家
駄目で元々だけれど、言ってみる価値はあるかもしれない。
もし断られたとしても、この人は私に非道なことはしない、と、思う。
……自分を人外に改造した相手に、こんな信頼感を抱くのは変だろうか。
「ハイジさん、私を、逃がしてくれませんか? お家に帰りたいんです」
あんな最悪な父親だけど、私の唯一の、頼れる肉親だ。
もし帰れてもろくな扱いを受けられないのは目に見えているけど、それでも逃げ出したかった。
「それは無理な相談。アタシは人形化までの担当なの。アンタの今後の処遇を決める権限はないわ」
返事は、予想通りのものだった。
ハイジさんの手は滑らかで、温かい。整えられて色を塗られた爪も綺麗で、白魚のような手というのはこういうことを言うんだろうな。
「そうですよ、ね……」
「……アタシがアンタを競り落とせたら良いんだけどねえ」
「せ、競る? ……あ、なるほど。」
聞いたことがあった。
四十年ほど前に開発された【人形化】という技術は、あまりに非人道的であるという事で国に規制されたのだ。
けれど、最初の実験台となった少女が海外から売られてきた奴隷であったということで、その後は、親に売られたり身寄りのいなくなった少女、あるいは少年にのみ【人形化】を施し、老いず死なずの生き人形になった彼らを、権力と金を持った裏社会の人間達だけを集めた会場で密やかに競り合っているのだという。
高値で取引された子供達は、ある者は召使いとして、ある者は実子の恋人や遊び相手として、ある者は性玩具として、さまざまな用途に使用されながら生きて行くことになるのだ。
つまり、私はこれからそのオークションにかけられるのだろう。
改めて実感するのは、私の父が本当に最底辺のクズ野郎であるということだった。
「人形市場のことは知ってんのね。直近の開催は今日の夜だけど、」
一度言い淀み、数秒悩む表情を見せたハイジさん。
どうかしたんですか、と尋ねようと口を開きかけた私を見て、慌てて言葉を繋いだ。
「お家に帰してあげる事は出来ないけど、時間になるまでアタシの家に来ない?」
変なことしようって気はないのよー! と冗談めかして手を振るハイジさん。
ここに来て始めて、心からの笑みが漏れた。答えは決まっている。
「行きます。……それに、ハイジさん、男の人が好きなんでしょう?」
「いやあねえ! アタシはどっちもイケんのよ!」