ゲリラ全滅作戦、始めました
COIN作戦では攻撃あるのみ。ゲリラに立て直す猶予を与えてはならない。ねじ伏せる力こそ全てだ。
王国は国籍・性別・年齢ふるいにかけて移民を受け入れている。国民として、兵士として王に仕え国に貢献する覚悟のある者が迎えられる。だから難民は受け入れない。難民に偽装したゲリラも入り込み難かった。
面倒な共産主義との戦いは前線となった同盟国に任せ支援に集中する方が、感謝もされ死人も出ずに気分良く居られる。しかしアメリカは戦場に部隊を送り込んだ。効率的な人殺しの術と、敵を殺す覚悟と言う経験を得るためだ。
当初は「空軍と空挺部隊が居ればゲリラを屈伏させる事が出来る」と豪語していたが、派遣された兵力は50万を超えて増大している。
戦場に置ける補給と休養は、その力となる部隊の運用で重要な割合を占める。「共産主義の圧政と支配苦しむ隣国を助け、侵略を受ける同盟国を助けるのは使命だ」とお題目を唱えるアメリカが味方に居る以上、補給は『永久ただ券』で安心だ。
それに、いざとなれば武器と弾は殺した敵から奪えば良い。現に鹵獲した物がバーゲンセールする程に貯まっており、野ざらしで山積みされている物も多い。
問題は兵士の疲労回復と食事だ。酒と煙草は嗜好品で、女は性欲を晴らす為だから重要ではない。だがさすがに食い扶持までは敵が残してくれるとは限らない。
ハイジが初めて作った料理はマッシュポテトで、茹でたじゃがいもをぐにぐにと潰してバター、牛乳、胡椒を入れて混ぜると言う単純な品だった。
「美味しいよ」そう言ってくれた父はもう居ない。
前線で温食は貴重だ。調理の時間さえ惜しく湯煎にかけた卵が一人一個づつ渡された。
孵化前の有精卵、ホッビロンだ。
アヒル、にわとり、うずらと色々あるが、今回はにわとりのホッビロンだ。
さっと飲み込む様に食べ終えると、ハイジは指揮所に戻った。
からからと音が聴こえる。机の上に置かれたゲージの中にはハムスターの姿があった。
師団司令部や各中隊ではハムスターを飼っていた。鳩軍の特攻部隊による毒ガス攻撃に対するガス探知機だ。
餌として与えているブルーギルやマングースのおかげか丸々と大きく太っていた。
ハムスターは蛋白質になりそうだが貴重な戦力だ。食事を切らさず、ひまわりの種も餌として与えていたが、同族殺しの共食いをする狂暴性を押さえきれていない。
きゅきゅきゅと鳴き声をあげながら親ハムスターが子供を追いかけて虐めていた。
「あ、こいつめ」
ガーリー准将は指先で親を弾くと子ハムスターを守った。親はきゅーきゅーと興奮して唸っている。軍人とは武器を持たない者を守る崇高な仕事だとガーリー准将は信じている。子ハムスターも守るべき物だった。
ハイジは地図の状況を確認する。休憩中に大きな変化は無かった。
兵士の戦い続ける士気は、生への執着心──夢や希望を持っているかではない。いかに心の余裕を持つかだ。
ハイジは兵士に限界を求めない。「諸官が忠君愛国の精神を持っている事に疑いは持っていない。必勝の信念さえ持てば、全力は出さなくていい。半分だ。半分だけ力を出してみろ」と訓示した。
「画家のジョルジュ・スーラも点描なんて細かい事に神経を使ったから早死にした。全力は駄目だ。楽して勝てば良い。諸官も半端を極めろ」
ホムンクルスの様な勤勉さを常人に求めても仕方がない。だれるし、疲れるし、悩みもすれば悲しみもする。
常に全力を出す事よりも半分の能力を求められる。兵の士気は気楽さから維持された。
◆
爆音が聞こえてくる。ガーリー准将はハイジが口元に微かな喜色を浮かべた瞬間を目撃した。
「さあ、楽しい戦争の時間だ」
ハイジの視線の先にはB-52爆撃機の機影があった。
舐められて虐められる将校とハイジの違いは信念だ。
(パパの仇だ。みんな死んじゃえ)
ガーリー准将から見て爆撃戦果の報告を受けるハイジはキラキラと輝いて見えた。理解の範疇を超えている。
ハイジは復讐を忘れてはいない。家族への清らかな愛だから、復讐の機会を逃しはしない。
敵を憎んで戦争は楽しむ。本当の意味での殺しあいデビューだった。
爆撃で敵は巣穴から引きずり出され、構築された火網に捕らわれた。前から後ろから上からと弾が降り注ぐ。
鳩はローストどころかミンチになっていく。
「さすがです閣下」
例えば歩兵大隊を配置するとしよう。同じ大隊でもTOE 7-15EとTOE 7-11Gは異なる。部隊の指揮官は常に新旧の情報を入れる事が求められた。
繊細で美しく情熱的な攻撃がオーバーレイに描かれている。感心した様に部下は誉めるが、ハイジに言わせれば戦いに相性はない。適切な火力を叩き込めば敵は勝手に自滅する。
「兵士は負けるより勝って成長する。勝利を与える事こそが指揮官の勤めだからな」
兵隊は誉めれば、自分の事を上官が見てくれていると士気を高め延びる。調子に乗らせれば木にも登るが、指揮官は誉められても増長するだけだ。だから指揮官には冷静さが求められる。初対面で辛辣な態度を取り、兵士に舐められない様にするのも将校の仕事の内だ。
国家は常に勝利に向けて戦争指導を行っている。挙国一致の体制で100%従っているなら負けはしない。だから戦場での指揮官と部下も信用し合わなければ戦争には勝てない。
だから、下士官が新兵を殴る事も許される。場合によっては将校も対象になる。
「戦闘中に泣くな、臆病者!」
生きている者に銃を向けて命を奪う事に、そして仲間が殺される事に、自分が死ぬかもしれない恐怖に新兵は涙を流していた。どこでも人間は一人で生きていける。死ぬ時は一人だ。怖いのは自分の意思と関係無く殺される事だった。
戦争を楽しむぐらい半端な気持ちの方が、心を病まずに良い。優しさは兵士をただの人に戻して弱くする。
川に流れに身を任せた方が良い場合もある。
戦争は作戦計画の立案、実行、戦果のチェック、戦訓の考察でPDCAとなる。飲食店の経営の様にぶれぶれでは店が潰れる。軍隊では即死の問題だ。
樹海に潜む鳩はあの手この手と様々な手段を使ってきた。地下陣地もその一つだ。
「クリソゲヌム大尉、今日は楽を出来るぞ」
「またまたご冗談を。俺達の仕事はこの後でしょう」
ハイジ声をかけられたクリソゲヌム大尉はトンネルラット(Tunnel Rat)と呼ばれる鳩の地下陣地制圧のスペシャリストを指揮している。特殊部隊とは異なる技術が求められた。地下陣地は内にもトラップを仕掛けており敵が逃げても油断は出来なかった。
ハイジは部下の返事に満足したのか呼吸音だけで笑った。