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ハイジの決断

 季節は冬。モッコリ王国の景色は白一色に染め上げられていた。煙突から立ち上る白い煙は暖を取る為の物だけではない。ダッダーンの港町にはアメリカのモッコリ援助軍司令部(MACM)と王国軍関連の施設が置かれている。接岸された船から援助物資が次々と荷下ろしがされていた。

 港から離れたドント通り。白いニット帽を頭にのせて茶色のコートを着た少女が、王国軍の施設から出て来る。

 子供が軍隊に入る事は発展途上国や戦時下の国では珍しくはない。モッコリ王国は北のポッポと戦争状態にあった。

 少女の軍服はファッションではない。コートの下はガウチョパンツで、足下はヒール靴ではなくブーツと動きやすい服装をしていた。

 ハイジ・シュメデスは弱冠15才の少女だが、王立将軍学校を修了し、今日から王立軍の師団長に就任する。

 王立将軍学校とは王族、貴族の子弟、優秀な現役将校が将官となる為の高等教育を受ける学校である。平民や一般的な貴族であるならば士官学校から部隊配属され少尉任官した後、経験を積み重ね、入校してBOC、AOC、CGS教育を受けた先にある立場だが、貴族は違う。生まれながらの血統が才覚を保証している。その為、若くして部隊を任される。

 ただしハイジの家系は代々、パン屋であった。

 慣れ親しんだ駐屯地の正門を通過しながら、これまでの日々が思い出される。

「将軍になるだって?」

「うん、悪い鳩ポッポをやっつけて皆を守りたいの」

 薄いピンクの唇から出た娘の子供らしい考えに驚いた両親だが、学費免除と言う事で受験させてみた。それに王国には兵役がある。

「確かに軍隊に入るなら早い内からの方が良いからね」と父は納得する。

 兵隊として徴兵される前に志願入隊しておけば、将校として待遇は大きく変わる。同じ事を考える受験者が多く、狭き門で受かる確率も低い。落ちて元々と両親は考えた。

「パパ、ママ、私受かったよ!」

 嬉しそうに報告する娘に笑みをこぼす両親だが、一人立ちさせる事に不安を覚えた。

「寝る前にはトイレに行くのよ。一人で寝れる?」

「大丈夫よ、ママ」

 才能を見出だされ見事に合格をしてしまい、あれよあれよと言う間に成績上位者としての記録を打ち立て「家系に貴族の血が流れてるのかもな」と教官、助教に噂された。何にしても採用者の目が正しかったのだ。

 正門を出ると「シュメデス少将」と声をかけられた。声に反応して首を向けると、赤髭を蓄えた初老の男性が路肩に並ぶ馬車の前に立っていた。並ぶ馬車はそれぞれの部隊からの出迎えだ。憲兵が交通誘導をして居る。

「小官はガーリー准将、閣下の師団で副師団長を拝命致しました」

 ハイジは軽く頷くと「宜しく頼む」と告げた。学校生活で部下に対する言葉遣いは叩き込まれた。

 家庭に入った女性には「昼は淑女、夜は娼婦」と言う役柄が求められる様に、軍隊に入れば上官には軍人らしい演技が求められる。なよなよしていたり、子供では統制が取れないからだ。

(これが指揮官適性AAAの娘か。子供として見るべきではないが、まだ幼い)

 ガーリー准将は孫ほども年の離れた少女の返事が横柄な物だった事に眉をあげたが、仕えるべき上官と言う事で礼節を保った。年齢や経験では上でも階級は絶対だった。そうでなければ軍隊は機能しない。

 馬車に乗り込んだハイジは帽子を取った。

 えり足で一つに結んだだけのシンプルな髪型は子供っぽさを際立たせる。ぽろりが期待できるほど成熟した体つきもしていない。まだまだ子供だ。

 赴任先までの道中でガーリー准将はハイジに部隊の状況を説明した。

「師団長閣下もご承知の通り、我が師団は北の防人であります」

 王立軍は北から4つの軍管区(Corps Tactical Zone)に分かれている。

 ダッダーンの港町から北西に行った国境沿いの第1軍団管区(1 CIT)、タンタンメン基地(TTB)は平地に囲まれた高台にある。犬帝国空軍が建設した2000mの滑走路を再利用した物だった。

「国境から侵入してくる鳩の糞野郎ども──失礼しました、ポッポ軍に対抗する為、タンタンメンには犬軍の狼犬連隊と柴犬連隊も詰めています」

 ハイジは言葉を飾らなくてもいい。普段の言葉使いで構わないと告げて先を促す。

 敵を卑下するのは慢心と油断を呼ぶと言うが、上部を飾っても仕方がない。仲間を殺され、殺し殺される戦場に身を置ければ紳士では居られない。礼節は必要な時と場合にあれば良い。

「ガーリー准将から見て、帝国の末裔の力はどうだ?」

 犬帝国はかつて錬金術によって生み出されたホムンクルス達が、主亡き後に造り上げた帝国で、周辺国を侵略して回っていた。第二次世界大戦の敗北後、新たな主人──アメリカ連合国──を見つけ忠犬として存続している。

 今回も、アメリカの参戦に伴ってインドシナ半島に自衛軍を派兵して来ていた。

「悪くはありません」

 自国が貴族の子弟を優遇する人事で未知数の戦力だと言う事に比べれば、士気の面でも完全志願制の犬軍は信頼出来た。何しろロシア人の侵攻からの防衛手段として決戦兵器を使い、朝鮮半島を海没させたぐらいだ。彼らは、やる時には躊躇わずに実行すると言う割り切りがあった。

 ハイジはガーリー准将の言葉に含む物を感じて「報告は明瞭にしろ」と注意した。

「私が若年者だからと遠慮しているなら安心しろ、私は兵隊の無駄遣いをしない。将軍学校で教えられたよ。兵隊を揃えるには時間と金がかかるとな。死なせるなら効率的に、だ。その決断を間違わない為にも正しい情報が必要だ」

「はい、閣下」

 共産主義の鳩達は、南に巣を築き攻撃を仕掛けて来ていた。王国の平和を守る為にも、共産主義者の侵略を看過は出来ない。

「連中の戦意は高いのですがやり過ぎます。前の戦争が終わった時に国内で共産主義者が暴れまわった経験からか、ゲリラ狩りで関係無い者まで殺しています。疑わしきは殺せと言っても限度があります。何と言っても我が国の国民です。ですが彼らは交戦規定を厳密に守っているとは言えません」

 ハイジは犬軍の行動を悪だと批難する積もりはなかった。軍事的見地から見れば、犬軍を敵に回せばただでは済まないと敵に知れ渡っており、犬軍の作戦地域では敵の行動も減少傾向にあり効果を上げている。

 悪辣な共産主義者との戦争で、たかだか非戦闘員が殺傷された程度で作戦を自粛させるのは割に合わない。使える部隊を遊ばせて置く余力は王国に無かった。

「王国が滅びるよりはましだろう。飼い主に手綱を確りと持って貰うしかないな」

 割り切ってるからこそ犬軍は精強だと言える。

(こっちは国民を守らなくちゃいけないし、正直、そこまで出来るのがうらやましいよ)

 戦争とは金がかかる。出した物に対して、どれ程の効果が還元できたかが問題になってくる。その様にハイジは習ってきた。


     ◆


 サラトガ・スピリット作戦は最終局面を向かえつつあった。

 ゲリラの芽は若い内に摘まねば大事になってしまう。と言う事で、実績は無くても指揮権を持つハイジの発案だった。

 作戦開始から3ヶ月、ポッポ兵3,800人以上の殺害戦果をあげており、味方の損害は200人弱と少なく抑えられている。

「認めざるをえないか」

 世界は残酷で歪んでいる。ガーリー准将にとって軍歴は否定されたと言えた。努力と経験は、才能の前では紙同様で吹けば飛ぶ軽い物だとハイジが実証している。他にも中級士官学校の設立で、一気に少佐として野戦指揮官に就任する子供が増えてきており、今後は将校として才能の無い者は淘汰されて行くのが軍の将来だった。

 子供が大人ぶってる様に見えるが、ハイジ・シュメデス少将は戦争に勝利するにはいかなる犠牲も甘受すべきであると教えられてきたし、自身もそう信じている。

 TTBに着任後、ポッポ南部から王国北部国境周辺にかけてに設定された「銅の台形地帯」で大規模な掃討作戦を実施した。アトランタ・オリンピック作戦、サラトガ・スピリット作戦である。

 師団司令部の片隅に犬軍の姿があった。ヘッドセットを着けた下士官が尻尾をピンと立てて「きゅるきゅるきゅる、かさかさ」と声を出しており、その横で通信帳にメモを取っていた将校は「自転車で移動中」と報告をあげる。奇妙な光景だが、その報告を受けて師団司令部の幕僚が、新たな情報を地図のオーバーレイにグリペンで書き込みを行う。

 ハイジが犬軍から呼び寄せたのは『擬音科』のベテランで、彼らは集音機や聴音機で拾った音を優れた聴力で聞き分け、敵の動きを教えてくれる。夜戦を重視する犬軍では暗室で一日、テープを聴かされる訓練等を行っていた。号令調整では「バンバン」「ババババババ」「ヒューンヒューン」等と口語で伝えて状況や装備の判断が行われた。彼らこそ「擬音のプロ」である。

 海軍では鮫のロレンツィーニ器官を応用したソナーの研究等をやっているが、ポッポ海軍の封じ込めはアメリカがやってくれているので戦争が出来る。現実に求められる物は河川哨戒艇等で単純だった。未来に投資するよりも、前線の歩兵に対する砲兵やTACの支援を増やす方が大切だ。

 血と汗と泥にまみれ体臭が嫌になるほど匂う戦場で、ポッポ軍の兵士達はデニムやスキニーパンツにシャツ、サンダルやスリッポンと言う軽装で攻めてくる。防寒着を着込んだ王国の兵士とは違い、快活な動きを見せた。

「あいつら寒くないんですかね」

 補充されて来た新兵に古参兵は「奴等はしょせん人ではない、鳥人だ」と決まりきった答えを返す。

 そもそもも人とは構造が違うのだから気にしても仕方がない。要は殺せば良いだけだ。

 次々と押し寄せる新手の敵は、TTBから北西に7Kmに広がる銅の台形地帯からやって来る。寒さに耐え平原を守る兵士達にとって銅の台形地帯は目の上のこぶだった。

 遺体袋に詰められた戦死者がヘリコプターで後送されていく様を見送った後、司令部の置かれたバンカーで増加食として支給された焼おにぎりを食べるハイジに実家から電話がかかってきた。野外電話を通して母の声が聞こえる。

『ハイジ、仕事の方は慣れた?』

 将官の特権と言っても、前線で私的な電話をする事に後ろめたさを感じた。

「大丈夫よ、お母さん」

『北は寒いと言うし、風邪引かないように暖かくしなさいよ』

 殺伐とした前線に居ると、のほほんとした母の言葉に苦笑を浮かべてしまう。入校していた間も、休みの時は家に帰っていたので久しぶりと言うわけではないが、懐かしさを感じた。

「分かってる、心配しないで」

 母が最近、編み物をしてると言っていた。そろそろ電話を終えようかと思った所で、予想外の言葉を聞かされた。

『そうそう、来週、お父さんがそっちに行くって言ってたから冬服も送って貰うわね』

「お父さんが?」

 父は兵役を終えていたが召集されたと言う。娘が将軍でもそこは考慮されない。

『うん、何だったかしら。えっと、ソンタイがどうのって言ってたわね』

 母の漏らした言葉にぎょっとする。

 いかなる情報でもいつかは漏洩する。しかし、それが自分の母親の口から出たとなると話は別だ。

「ちょ、お母さん、その話題、駄目!」

 それは次に実施される越境作戦の名称だった。機密の漏洩で情報部や憲兵に目をつけられれば、守る事も出来ない。

 自分の父がどう言う立場に居るのか、母に余計な情報を漏らさないようにとか、父に会ったら問い質してみよとハイジは心にとめた。

 しかし再会は叶わなかった。


     ◆

 

 翌日、部下から父が死んだ事をハイジは知らされた。乗っていたヘリコプターがゲリラに撃墜されたと言う。

 家族の死に対してハイジは感情を浮かべず淡白に「そうか」と反応を返した。親を失った子供の心は傷つく者だと周りは認識していた。だからこそハイジの反応は予想外すぎた。

「何をぼさっとして居る。全員、仕事に戻れ」

 サラトガ・スピリット作戦はまだ終わっていない。ハイジの言葉に部下は作業を再開する。

「少し席を外す」

「はい」

 ガーリー准将に後を任せて寝床に戻ると、ハイジは公から私へと意識を切り換えた。

 愛した家族、愛してくれた父が殺された。

(殺してやる、奴等を殺してやる)

 寝袋に顔を押し付けながら復讐を誓った。

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