19.ヒロインだったはずの私
王妃リリアの独白。
内容がアレなため、胸糞注意です。
薄暗い室内へ、高い天井の上部にある鉄格子がはめられた窓から朝陽が射し込み、今が朝だと分かる。
この狭く息苦しい棟へ王妃リリアが閉じ込められ、早くも五日が経っていた。
鉄の扉を叩いても、叫んでも誰も来ない。
罪を犯した高位貴族や、王族を一時的に収監するため用意された室内は、寝具やソファー、テーブルが置かれ本棚にはありとあらゆるジャンルの本が並べられている。牢にしては豪華とはいえ、十年近く過ごした王妃の間に比べれば居心地は最悪だった。
「何故、こんなことに。ハッピーエンドは迎えたのに」
ソファーへ腰掛けたリリアは、赤いマニキュアが先端だけ剥げた親指の爪を噛む。
十五歳で王立学園へ入学して、王太子を攻略して彼の妃となり全て順調だったはずだ。
「アリサが欲を出したから、かしら? あの娘が勝手に動いて、余計な真似をしたからっ」
きつく噛んだ下唇が切れ、口内へ鉄錆びの味が広がった。
王妃、リリアはサーパス子爵と、子爵邸にメイドとして勤めていた母との間に生まれた貴族の庶子だった。
母は金に赤みがかった髪、青空を思わせる瞳をした可憐な容姿で、多くの男性使用人達が憧れを抱いていたらしい。
平民だった母親を、サーパス子爵は正妻としては迎えられなかったが、母親は愛人として別邸を与えられそこでリリアを生んだ。
母親によく似たリリアも可愛らしい顔立ちをしており、サーパス子爵は彼女を認知してそれなりの教育と生活をさせてくれた。
王立学園入学の一年前になると、別邸から本邸へ住まいを移したリリアは、サーパス子爵令嬢として恥ずかしくないよう本格的な淑女教育を受け入学に備えていた。
薄いピンク色の花が咲く木が立ち並ぶ道を通り抜け、舞散る花弁が雪のようだと感じた時、リリアの中で不思議な感覚が生じたのを今でも覚えている。
壇上に立った新入生代表の生徒、この国の王太子ヘリオットを見て、不思議な感覚は風船が膨らむように大きくなり、弾けた。
「あ、これってゲームじゃないの?」
唐突に脳裏に甦ったのは、見知らぬ部屋で長方形の板を見詰める自分だった。
黒髪黒目の平凡な顔立ちをした少女、女子高生という学生だった前世のリリアが何故人生に幕を下ろしたかは思い出せない。
混乱した彼女の目前で、夢中になっていたゲームのオープニングと同じ光景が広がる。
ゲームと似た世界に転生したのだとしたら、此処はゲームではない。混乱する中、失敗してもリセットは出来ないだろうことは理解した。
この日の夜、甦った記憶を整理しながら攻略対象キャラ達の性格と将来性を考慮し、三年間の学生生活で誰から攻略していくのか、エンディングは誰と迎えるのかを慎重に考える。
「当然、王太子ヘリオットルートよね」
攻略の難易度と将来性、変態、ヤンデレ趣味のキャラは除外して、最高位の女性となれる王太子に狙いを定めることにした。
それからは、王太子を始めとした攻略対象キャラと出逢い、順調にイベントをこなしていく。
「無理をしないでください。私の前だけは、ありのままの貴方でいいのです」
「何があっても、私は貴方の味方だから」
時には甘やかし、時には姉のように叱り、次期国王となる彼が背負う重圧に同情しつつ励まし、ヘリオットの好感度は順調に上がっていく。
台詞を覚えるくらいやり込んだゲームの選択肢は間違うわけも無く、悪役令嬢の嫌味と女子達の嫌がらせは恋愛の良いスパイスとなってくれた。
「シャーロット・トレンカ! お前が企てたリリアへの数々の嫌がらせ、もはや看過する事はできない! よってお前との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」
長かった三年間の学生生活最後の日、ついに迎えた悪役令嬢断罪イベント。
スポットライトに照らされたダンスホール前方の壇上へ毅然と立ったヘリオットは、唖然とする婚約者だった公爵令嬢へ向かって高らかにそう宣言した。
攻略対象キャラ達に守られ、ヘリオットの婚約破棄宣言を聞いていたリリアはほくそ笑んだ。
だが、悪役令嬢と婚約破棄した王太子は、ヒロインと結ばれハッピーエンド……にはならず、学園を卒業しても王妃と元老院が反対をしてリリアの立場は宙ぶらりんの状態となっていた。
国王夫妻と王太子が親子喧嘩をしている間に断罪された悪役令嬢は修道院送りにはならず、海を渡った先の海洋産業で富を得ている国の貴族へ嫁いでしまい、リリアは不安で眠れない日々を過ごす。
こんなことならば、学園へ留学していた隣国の第三王子を攻略すればよかったと何度も後悔した。
「婚約を反対されるだなんて、王妃様は私を嫌っているのよ」
瞳を潤ませて悲しげに言えば、ヘリオットは面白いように動揺してくれる。
「違うっ! 母上が厳しいのは、リリアに立派な王妃になって欲しいだけなんだよ」
「でも、こんなに厳しくされたら、お腹にいる貴方の赤ちゃんが苦しむわ」
俯いたリリアは、まだ平らな腹部を撫でる。
一瞬、呆けた顔をしたヘリオットは直ぐに破顔し、リリアを抱き締めた。
「リリアッ、本当に?!」
(恋は障害があった方が燃え上がるのよ。悪役令嬢は退場させたとして、次は婚約に反対する母親が邪魔をして板挟み。可愛そうなヘリオット。でも、赤ちゃんが出来たと知ったから弱腰の彼も庇護欲を擽られて頑張ってくれるわね。うふふ、これで彼は絶対に私を捨てないわ)
妊娠が判明し、さすがに子が出来てしまったのにリリアを放逐するわけにはいかない。さらに新聞社がこの情報を掴み、王家の醜聞として市井に広まってしまった。
こうして、王妃と元老院から王太子との婚姻を反対されていた可哀想な子爵令嬢は王太子妃となることが決まり、一時期市井では身分差を乗り越え結ばれるという内容の、貴族と平民の恋愛小説や芝居が流行ったという。
離宮で暮らし始めたリリアが、王太子ヘリオットの年の離れた妹と弟と顔を会わせたのは、結婚式の三日前だった。
(妊婦を真っ先に座らせないとはどういうことよ!)
悪阻を理由にリリアは離宮で静養していたため、顔会わせが遅れたのだが当のリリアは、国王一家の挨拶の間立たされていたことに腹を立てていた。
「アルフォンスと申します。義姉上、よろしくお願いします」
王妃の傍らから進み出た少年は、恥ずかしそうにはにかむ。
「まぁ」
妊婦への気遣いが足りないという不満は、第二王子のアルフォンスに会って一気に吹き飛んだ。
(なんて、可愛いのぉ!)
アルフォンスと名乗ったヘリオットの弟は、淡い金髪に白い肌、大きな碧色の瞳をした物語に登場する天使そのもの。
吊り目で生意気そうなアルフォンスの双子の姉エレノアなんかより、ずっと女の子らしく可愛い容姿をしていた。
(お腹の子がアルフォンスみたいに可愛いければ、育児も頑張れるかもしれないわ)
まだ見ぬ我が子に期待を抱き、リリアは下腹部を撫でた。
悪阻で時折寝込むこともあったリリアは、予定日超過でやってきた陣痛に二日間苦しみ抜き、男児を出産する。
生まれた息子は可愛く天使のようだったし、初めて抱いた時は涙を流した。
しかし、生めば一番愛しい存在になると思っていた息子は、授乳と下の世話が面倒になったのと毎夜の夜泣きが睡眠の邪魔をされるのが嫌で、生後三ヶ月になるころには世話は全て乳母へ丸投げになった。離れてみると薄情だと思いつつ、息子の世話よりも自分の体型を妊娠前へ戻す方に興味が移っていく。
「お義母様がもう一人生みなさいって言うの。でも、出産は苦しかったしもう経験したくないの」
「また母上がリリアに無理難題を言ってきたのか。子はヘンリー一人いれば十分だ」
「本当に?」
涙で潤んだ瞳で訴えるリリアの頬を、ヘリオットの手のひらが包み込む。
「ああ、ヘンリーを立派な後継者に育て上げよう」
「ええっ、大好きよヘリオット」
ぎゅうっと、ヘリオットに抱き付きリリアは口角を上げた。
(うふふっ、好感度MAXでこれだけ私のことを好きなんだから、この先ずっと浮気も出来ないでしょう。お馬鹿なヘリオット)
ハッピーエンドを迎えたヒロインを待っているのは幸せな未来。
未来の王妃の座を手に入れ、夫の権威を使いリリアを害するモノ全て排除できる。全ての物事はリリアの意に沿うように動いていると、その頃にそう確信していた。
王妃は転生者、ゲームのヒロインでした(°∀°)
長くなってしまったので、まさかの次話に続きます。