変わったらお姫様になりたい」と、考えていたこともあった気がする。前世、職場と家を往復するだけの日々では、美形な男性を侍らせる夢を見てもいいじゃ無いか。


(こうなるなら王妃の誘いを断り、堅実に生活すれば良かったのかしら。……あら?)


 外から聞こえてきた足音に、アリサは俯いていた顔を上げた。


「……アリサ、聞こえるかい?」


 扉越しに聞こえた声の主が誰か気付き、勢い良くアリサは立ち上がった。


「ヘンリー!」


 枕を放り投げ、駆け出したアリサは冷たい鉄の扉を両手で叩く。


「ヘンリー開けてっ!早く私を此処からだしてぇ。もうこんな場所に居るのは嫌なのっ!」

「っ、それは出来ないんだ」


 間髪入れずに返ってきたのはヘンリーの上擦った声だった。

 今までアリサがねだればどんな我が儘も叶えてくれたのに、扉越しに聞こえるヘンリーの声色からはそれは無理だと分かり、アリサの頭に血が上った。


「出来ないってどういうこと?! だって貴方は王太子でしょう? 国王陛下にお願いして」


 ガァンッ! 力一杯扉を叩けば、扉の向こう側に居るヘンリーは溜め息を吐く。


「違う。もう、僕は王太子では無い」

「どういうこと?」

「王族に対する信頼を落とした僕は次期国王には相応しく無いとされ、王位継承権を放棄して父上と共に辺境へ行くことになったんだよ」

「えっ?」


 唖然となったアリサが、ヘンリーの言葉を理解するのにたっぷり十数秒かかった。


「何それ? 王妃様はご存知なの?!」

「母上もそのうち知るだろう。アリサ、君は……学園時代、多くの貴族子息と婚約者の仲を引き裂き混乱を招いた罪、次期国王の殺害未遂、次期王妃の誘拐に加担した罪により、処刑が決定した」

「はっ? 処刑、ですって……? 次期、王妃って……」


「処刑」と小さく呟いて、アリサの頭の中が真っ白になる。体から力が抜けていき、扉に手を当てて座り込んでしまった。


「でも、アリサ、僕は君を」

「殿下、お時間です」


 言いかけたヘンリーの言葉は、被せるような騎士の声で消されてしまう。

 扉越しにヘンリーが離れようとする気配を感じ、アリサは扉を叩いた。


「待って!」


 制止の叫びに答える者はいない。

 無情にも数人の足音は冷たい牢屋から遠ざかっていく。


「待ってよ! そんなの、嘘よ。だって、あの女は悪役令嬢じゃないの?! 次はヘンリー一筋になるからぁ! リセットしてやり直しさせてよぉ!」


 両手で顔を覆ったアリサは、扉にすがって泣き叫んだ。


 一晩中泣き叫んだアリサは、処刑執行の日までありもしないリセットボタンを探しまわるという、奇妙な行動を繰り返していたという。




 ***




 執務室の窓から見える夕焼けの茜色と夜空の藍色が混じりあった空を睨み、不機嫌なアルフォンスは舌打ちをした。

 国王へ回していた分の仕事が増え、山積みとなった書類の量は直ぐには終わらないだろう。

 自業自得とはいえ、これでは宮殿へ戻りシュラインと夕食は食べられそうもない。


 重要でもない書類は全てランプの火で燃やしてやろうかと、物騒なことを考え出した時、執務室の扉がノックされた。


「失礼します」


 入室したフィーゴからは僅かに鉄錆の臭いがして、アルフォンスは目を細める。


「たった今、ニコラスという男の処刑を終えました。首と胴は離れていますが、体の傷は少ないです」

「そうか。男の体は愛好家にでも下げ渡せ」


 顔色ひとつ変えることなく、アルフォンスは手元の書類へと視線を落とす。


「はっ」


 一礼して顔を上げたフィーゴは視線をさ迷わせた後、意を決したように口を開いた。


「あの方の処遇ですが、ドラクマ伯爵へ引き渡す、で本当に良いのですか? 伯爵のコレクションとされた者達は、その、処刑された方が楽な扱いを受けると、心身ともに狂わされると、聞いておりますが」


 言いにくそうに口ごもるフィーゴに対し、アルフォンスは酷薄な笑みを返した。


「私の寵を得られず持て余した肉欲を、執事を誘惑し発散していたのだ。ドラクマ伯爵に愛されるのはリアムにしたら本望だろう。私の言うことを聞き入れて、子爵家へ養子にはいっていれば平凡な日々を送れたのにな」


 後継者の居ない子爵家への養子、奉公先として他国でも手広く商売をしている商会を用意したのに、リアムは全て断りアルフォンスにしがみついた。この結末を招いたのは、自らの意思だ。

 美しいモノを独特の感性で愛でるドラクマ伯爵は、猟奇的な性嗜好以外は優秀な人物だとアルフォンスは考えていた。だからこそ、リアムへの処罰を国外追放や処刑ではなくドラクマ伯爵への譲渡にしたのだった。


「まぁ、シュラインに手を出した時点でリアムは私の敵となった。処刑にしないのは温情だよ」

「温情、ですか」


 幾度となくリアムと顔を合わせていたフィーゴは、複雑な感情を露にして表情を歪めた。


王妃、アリサ、リアム、ニコラスの結末です。

リアムの引き取り先、ドラクマ伯爵の悪趣味はご想像にお任せします。

手直しするかも(-_-;)

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