11.女の修羅場は恐ろしい
お茶会当日の夜、不機嫌なアルフォンスが持って来た王太后からの手紙には、シュラインの作るお菓子を食べたいと書かれていた。
手紙を受け取った翌日、王太后宮へ持参したロールケーキを王太后はいたく気に入ってくれたらしい。
二度目からは、王太后から具体的にお菓子のリクエストされるようになり、今回は「クリームと果物がたっぷり入ったケーキ」をリクエストされて、前世の記憶を元に早朝から張り切って作った木苺のピューレ入りのショートケーキ。
特別に作らせたケーキ箱にショートケーキを入れ、シュラインは朝のうちに王宮へ向かった。
「王弟殿下の執務室と王太后宮を訪問します」
「はっ、お気を付けて」
「ありがとう」
王宮へ到着し馬車から降りたシュラインは、出迎えた衛兵にアルフォンスの執務室へ行く旨を伝える。
お菓子を届けるため王宮を訪れるのは今回で三度目となると、衛兵とも顔見知りになった。彼等は敬礼をしてシュラインと侍女達を見送ってくれた。
王太子やアリサと顔合わせてしまう可能性がある王宮へ向かわず、直ぐに王太后宮へ行きたいところだが、昨夜、ケーキ作りの材料を揃えていたのをアルフォンスは知っている。
王太后からリクエストされたケーキを今日持参することまで知っているアルフォンスを無視し、王太后宮へ向かったら甘党な彼が拗ねて後々面倒なことになりそうだ。
王弟の配偶者であるシュラインと擦れ違う度に、使用人達が通路の両端へ寄り頭を下げる。
低頭されることに慣れず、早く執務室へ向かおうと歩む速度を早めるシュラインの前方から、華やかな一団がやって来るのが見えて小さく「げっ」と呟いてしまった。
薔薇の刺繍が目立つ赤色のドレスを着た王妃を先頭にして、その後ろをアリサと侍女達が付き従って歩く。
国王夫妻の居住するスペースから離れた、この場所で会いたくない王妃に会うとは、シュラインが登城したのを知りわざわざ此処まで来たのか。
眉を顰めたくなるのを抑えて、表情筋に力を込め平然とした顔を取り繕う。
「あらぁ、ごきげんよう」
カーテシーをするシュラインを見下ろす王妃は、扇で隠した唇の端を上げた。
「王妃様、アリサ様も、ご機嫌麗しく、」
「登城して真っ先に、わたくし達へ挨拶をしに来ないとは失礼ではなくて? 貴女はいつからわたくしを無視出来る立場を得たのかしら?」
挨拶の言葉を言い終わる前に、王妃は鋭い口調でシュラインを叱責する。理不尽な叱責だと思ったが王妃の方が身分は上、奥歯を噛み締めぐっと堪えた。
「申し訳ありません。王太后様とアルフォンス様に用事がありましたので、その後にご挨拶へ伺うつもりでした」
「まぁー! 王太后様を優先するだなんて! 王妃のわたくしを蔑ろにしてもよいと思っているのね!」
王太后と聞いた瞬間、何時もは垂れた目を吊り上げた。廊下中に王妃の甲高い声が響き、遠巻きにやり取りを見守っていた者達が逃げるように下がっていく。
「蔑ろになど思ってはおりません」
「では、どういうつもりだったのかしら?」
「不快に思われたことは申し訳ありません。王太后様との約束のお時間がありますので、後程にしてしまいました」
「お黙りっ! そんなに言い訳など必要ないわ!」
目を吊り上げた王妃は、叫び声を上げると共に扇を持つ腕を振り上げる。
バシッ!
「きゃあっ!」
勢いよく王妃が振り下ろした扇がシュラインの頬へ当たる。
頬を叩かれた衝撃で体が傾ぎ、持っていたケーキ箱が床へ落ちた。
「シュライン様っ」
床へ手をつき倒れるシュラインを、なおも殴打しようとする王妃が振り下ろした扇は、女性騎士が自らの腕で受け止めた。
床へ倒れたシュラインを真っ青な顔色の侍女が抱き起こす。
「あらあら、大変」
一歩下がり修羅場を傍観するアリサは、口元に手を当てて愉しそうに目を細めた。
「貴女がアルフォンスの妻となったのは、王太后に取り入ったからでしょう? ヘンリーの婚約者になった時も気に入らなかったのに! アンタみたいな悪役令嬢がアルフォンスの妻だなんて、卑しい女だこと!」
一気に捲し立て息を切らした王妃は、護衛騎士と侍女に庇われるシュラインを憎々しげに見下ろした。
「悪役令嬢?」
この世界では聞きなれない言葉、けれども聞き覚えのある言葉が王妃の口から出る。
(悪役令嬢って?)
痛む頬を押さえシュラインは目を瞬かせた。
「悪役は悪役らしく、地べたに這っていなさい!」
ガツンッ! 王妃は高いヒールの踵で床を踏み鳴らす。
怒りが収まらない王妃の剣幕にシュラインは焦る。こんな目立つ場所で騒いだら、誰かしら彼に連絡してしまう。王妃と揉め事を起こしたと、シュラインの噂は貴族内で一気に広まってしまい、社交界で敬遠されかねない。
(アルフォンス様やお父様にご迷惑がかかるわ。どうしよう)
打開策は無いかと周囲を見渡した時、シュラインは目を大きく見開いた。
「悪役、卑しい女とは、誰のことだ」
場違いなほど静かな、威圧感を感じさせる声が王妃一行の背後から聞こえ、勢いよく一行は振り返った。
「ア、アルフォンス? どうして?!」
「これだけ大騒ぎをしてくれたら、私へ知らせが来るのは当然だ。それよりも、誰が卑しいだと?」
静かな声で問うアルフォンスの表情からは、怒気以上の圧力、刃物を彷彿させる鋭さを含んでいた。
冷笑を浮かべたアルフォンスに、顔を強張らせた王妃は後退る。
「シュラインを妻にと選んだのは私だ。兄の婚約者を陥れ妃の座を得たような貴女が、シュラインを卑下する資格は無い」
「な、何ですって、わたくしはこの国の王妃ですよ!」
「だから何だと言うのだ」
アルフォンスから発せられる威圧感に耐えきれず、「ひっ」と王妃の侍女から悲鳴が漏れた。
「私の妻へのこの仕打ち、必ず貴女へ御返ししよう」
冷笑をさらに深くするアルフォンスは、逆らう者全てを破壊しつくそうな魔王。
“冷徹な王弟殿下”の容赦ない圧力を受けた王妃の侍女達は、血の気が失せた顔色で震え上がった。
「アルフォンス! 貴方はっ」
「義姉上、その見苦しい姿をまだ此処で晒すおつもりですか?」
王宮の中央、高官達も利用する通路には多くの官僚や使用人達が通っていた。
遠巻きに様子を伺う者達の多さに気付いた王妃は、羞恥と怒りで全身を赤く染める。
体を震わせた王妃は、踵を返すと逃げるように歩き出した。
「うふふっ、アルフォンス様、シュライン様、お騒がせして申し訳ありませんでした」
可愛らしく一礼したアリサは、上目遣いにアルフォンスを見てから王妃の後を追った。
傍観していた官僚達へ仕事に戻る様に命じ、アルフォンスはシュラインの肩を抱くようにして彼女の顔を覗き込んだ。
「大丈夫か」
扇で叩かれて赤くなった頬を避けながら、指先で顔の輪郭をなぞる彼の指先が優しくて、堪えていた悲しさと悔しさが沸き上がってくる。
「アルフォンス様、わたくしは大丈夫です。でも、ケーキが」
床へ落ちたケーキ箱は侍女が拾ってくれたが、箱は無惨にひしゃげてしまい斜めに片寄ってしまった。中身を確認しなくとも中に入ってるケーキは潰れて崩れてしまっているだろう。
「せっかく、作ったのに、食べてほしかったのに……」
堪えていた思いを口に出せば、ポロポロとシュラインの目から涙が零れ落ちた。
アルフォンスの人差し指が零れる涙をそっと拭う。
「形は崩れてしまっても味は変わらない。後でもらうよ」
痛ましげに眉を寄せ、シュラインの額へ口付ける。
背中と膝裏へアルフォンスは腕を回し震える体を抱き上げた。
「じ、自分で歩けますっ」
「駄目だ。手首と足も痛めただろう」
下ろして欲しいと慌てるシュラインを無視し、アルフォンスは自身の執務室へ向かって歩き出した。
王妃様ご一行、大奥みたいなご一行(^q^)
今、お盆前の出張ウィーク、文字を打ち込む時間が無くてストック切れないか不安です。




