笑え、笑え、笑え、笑ってくれよ桜っ!
帰り着いた時。龍はやっと背後の気配に気付いた。いや、気付かされた。
先程、3人の男に絡まれていた白い少女が袖を引っ張ってきた感覚が服を伝い、違和感として皮膚の感覚へと伝導する。
「本当にまた会えたな。というか、着いてきたのか?いくらなんでも反対方向に歩いたとしたら脚が持たないだろ。」
「…言いたいことを…忘れていたから。」
「言いたい事?」
「渡辺龍、…選択肢をあげる…。大切なものを自分で壊すか…他人に奪われるならどっちが良い?」
理不尽な選択肢、今の龍に大切なものはたった1人の家族である妹。物で考えられるなら特にない。強いて言うなら居場所であるこの家か…
無意識に顔を歪めていたらしい。その少女は顔を覗き込むと不適に微笑む。
「察しが良い…。どっち?」
丸腰に見えたその外見と裏腹に、いつの間にか握り締めている真黒な"刀"
刹那的に距離を置く為に背後に撥ね退ける。
「俺にその選択は出来ないな。だから第3の選択。凶器を持つ女の子相手に素手で挑むという馬鹿な事をする他ない。何処ぞの世界では正当防衛なんて言葉があるらしいぞ。」
両足をつけたところで少女を観察する。
身長150cm無いくらい。服の上からでも分かるその細身。体重なんて知れてるだろう。
ゆったりとした袖のおかげで腕の太さまではわからない。
が、胴体細くて腕が筋肉質なんてアンバランスな肉体でも無いだろう。
───戦うなら持久戦。その刀を振り回し疲れた時に取り抑えればいい───
しかし、その淡い希望、期待はまさかの一刀目に消え失せた。
縮地の類だと思わしきその足捌き、或いは歩術。
距離を置いたにしても5mはあったと思う。それをたった一歩で接近し、それと同時に鞘から振り抜かれたその刀は寸分違わず龍の首を掠めた。
「…選択肢は2つに1つ…これが最後…答えられないなら後者を選ぶ。」
「おいおい、マジかよ。洒落になってないからな?くそったれ!」
れ!を言い終わる前に回し蹴りを放とうと試みるも先程振り抜かれた鞘を開いた手の腕に添わせるように持ち、防がれる。
「…助けてもらったお礼に…せめてもの情けを掛けたのに…無駄だった…」
刀を持っているのにもかかわらずそう口にしながらのサマーソルト。
龍は蒼い空を見上げる形に背後へと宙に浮いた。───
体が動かねぇ!声も出ねぇ!
背中を強打しその衝撃により呼吸困難を煩わせる。
「…。畏怖しなかったのは賞賛に値する…絶望するといい。自分の非力さに」
///////////Black Spell//////////
体が動いたのはその5分後になった。
唯一無二の妹の元へとそのやっと動けるようになった鈍い体を引き摺り、家の中へと急ぐ。
「────────!!!」
声にならない声が出た。
悲痛、激情、絶望、虚無感───
それら全てを声にならない声で撒き散らし、目から涙が滴る。
「俺が弱いから…たった1人の家族さえ守れない…俺が弱いから…自分の妹さえ守れない…これ以上に情けない話は無い…誰かの役に立てても役に立ちたい奴の役に立てないとかなんの為にっ…!」
3つ歳下の妹の亡骸を抱き寄せ抱え込むようにして嘆く。誰にも届かないその声で
然し、冷静になるのは早かった。
真っ先に思いついた単語は復讐。
それになんの意味も無い。あの白い少女を殺したところで意味など無い。
さらに言えば殺せる確率の方がはるかに低い。
自分を超える。それだけの能力なんてなんの意味も無い。
妹の体を抱き寄せたまま、思考を張り巡らせる。
閃いたのは…とても愚直で浅はかな事だった。──
//////////Black Spell//////////
絶望を何度も知った。
されど孤独だと思った事は一度も無い。
どんな理不尽にも立ち向かった。
されど理不尽に敗戦を強いられた事は無い。
困っている人は全て助けた。
されどそれら全ては自己満足の為。
或いは、そんな自分に酔い痴れただけなのかもしれない。
『正義の味方』
どんな形でも利益を求めず無条件に人々に救いの手を差し伸べる。ただただ憧れていた。その抱いた幻想に魅入られている自分がいただけだったと言う事実を知るまでは───
喧嘩だって強いし勉強も平均的には出来る。
「かっこいいお兄ちゃんが、お父さん、お母さんの代わりに桜を守るから!」
笑わせる…。妹の命が懸かってるのに全力で足掻かない兄の何がかっこいい。
笑え、笑え、笑え。
笑ってくれよ桜っ!
渡辺 桜(watanabe sakura)
身長:155cm
体重:45kg
性格:殺人衝動が起こるほどに異常思考者。
大好きな兄の前では"普通の妹"を演じ切る程計算高く。絶対的な信頼を勝ち取っている。
罪:親殺し