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1.死後の世界

「行ってきます。」


 そう声をかけて俺は家を出た。


 産まれたばかりの娘を見ていたらほんの少しいつもより遅くなってしまった。

 30半ばになって初め授かった子だ。可愛すぎる。

 早足で駅までの道を行く。


 交差点で信号待ちをしているのだが、通勤時間にもかかわらず誰もいないし車も1台も走っていない。

 変なこともあるなあ、と思っていたら突然辺りが暗くなった。


 何事かと上を見たのが俺の最後だった。


 次に目覚めたのは何もないところだった。

 何もないというか真っ白な空間だった。


 そこにおっさんと爺さんが立っている。


「あなたは隕石が直撃して死んでしまいました。

 正確に言うと私が落として殺しました。すみません。」


 え?

 おっさんが悪びれもせずにそんなことを言ってきた。


 隕石?殺された?

 何か言おうと思ってもうまく言葉が出てこない。


「まだ混乱されているようですので、とりあえず状況をご説明いたします。

 まず、こちらの方は神さまです。」


「は?」


 ここに来てから初めて言葉がでた。

 神さまとか言ったよ?


「神さまはいくつかの世界を管理されていて、そのうちの1つで滅亡の危機に瀕している種族がいます。

 その種族から神さまに勇者召喚の依頼がなされ、英雄の魂を持つあなたが召喚者として選ばれました。」


 よくわからない。

 勇者召喚とか殺されたこととか、混乱していると思うのだけど何と言っていいか思い浮かばない。


「魂だけの状態になると感情が希薄になるのじゃ。

 肉体がなくなり、さらに時間という概念がなくなっているせいじゃの。

 だから、自死に対する怒りの感情とかが薄くなっているのじゃ。」


 神さまと呼ばれているお爺さんが初めて口を開いた。


 多少驚いているがその程度で済んでいるという感じなのだろうか。

 そんな問題でもない気がするけど。


「それでその召喚を断れば元の世界に戻してもらえるのでしょうか?

 または、召喚先で何かすれば戻れるのでしょうか?」


 妻子に対する思いは消えていない。

 戻りたいという意思ははっきりと残っているので聞いてみた。


「無理です。あなたの世界では魂は循環しません。抜いた魂を戻すこともできません。

 死イコール魂の消滅になります。

 あなたのように魂だけの存在にするには個別に抜き出す必要があります。」


「生前の強い思いは魂になっても残るのじゃ。おぬしの今一番残っている感情がそれじゃな。

 感情自体がなくなるわけではなく、振れ幅が小さくなっていると思えばよい。」


 戻れないということか。淡々と受け入れている自分がいるな。

 二人が口々に聞きたいことを話してくれる。


「どうして自分なのでしょうか。」


「あなたの世界は神さまたちの手によらず誕生したため、特別な魂を持つ方が非常に多いのです。

 そしてどの神さまの管轄でもないため、魂を抜きやすいのです。」


 管轄外なのに思いっきり干渉してませんかね。


「管轄外だからこそです。

 私はこのお方の使徒なのですが、ほかの神さまの管理している世界の魂を自由にはできません。

 だからあなたの世界の人はよく召喚されるのですよ。」


 よく召喚されているらしい。自分みたいなのが他にもいっぱいいるのか。


「はい。私の仕事の中の1つが、あなたのような魂を切り離すことです。

 わたしもあなたの世界のトラックを3台ほど保有しています。」


「トラック?」


 トラック?

 理解が追い付かなかったので言葉と心の中で2度言ってみた。


「はい。あなたの世界でいうところのトラック、自動車のことです。

 トラックを使うときれいに魂をはがせるので、みんな重宝しているのですよ。」


 そんな理由で保有しないでほしい。


「自分は隕石だった気がするのですが?」


「私たちも本当にトラックが最も魂を切り離しやすいのか試行錯誤しているのです。

 あなたの場合は新しい試みでしたね。」


「結果は?」


 ちょっと気になったので聞いてみる。


「普通でした。トラックのほうがいいですね。」


 ダメだったらしい。

 人の魂で実験しないでほしいのだけど。


「試行錯誤なんてしなくても神さまたちなら最適解を出せるのでは?」


「神さまといえでも全知全能ではありません。近くはありますが。

 あえて言うなら万能といったところでしょうか。」


 何でもできるわけではないということか。

 俺を戻すこともできないわけだし。


「それで、自分はどうすればよろしいのでしょうか。」


 色々聞きたいこともあるが、話を戻して一つずつ解決していこう。


「英雄の魂を持つものは勇者になることができる。

 おぬしは勇者としてわしの管轄している世界の一つに転生してほしいのじゃ。」


 どうやら自分は勇者になれる魂をもっているらしい。

 子供のころからゲームやファンタジー小説に触れていたせいか、勇者という存在については意味不明というほどではないが、同じ意味の勇者なのだろうか。


「大体同じと考えてよい。」


「転生ということは生まれ直すのですか?」


「今回の場合じゃと大人になるまでに人族が滅びる可能性が高いから、別の成人した肉体を用意することになるの。

 元の体をベースにしても、全く別の体にしてもよいぞ。」


 滅びちゃうの?


「転生先はどのような世界なのですか?」


「それは私のほうから説明いたしましょう。」


 おっさんが割り込んできたので、そっちに視線を移す。


「あなたに転生いただきたい先は、人族と魔族が戦争している世界です。

 その世界では200年ほど前に魔王が誕生しました。魔王は魔族の統一を果たし、人族の国を滅ぼそうとしております。」


 魔王ときましたか。

 まあ勇者として召喚されようとしているのだから、おかしくもないか。


「残された人族は魔王に対抗するため、神さまに勇者の召喚を願い出ました。

 そうして召喚の候補となったのが、あなたになります。」


「魔族と戦争に勝ち、魔王を倒す戦いということですね。それで戦争の状況はどんな感じなのですか?」


「魔族の軍は3つあった人族の王国のうち2つを滅ぼし、残る最後の国も1つの町と砦を残すのみとなりました。」


 神さまにお願いするタイミング遅すぎないですかね。手遅れ感が半端ないんですが。

 危機管理ができていないというか、緊急時のマニュアルなんてないんだろな。


「自分がそこに召喚されれば、逆転できるということですね。」


「いえ。そうではありません。」


 あれ?

 おかしな回答が返ってきたぞ。


「どういうことですか?」


「人族が挽回できるかはあなた次第ではありますが、勇者とはいえ存在だけでは勝てません。

 知恵を振り絞り、力を出し切って、仲間と協力できなければ勝てるものも勝てません。

 ただし、相手もいることなので確実に勝てるかはわかりません。」


 力を手に入れて無双する世界ではないのかな。


「ちなみに勇者とは何ができるのですか?すごい魔法とか使えたり?」


「魔法の世界ではないです。簡単にいうと能力が強化されています。力だったり、肉体強度だったりなどですね。

 あと、死んでも教会で生き返れます。」


 魔法もないよ。

 でも復活は可能なんだ。


「わしの神託を受け取れる信者がおれば、わしが直接干渉して復活可能じゃ。

 何度死んでも大丈夫じゃから、死を恐れずに戦うことができるぞい。」


 ……

 なんかブラックっぽいな。

 死ぬまで働かされるどころか、死んでも働くらしい。


「転生していただく世界はこのような感じなのですが、いかがでしょうか。」



 俺は深々と頭を下げて回答した。


「いろいろ検討させていただきましたが、今回のお話はお断りさせて頂こうと思います。

 大変申し訳ございません。」


 異世界への転生を断った。


「転生して人族を救えば、未来永劫たたえられる勇者ですよ?

 ハーレムとか作れるかもしれませんよ。」


 ……


 ちょっと考えたりしてないよ。


「理由は2つあります。

 1つは自分の中に残っているこの強い未練。

 もう1つはそんな危ないところに行きたくないです。」


 英雄・冒険・ハーレム。

 興味ないわけではないのだが。

 別の感情に支配されている。


「そうですか。残念です。」


 残念そうには見えないのだけど。


「ふむ。では今回の勇者召喚はなしということじゃの。」


 おや?


「別の魂を召喚するのではないでしょうか。

 時間の概念がないのであれば、地球の過去や未来から魂を取ってこれるのでは?」


 自分が魂という存在だからだろうか。

 道徳心がなくなったというか、別の人でもいいという気がする。


「召喚には対価がいるのです。我々は要求に従いあなたの魂を準備しましたが、あなたが拒否したことで今回の勇者召喚はなくなりました。

 人族側からしてみれば召喚失敗の理由まではわからないですしね。。

 ただ、もう一度対価を払えば新しい魂を用意することは可能です。」


 魂にする前に選択権が欲しかった。


「それだと人族は滅んでしまうのでは?」


「滅んだとしても問題ありません。」


「わしらは世界の管理者であって、人族の味方でも魔族の敵でもないからの。

 結果として世界のすべてが滅んでもかまわないのじゃ。」


 自分が人だから人族側なだけか。

 彼らにとっては滅んだら滅んだという状態を管理するだけなのだろう。

 しかし、俺が断ったからその世界の人族は滅びるのか。


「これから私はどうすれば良いのでしょうか?」


「あの世界には行かなかったが、どこかには転生して魂を返す必要があるの。」


 どちらにしても、もう1度やり直す必要があるらしい。


「その前にもう1つの問題を片づけてしまおう。おぬしの世界を覗けるようにしてあるので、納得いくまで見てくるがよい。」


 神さまが言い終わると同時に地球にかぶりついた。


 自分の葬式から娘の成長、最後は自分の孫が寿命を迎えるところまでを見た。

 みんな苦労もあったけど楽しく一生懸命生きていたのを見て、スッと心が晴れた気がした。


「どうですか?気持ちの変化はありましたか?」


「いえ。全然。」


 勇者として英雄になる物語の幕は開かなかった。



死亡ツールについて

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