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10.砂糖菓子のような貴方

 突然の訪問理由は、「シュラインに逢いたくて来た」と頭の中にお花畑が出来たようなことなど言われても、アルフォンスとは一時間前に王太后宮の手前で別れたばかりだ。

 困惑したシュラインが彼を見上げれば、多くの令嬢を魅了してきたであろう貴公子の微笑を浮かべた。


「アルフォンス、貴方、何故っ」


 椅子から立ち上がった王妃を冷たく一瞥して、用はないとばかりにアルフォンスは視線を外す。そのまま真っ直ぐシュラインの傍らへ向かった。


「シュライン」


 身を屈めたアルフォンスは、膝の上へ置いていたシュラインの手を取り恭しく口付ける。


(何やっているのよ)


 彼には意図がありやっているのだろうと思いつつ、ここまでやられると恥ずかしいとか呆れを通り越してしまい、苦笑いするしかない。

 呆れ混じりの生ぬるい眼差しを息子へと向けた王太后は、額を押さえ深い息を吐いた。


「アルフォンス、シュラインを置いて戻るつもりは、無いのでしょうね」

「ええ。可愛い妻を母上と義姉上との(いさか)いに巻き込ませたくはありませんから」


 サラリとアルフォンスが答え、王太后の顔から表情が消える。

 カタンッと音がした方を見てシュラインは後悔した。顔を赤くした王妃が椅子を掴み此方を睨み付けていたのだ。


「王妃様、どうされたのですか?」


 気遣うアリサの声も耳に入らない様子で、王妃はシュラインを憎々しげに睨む。


(何故、王妃に睨み付けられなければならないの? わたくしは何もしていないわよ)


 王妃に無礼な態度をとったのはアルフォンスだけだ。不敬だと喚かれなければ、お門違いの怒りだと言いたい。



「では母上、私と妻は退出してもよろしいですか」


 王妃からの粘着質な視線を浴びても、アリサから熱のこもった視線を送られてもどこ吹く風といったアルフォンスは、涼しい顔で王太后に退出の許可を貰おうとする。


「今頃、会議が進まなくなり元老院は混乱しているでしょうね。シュライン、アルフォンスを連れて行ってちょうだい」


 額に手を当てた王太后に頼まれてしまったら、シュラインは頷くしか選択肢は無い。


「王太后様、王妃様、アリサ様、申し訳ありません」

「では、母上、義姉上、失礼します」


 申し訳ないと頭を下げるシュラインを尻目に、アルフォンスはニヤリと口角を上げた。




 王太后宮から辞したシュラインは、アルフォンスに手を引かれ王宮へと向かう。

 指と指とを絡ませた所謂恋人繋ぎなのは、密着されるのは暑いから少し離れてほしいと、お願いしたところこうなった。

 陽射しを避けて木陰を歩く気遣いはありがたいが、手を繋いで歩く二人の後ろに護衛騎士がいると思うと、恥ずかしくて堪らない。


「どういうつもりですか」


 何故、会議を抜け出してお茶会中の王太后宮へ来たのか。何故、あんな恥ずかしいことをして自分を連れ出したのか。

 涼しい顔で先を歩くアルフォンスに問いたいことは沢山あった。


「あの場から抜け出す良い口実になっただろう? 私としたら、あんな殺伐とした茶会に参加などしたくは無いし、可愛い妻に負担など与えたくは無いからな」

「アルフォンス様」


 茶化すように言うアルフォンスをシュラインは睨む。

 ばつが悪そうに、繋いでいない方の手で口元を覆ったアルフォンスは、足を止めてシュラインを横目で見た。


「あの王妃の鼻を明かしてやりたかったのと、」


 言葉を切り、アルフォンスは繋いだ手に力を込めた。


「……心配だった」


 先程、王妃へ喧嘩を売るような大胆な行動をしてくれたアルフォンスは、たった一言の本心を口にするだけで顔を赤らめて照れてしまった。

 自分よりもずっと彼の方が可愛いじゃないかと、シュラインの苛立ちは薙いでいく。


(はぁ、わたくしって単純なのかしら?)


「アルフォンス様は心配性ですね」


 吊り上げっていた眉は下がり、一文字に結んだ口元はゆるんでしまいそうになる。


「シュラインのことになると、弱くなると最近気付いた」


 未だに赤い顔を見せまいと、横を向いてしまったアルフォンスに手を引かれ、王宮の建物の手前にある庭園の一角に設置されたガゼボへ辿り着いた。

 木陰にあるガゼボは涼しく、吹き抜ける風が火照った肌を冷やしてくれる。

 アルフォンスに手を引かれ、シュラインもベンチへ腰掛けた。


「会議に戻らなくていいのですか?」

「シュラインが一緒に居るのに、急いで戻る必要はないだろう」

「もうっ!」


 この甘ったるい男は誰だろうか。見た目は変わらないのに中身だけ甘い砂糖菓子になってしまったのか。

 恋人に夢中になっていた王弟殿下と偽装結婚したのではなかったのかと、シュラインは首を傾げてしまう。


 最近のアルフォンスは糖分過多で、傍に居ると落ち着かない気分になり、逃げ出したくなる。

 初めて表へ出してくれた可愛らしい一面を見てしまった以上、シュラインは会議へ戻ろうとしない彼を叱ることが出来なかった。




 ***




 夕陽の朱と藍色が混じり合う空になる時刻、高級住宅街の外れに建つ屋敷の二階、大通りが見渡せる窓の前で少年は道行く馬車を眺めていた。

 待ち焦がれている相手が乗っているだろう馬車は一向に現れない。

 儚げな美少女にしか見えない、少年の長い睫毛は悲しみで小刻みに震えた。


「今日もアル様はいらっしゃらないの?」


 落胆した声で少年は背後に立つ執事へ問いかける。


「はい。急ぎの案件があるらしく時間が確保出来ないと、」

「そうは言っても、奥様のところには通っているのでしょう!」


 がしゃんっ!

 握り締めた拳で窓枠を叩き、窓硝子が派手な音を立てて揺れる。


「やっぱり、あの方の言われた通りなんだね。アル様は、僕よりも奥様が大切なんだ」


 街へ買い物に出た時に、偶然知り合った新しい友達が教えてくれた情報は、少年に激しい衝撃と悲しみを与えた。



『王宮に勤めている知り合いが教えてくれたのだけど、貴方の王子様は形だけの奥様に夢中になっているそうよ』


 違うと一笑に付したのに、今となっては彼女の教えてくれた情報は正しかったのだ。


「僕は、また捨てられるの?」


 涙を浮かべた少年は体を震わせ、執事の腕にすがり付く。


「リアム様」


 目蓋を伏せた執事は少年の肩へ腕を回し、彼を慰めるように背中を擦った。


「私めにお任せください」


 優しく労るように背中を擦る手のひらの動きとは違い、執事は暗い光が宿った瞳と口元を歪め、少年を抱き寄せた。


どろどろより甘口になってしまった。

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