それが命令なら
だだっ広い玄関…いや、2階の廊下見える吹き曝し形式から、ピロティーと呼んだ方が賢いだろうか。
「因みに、これ作るのにどれだけの労力が必要なんだ?」
「0からなら、2年と3ヶ月くらい。あぁ、地下に戦闘訓練設備も整えた。後は俺が趣味に没頭するための研究室。それから、単純に考えて犯罪者ばかりだからな。処理専用の部屋も用意してある。不自由はない筈だ」
「最後のは要らないと思ったんだが」
「なんだ、そいつを抱くつもりはないのか」
「そりゃ、妹の仇だからなぁ。」
「お前が言ってるのは妹を刺し殺した人ではなく包丁に対して仇だからなぁ。って言ってるみたいなもんだ。まぁ、使用用途は殺人だから仕方ないが。で、【閃光の辻】は満更でもなさそうなんだが?」
言ってることは理解出来る。なんとなくだが、それが仕事なんだとしたら俺が仇と呼ぶ相手はその依頼主。
少し考えていたが、最後の言葉に虚をつかれた。
恐る恐る真冬を見ると
光希が口を開いた。
「嘘だ。お前の方が満更でもなさそうだな。」
「てめ…」
「まぁ落ち着け。フレンドジョークだ。」
「聞いたことねぇよ!?」
「…龍が命令するならそれでも良い。」
静まり返った。いや、空気が凍てついた。
この返答は光希も予想していなかったらしい。
「…ほう。まぁ、後の事は2人でやってくれ。俺は使用人を集めてくる。」
と、だけ言えば颯爽と立ち去る光希
「…逃げたな。」
肩を落とし、深く長く溜息をつく。
緊張か、何かまではわからないが何か降りた気がした。
「悪ノリも程々にしてくれ。俺はお前に好意を寄せたりしない。ただ、俺の手でお前を殺せないから好きにさせてるだけだ。それだけ頭に入れとけ。」
「…それが命令なら。」
「命令なぁ。俺が死ねと言えば死ぬのか?」
まず疑問に思ったことだ。命令に従うというのならそう言う事も従うということ。つまり、龍がわざわざ手にかけたりせずとも、真冬は此処で死ぬ。仇伐ちとは言えないが、結果的に気分は──
晴れるわけもない。どう頑張ったって死んだ者は生き返らないのだから。
しかし、真冬の行動は龍の常軌を逸していた。
黒色の刀。『黒刀』と呼んでいたか。
それを鞘から抜き取れば両手で抑え、首にあてがったのだ。
「──馬鹿やめろ!」
それは咄嗟の判断だった。手を伸ばし足を前に出す。間に合わない。
そう確信しながらも、その手を伸ばさずにはいられない。
「…わかった。」
その言葉に真冬は刀を下すと
首筋から血を流す。
「──!!」
刹那、真冬の頬に龍の平手が綺麗な音を立ててヒットする。
「…。命令がある…。」
「…聞く。」
「…死ぬのは禁止だ。死なせるより、生かした方が償う機会もあるしな。」
目の前の少女の考えていることが理解できない。何をどう考えたら死ね。と言われて死ぬのか。自分のことをどう思っているのか。
やはり光希の言うように道具としか思っていないのだろうか。
いや──違う、真冬に問題があるわけじゃない──
真冬は妹の仇だが、自分の命の恩人だ。
少なくとも、光希からの攻撃から助けてくれた。
少なくとも、狙撃から助けてくれた。
もしかしたらそれ以外でも助けてもらっていたかもしれない。
いや、こうして光希と手を組めたのも真冬がいたからだ。
「俺が悪かった──」
自分の愚かさに気付き、涙が溢れそうなのを堪える。奪われたものは大きいが
それ以上に何度も助けられている。
その奪われたものしか見てないで真冬の気持ちなんて一つも考えてなかった。
馬鹿だ。馬鹿すぎる。馬鹿すぎて、馬鹿にもできない。
「…大丈夫…。私がした事は龍にとってそれだけの傷を付けていたの…謝られる立場じゃない。」
身長差30cmの少女は龍の胸板に頭を預けその手を腰に回してきた。
「…そんなに近づいたら押し倒してしまうぞ?」
「…それで龍が救われるなら…それで龍が許してくれるなら…」
真意、先程の台詞も理解できた、その言葉で。
いや、今の台詞で自分の小ささがわかった。といった方が正しい。
これが真冬の謝罪なのだろう。
其れに比べて自分は何をしていたのか、
皮肉に、嫌味に、意地悪く、真冬にイライラしていただけ。
「…止めとく。…別に魅力がないとかそう言うんじゃなくて、俺が納得できるやり方で解決したい。」
「…──それが命令なら──」
「あの二人そろそろベッドインした頃だろうか。少し覗いてやろう」
コソッと扉を開ける。
刹那、白い刀がサッシに突き刺さる。
「──くわばらくわばら。」
行為中でない事だけ理解した。
とりあえず大事な話でもしているようだ。
老害は早急に立ち去ろう。
そう言えば【閃光の辻】って何歳だ?
「…私は…18歳…」
「いきなり出て来て心読むのやめような。」