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亜理子 IN DOLLYLAND  作者: 血止め粘土
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贋作


「おはよう、アリス。」


 アリス。

 亜理子と書いてアリコ、それが私の名前。仲の良い友達からは渾名で「アリス」と呼ばれる事もままあったので、何だか緊張の糸が弛んでしまう。

 しかし初めて会話したこの人は、どうして私の渾名を知っているのだろう。私は身体を動かし拘束から逃れようとするのを止め、女の人のような話し方をする男性の声に耳を澄ませる事にした。


「明日か明後日か……一週間ぐらいかと思ってたのよね、どうしてこんなに早く起きちゃったのかしら。多分まだあちこち痛いでしょ」

「あ、はい……変な感じです。我慢できないぐらい痛いって訳じゃないですけど」

「そう? だったら良いんだけど……今夜あたりまた波が来るわよー」


 冗談か本気か判断できない軽い口調で続けると、何やら軽い電子音が鳴り、ベッドを覆っていた硝子がゆっくりと開いて行く。それと同時に、私の手足や首を固定していた金属の輪もベッドに吸込まれるように消えて行く。

 突然に自由と与えられた私は少しの動揺の後、緩慢と上体を起こした。内臓も、何だか変な感じだ。ご飯を食べすぎた時みたいに身体が重く、指先に上手く力が入らない。つま先も痺れている。


 周囲を見渡すと、広い倉庫のような空間だった。

 十メートル程の間隔を置いて、私が寝かされていたようなベッドが点々と設置されている。

 その傍らにはパソコンが置かれたテーブルと簡易な手術台、点滴に使われる道具、その他見たことのない物も多々……研究所? 恐ろしい考えが脳裏を過り、それを振り払う為に小さく頭を振る。


「ヤダ、いきなり動いたら駄目よお」


 先ほどから話していた声の持ち主の姿を、漸く見る事が出来た。

 まず感じた印象は、すらりと背の高い美しい男性。外国人モデルのようだ、と思った。

 顔立ちもハーフのようで目鼻立ちが整っており、爬虫類を思わせる半月形の緑の瞳。

 髪は若干ウェーブした肩下までの、双眸と同様のエメラルド・グリーン。

 白衣の下に着ている服が光沢のあるエナメル素材の全身スーツで、履物が黒くて踵の高いピンヒールであるという事を除けば、海外のコレクションで活躍しているトップモデルだと言われても信じてしまいそうだ。

 総合すると、若干変態じみている。


 白衣に名札が下げられていた。

 『No.812』。まるでそれが名前であるかのように大きくそれだけが書かれている。

 私の視線に気付いたのか、『No.812』さんはウフフと女性的に笑う。


「ウチでは名前出してないのよ、色々危ないから。アタシはここじゃ『No.812』、ハイジで通ってンの。812なんて可愛くないからねえ。で、アンタもそう呼ぶこと。」

「……ハイジ、さん。……あの、ここっていうのは、どこ、なんでしょうか」

「アンタ、連れてこられる前に何の説明も受けなかったの!?」


 今まではずっと薄く笑みを浮かべていたハイジさんが、初めて語気を跳ね上げる。

 

「悪いわね、知ってるもんだとばっかり思ってたわ……」

「……すみません」

「悪いのはアンタじゃなくて担当者のオッサンよ! ちゃんと説明して貰わなくちゃアタシが悪者みたいになっちゃうんだから……そういうトコちゃんとやってほしいわ……」


 ハイジさんは深いため息をついた後、白衣のポケットから取り出した煙草にマッチで火をつける。

 ぷかぷかと紫煙を燻らし、灰はそのまま地面に落としている。ここは見た目の印象よりも、あまり衛生的な場所ではないみたいだ。


「……ここは、第壱研究所。身内では、人形工場って呼ばれてるのよ。……アンタは売られて来て、ここで、人形になった。」

「人形に、なった、」

「……アタシがやったんだけど、ね。」


 ハイジさんは、ゆっくりと煙を吐き出す。


「聞いた事ぐらいあるでしょ。若い女の子を人形に改造する。改造って言ってもね、身体に血液の代わりになる薬を循環させて、皮膚をそっくり挿げ替えて、骨も……あんまり話すと気持ち悪くなっちゃうかも知れないから止めとくけど、とにかく、……アンタはこの先、老いないし、病気もしない。ただし、子供も作れない。そんな身体になったのよ。」



 出入亜理子、十五歳、中学三年生。

 学校に行って、授業を受けて、友達と下らない話をして。

 学校から帰って来て、眠らされて、目を醒ましたら、人間じゃなくなっていました。



「笑えますね」

「ええ……もっとショック受けると思ったのよ、アタシ」

「めっちゃ笑えますよ」


 涙がぽろぽろと溢れて止まらない。

 色々と気になることはあったけれど、もうどうでも良い。

 私はもう人間じゃない。身体のなかを巡っているのは、血液じゃなくてよくわからない液体。

 皮膚だって骨だって全部、偽物。


 私は、人間じゃない!


「本当に、面白いです」


 ハイジさんは煙草を床に落として踏み消すと、黙って私の手を握ってくれた。



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