ドラゴン狩りは、命がけ
ドラゴン。それは、はるか古代より君臨する、生態系の頂点――――――
と言われていたのは、今は昔。
むしろ最近は、その高額な懸賞金と、上質な素材を求める人間による乱獲が盛んになりつつあった。
かつては、選ばれた勇者とか英雄とか、そういう奴らの専売特許だったドラゴン退治だが、いまや一つの職業となってしまっている。情緒のへったくれもない。仕方がない、金になるんだから。
そんな人間たちのことを、巷では『ドラゴンハンター』なんて呼んでいる。
「しっかしドラゴンめ。なにもこんな山奥に住まなくてもいいじゃねえか。どんな考えを持ったら、こんな不便な立地条件のお宅を選ぶのかね」
獣道、とすら言えないような場所を、無造作に成長した背の高い雑草を鉈で刈り取りつつ、文句を垂れている男がいる。
彼は、ドラゴン狩りをする際の俺の相棒、エグラス。
「そりゃードラゴンだって、こんだけ人間に追われちゃー山奥に引き籠りたくもなるだろうぜ。俺だったら確実に家から出てこないね」
「命狙われてる状況ってか?そりゃーもう、家からってか、町にも住みたくねえだろ」
「ほら、それよ。それがまさに、ドラゴンの心境なんじゃね?」
あぁ、なるほど。と納得しつつ、エグラスは空を見上げる。
「あーあー、もう空がこんなに明るくなってるじゃねえか。こりゃーやっぱ野営だな」
野営か。まあ、もう慣れたことではあるが。こんな仕事をしてるんだ、このぐらいの事態には順応してしまった。残念なことに。
こればっかりは仕方がない。
俺は右手に魔力を集め、意識を送り込む。俺の体内から放出された力が、目に見える形として姿を作っていき、淡い青に光る翅の付いた、小さな女の子の形を形成する。
「パッチ、野営だってさ。この辺で、どっか安全に泊まれそうなとこ、探してきてくれ」
彼女はこくり、と小さく頷くと、そのまま森の奥へ飛んで行く。
「はー。相変わらずスゲー魔法だな。妖精を作り出しちまうなんて」
その姿を見送っていたエグラスは、感嘆の声を漏らす。
「いやーまあ、妖精のパチモン、みたいなもんなんだけどな、正確には」
本物の妖精は、自然に満ちている魔力が、意思と形を持って現れる、れっきとした生命体だ。
パッチは、俺の魔力を使って形を作り出した、いわば人形だ。そこに意思を持たせようと色々試行錯誤した結果、現状パッチだけが、自己意思の確立に成功している。何故かは分からないが。
ちなみに、パッチという名前の由来は、妖精のパチモン、からきている。
「さーて。そんじゃ、パッチちゃんが帰ってくるまでに、少しでも食料を探しておくか」
「あー、そうだな。保存食は持ってきているが、やっぱ味気ないもんな。現地調達できるのがベストだ」
俺たち二人は、お互いに周囲を見渡し、食料になりそうなものを探す。
さきに上物を見つけたほうが、食料を優遇される。そういうルールを適当に定めて、それぞれ探索を開始する。
手分けをして、しばらくフラフラと探索をしていると、離れたところから
「おい!やべえぞ!すげーもん見つけちまった!」
エグラスが両手を振りながら叫ぶ。
ふむ・・・・・・。
「俺、ちょっとあっちの方を見てくるわー」
「なんでだよ!こっち来いよ!」
「いや、行かない。そっちに行って本当にスゲー食い物があったら、俺の負けになっちまうから」
「往生際がワリィなあオイ!いいから早くこっち来いよ、マジでスゲーから」
「うるせぇ。俺にもまだ勝機はある。ほら、ここに食える葉っぱがある」
「葉っぱって!?いや、確かに食えるけどさ。いいからもう諦めてこっち来いや。もう勝負なんてどうでもいいから」
「おう。なんだ、なにがあるんだ?」
「あっさりかよ。どんだけ負けず嫌いだよ」
呆れるエグラスを無視して、彼の隣に並び立ち、その先を見た。
その先は坂になっており、それを下ったところに、その食料はあった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・な?スゲーだろ?」
「・・・・・・・・・いや、スゲーってか・・・・・・」
「いやぁ、なんだ。勝負だったら、こりゃー俺の圧勝だな」
「ああ。これは完敗だわ」
そこにあったのは、巨大なドラゴンの死体だった。
「これ、もう目的達しちゃってるな。今晩野営したら、あのドラゴン持ってそのまま町に帰ろうぜ」
「そうだな。とりあえずパッチが戻ってくるまでに、やれる分の解体をしておくか」
近づいてみて改めて分かるが、今回のドラゴンはなかなかのサイズだ。全長は、人間の十倍以上はあるだろう。こんなの、普段の俺たちじゃあ絶対に狩れない。
同じようなことを考えていたのか、エグラスは魔力を込めた大振りのナイフを使って、ドラゴンの固い皮膚を引き剥がしながら。
「それにしても、普段の獲物は、せいぜいこれの半分くらいのサイズだぜ?こりゃー、しばらくは危険な狩りに出なくても良くなりそうだな」
「何言ってんだ、アホラス。儲けた金は装備のグレードアップに使うんだろうが。これからへの投資にするんだよ」
「オマエはホント、そういうとこ慎重ってか夢がねえってか・・・・・・ちょっと待て。アホラスって言った?今」
「うるせーぞカスラス。いいから黙って解体作業進めろクソラス。手ぇ止めたりなんてしやがったらメシ抜くからなキモラス」
「いろんなバリエーションを用意しなくていいんだよクソ野郎!ドラゴンの牙で頭カチ割るぞ!」
ワーワー戯言を抜かすグズラスを無視しつつ、俺もドラゴンの解体を進める。
しかし、このドラゴン。いったい誰が仕留めたんだ?つーか、こんだけの上物を仕留めといて、腹の肉を少し持ってっただけで、残りは手付かずってどういうことだ?
まあ、そのどこぞのマヌケ殿のおかげで、こうして残り物にありつけたのだから、感謝しかない。まったく、マヌケ様様だ。
全体の二割ほどの解体を終えたころ、遠くのほうから仄かに光るものがこちらに近付いてくる。パッチが帰ってきたようだ。
ひらひらと俺の差し出した掌に着地し、パッチは思考を俺に送ってくる。
「・・・・・・・・・へぇ、近いな。ありがとうパッチ」
パッチが見つけてきてくれた場所は、ここからすぐ近くの場所だった。どうやら、周囲の様子を確認してきてくれていたため、時間がかかったようだ。まったく、気の利く妖精さんだ。
「おいアルゴリラス。パッチが野営できる場所を見つけてきてくれたぞ」
「もはや誰だよ」
悪態をつきながら、切り分けた部位を魔法で収納するエグラス。文句を言いながら食材を扱うんじゃありませんよ、不味くなるでしょうが。
「んじゃあ、今日の解体はここまでにしておくか」
「そうだな。残りはまた明日ってことで」
エグラスの言葉に同意しつつ、俺たちは場所を移動した。
朝。
俺たちがドラゴンのところに戻ると、そこには無残に散った肉片と残骸、そして地面にしみ込んだ血だけが残っていた。
「おい・・・・・・おいおいおい。誰だよこれ、誰だよあんな上物を横取りしやがったのは!?」
「いや、もともとは俺たちも横取りだけどな?」
なぜか落ち着いた様子のエグラスの指摘を無視しつつ、俺は周囲を見渡す。辺りに人影はない。ただ、この残骸の散り方から見て、相当雑な仕事をする奴だろう。
あの巨体を、そんなに短い時間で解体できるわけがないだろう。俺たち二人だったら、夜通しやって、それでもギリギリ間に合うかどうか、といったあたりだ。
「まったく・・・・・・。まあ、見張りも付けずに放置していた俺たちも悪い。犯人探しなんて意味もないこと止めようぜ」
確かにエグラスの言う通りだ。こんな広大な森の中、いつまでいたとも知れない、どんな奴かも分からない犯人を捜すなんてのは不可能だろう。
「ちっ・・・・・・。見つけたらタダじゃ済まさねえぜ」
なんとか怒りをおさめ、悪態をつく。あぁ、あれだけのドラゴンを売れば、最新式の装備が一式用意できたかもしれないのに。そしたら今度は、自力であのサイズのドラゴンを狩ることができたのに。
「人間、手に入らないと分かると、とたんに欲求が増すよな」
「所詮、人間は欲深けーってこったろ。あんま気にすんな。禿げるぜ」
「現在進行形で禿げが進んでる奴に言われたくねえ」
「あん?!禿げてねえだろうが現状よー」
「育毛剤のおかげだろうが。テメーはもう、なにかに頼らないと毛根を維持できなくなっちまってるんだよ。実質、禿げみたいなもんだろうが」
「オマエ、行き場のない苛立ちを俺にぶつけ始めたなこの野郎」
仕方ないじゃねえか。犯人がいないんだ。ぶつける相手のいない怒りほど、扱いに困るものはないぜ。
まったく、どんなやつでもいいから、俺たちのドラゴンを横取りした犯人、現れないかなー。
なんて、空を眺めながら叶わぬ思いにふけっていると、突然辺りが暗くなった。
「あれ?もしかして曇ってきたか?おいおい、雨降る前に帰ろうぜ」
「・・・・・・」
「ん?おいエグラス、どうした?」
返事のないことを不審に思い、何の気もなしにエグラスの方へ向き直ると。
血の気の引いた表情をしたエグラスの指さすその先に。
超巨大なドラゴンが舞っていた。
巨体を支える強靭な翼に、盛り上がりすぎて破裂するのではと思えてしまうほどに発達した筋肉、なんでもかみ砕いてしまいそうなほど巨大な顎に、血の滴る鋭い牙。肉を掴んだかのように真っ赤に染まる爪。大人三十人分は下らないだろう全長に、あまりに不釣り合いな小さな瞳。
しかし、確かに殺意のこもったその瞳が、俺たちの抱いていた疑問の答えをくれた。
あぁ・・・・・・。あのドラゴンは、この巨大なドラゴン様の餌だったんだなー。
「逃げるぞクソラス!こんなところでは死ねん!」
「おいクソ野郎!目の前に怒りをぶつける相手がいるのに逃げるってのは、男としてどうなんだ!?」
「男としての矜持よりも、今は生命としての本能を優先する!すなわち全力ダッシュだカスラス!」
「てめえ町に戻ったら覚えとけよ!二度とふざけた名前で呼べなくしてやるよ!」
全力で駆けながら、俺は右手に魔力を込めてパッチを呼び出す。
「おいパッチ!あのドラゴン、なんとかならないか!?せめて足止めだけでも・・・・・・っておい!なんで何も言わずに離れていく!あ、オマエ飛んで逃げるのはズルいぞ!?」
横には、頼りにならない相棒、前方には、早々に主を見捨てた妖精。
そして後方からは、獲物を横取りされていた怒りを込めて追いかけてくる、ドラゴン。
これが、俺たちドラゴンハンターの、日常の一コマである。