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第5幕 事のはじまり

 事の発端は五日前に遡る。

私はこの日、寝坊してしまった。普段は自転車で通学しているが、それでは間に合わない。幸い、電車ならばギリギリ間に合うだろう。しかし、通勤ラッシュと重なっているので、電車は満員に違いない。

(それは、嫌だなー)

満員電車に乗りたくないために便利さを捨て、睡眠欲を振り切って自転車通学をしているのである。しかし、今日は背に腹は代えられない。

(だって、だって、遅刻しちゃうじゃない)

そう、遅刻などしたら目立ってしまう。私が心がけているのは、可もなく不可もない教室片隅系女子だ。目指せ平凡の星!!



ということで、手早く身支度を整える。もちろん、化粧はしない。通っている私立花園学園は自由な校風であるので化粧や髪の色、制服の着こなしなどにもあまり厳しくない。それゆえに、化粧をしている人も少なからずいるが、生徒の多くが御坊ちゃま・お嬢様であることに加えて進学校でもあるためか風紀は乱れておらず、服装も派手すぎる人はいない。私もおしゃれに興味がないことはないが、自分の地味な顔が劇的に変わるとも思えないので無駄な抵抗はしないことにしている。それに、面倒くさい。まあ、これを言うと流行に敏感な友人に小言を言われることになるのだけれど。肩より少し長い髪をポニーテイルに結び、学園の制服である襟付きの紺色のブレザーとチョコミントのような色合いのチェックのスカートを身に着ける。この制服は、可愛いということで近隣の女の子たちの憧れの的となっていて千世自身も気に入っている。


キッチンに置いてあった袋いりあんぱんを朝ごはん用にかばんに詰め込み、ローファーに足を突っ込む。

「行ってきまーす」

声をかけると仕事に出かける準備をしていた母親が玄関にでてくる。

「朝ごはんは食べたの?ちゃんと食べないと頭が働かないわよ。」

「あんぱん持ったから学校で食べるよ。うちで食べてたら遅刻しちゃう。」

「そう。じゃあ、気を付けていってらっしゃいね。」

行ってきます、ともう一度いうと年の割には若く見える母が満面の笑みで見送ってくれた。小さいころに色々あったせいか少々私に対して過保護になっていると感じることはあるが、家族仲は良好である。

ちなみに、うちは父親が小さな建設会社の社長をしているが経済状況は一般家庭と変わらない。富裕層が多く通う花園学園に通えることになったのも娘には良い学校に行かせてあげたいという親心と自分の学力に奨学金が出たおかげである。一応、数学以外はそれなりに出来るのだ。しかし、奨学金が出るといってもそこは名門私立、細々としたことにお金がかかってしまう。それを払ってまで娘のことを考えてくれているのだから感謝もするというものだ。


 そんなことを考えながら急ぎ足で駅へと向かう。案の上、駅の構内は混んでいて人の波に流されてしまいそうになりながら電車に乗り込む。電車内は、ろくに身動きも出来ない。

(もう絶対寝坊しないようにしよう)

人混みはどう頑張っても人とぶつかってしまうから嫌いだ。しかし、この状況では隣の人と距離を保つこともままならない。ため息をついて、気分転換のために辺りを見回してみた。沿線に学校が多いためか学生が多く、花園学園の生徒もちらほらと見受けられる。     花園学園の生徒は、自家用車通学の生徒が多いので電車通学の生徒はさほど多くない。

 

(なんだか、気持ちわるいー)

電車を使わない自分にとっては珍しい満員電車の風景ではあったが、視界が人だらけで気分が悪くなってきた。

仕方なく、ポケットに入れていたウォークマンを取り出し耳に装着し音量をあげる。音量をあげたため電車のアナウンスが聞き取りづらくなったが景色で降りる駅はだいたいわかるので構わない。お気に入りのアーティストの曲に集中すると外界と遮断された気がする。これなら降りるまで大丈夫そうだ。

そして、何曲か聞くと降りるべき駅に着き、音楽をつけたまま電車を降りようとした所、後ろから降りてくる人に押されて前にいた人の背に掴まってしまった。慌てて謝ろうと思い声をかけようとした。だが、

「・・・次の満月は・・・・三木本 伊織・・・・殺す・・・・」


(えっ、三木本 伊織って言った?)

小さくてよくは聞こえなかったが、確かに前の男から声が聞こえた。自分にしか聞こえていないのか周りの人は何の反応も示していない。

あまりの衝撃に遠ざかっていく男の背中をぼうっと見送る。


「そんなとこ立ってたら邪魔だよ」

どうやら、電車から降りる客の邪魔になっていたらしい。不機嫌そうなおじさんの声で正気に戻った。

(追いかけなきゃ)

とりあえず、さっきの言葉が本当かは別にして念のため男の顔だけは確認しておいた方がいいだろう。そう判断して、男が去っていった方向に走る。しかし、男の姿はもはやどこにもなかった。


 もやもやした気持ちを抱えながら、学園についたが、駅での出来事が頭から離れない。普段ならこんなこと冗談で済ませてしまうところだが、放っておいてはいけない気がした。狙われているかもしれない人物が友人であるから不安も積る。


(一回、整理してみよう)

 まずは、「次の満月は 三木本伊織 殺す」という言葉からだ。文章の意味は額面通りに受け取っていいだろう。そして、問題なのは「満月」という部分だ。今まで、気づかなかったが、落ち着いて考えると思い当たることがある。

(満月の切り裂き魔・・・・)

満月の切り裂き魔とは、満月の日にだけ犯行を重ねているらしい。満月といっても犯行は夜だけではなく昼にも行われている。被害者は分かっているだけで3人。不幸中の幸福で、亡くなった人はいないようだが、みんな鋭い刃物で切り付けられ重傷を負っている。被害者が全員女性であることから、女性だけを狙っているということはわかっているが、犯人を特定する証拠は未だ見つかっていない。しかも、最近では類似犯も出回っているからやっかいだ。

この辺りでは、まだ被害はないが今まで被害があったところからそれほど離れているわけではない。

(まさか、本当に?)

 考えれば考えるほど不安は大きくなる。

いっそ伊織に話してみようか?・・・いやダメだ。きっと笑われておしまいだろう。しかも、信じてもらえたとしても公演を控えた伊織にとって今は大事な時期だ。情報で無駄に不安を煽ってしまうかもしれない。


では、警察はどうだろうか。・・・これもダメだ。こんな不確かな情報では、警察は動いてはくれない。そもそも、女子高生の荒唐無稽な話なんて悪戯だと思われておしまいだ。


(やっぱり、私が伊織を守らなきゃ!!)

犯行が次の満月に行われるということがわかっているから、伊織にずっと張り付いて注意していればいいのではないか。そう思いついて、次の満月を調べてみる。


(えっ、この日って・・・)

その日は、伊織の公演の日だった。これは、まずい。一般公開されるので多くの人がやって来て守るのが難しくなるし、関係者以外立ち入り禁止の場所がある。そもそも、演劇部でもない自分がずっと主役に張り付いていたら伊織と演劇部の人たちの邪魔になってしまう。


 こうなったら、公演の日までにあの男を見つけるしかない。そして、犯行を食い止めるのだ。

(とはいっても、よく聞き取れなかったし、後ろ姿見ただけなんだけど・・・)

このままでは、絶対に見つけられない。更なる手がかりを求めてもう一度、後ろ姿を思い出してみる。

(黒髪で身長170くらいで、体型にはこれと言って特徴はなし。年は声からも若い感じがしたなー。えーと、服装は・・・・・あれ?制服?)

そういえば、人混みの隙間から見えたのはうちの制服に似ていた気がする。うちの学園の男子の制服は紺色ブレザーに紺色のズボンといったありふれたものであるが、この近辺でブレザーの高校は花園学園だけなので間違いない。


(ああーっ!!なんでこんなに重要なことに気付かなかったの!!だから、注意力散漫とか大事な場面で役に立たないって言われるんだー)


我が友の言うことは間違っていなかったよ・・・と自分を情けなく思ったが、新たな事実が判明した。驚くべきことにあの男は花園学園の生徒だったのだ。それならば、全校生徒を調べてみれば、あの男が見つかるかもしれない。


それからは、伊織に内緒で尾行をし、伊織の周りにあの男がいるか調べた。それに加え、毎朝あの時と同じ時間の電車に乗り、全クラスの集合写真を見たり、生徒が集まる場所に出向いて男を探す。伊織が練習のためバレることなく行動できたのは助かったが、一向に見つからない。


(もう、どうして・・・)

何の収穫もなく時間だけが過ぎていく、次の満月までもう時間がない。絶望的な気持ちのまま中庭のベンチに座っていると部活勧誘用の掲示板が目に入った。そして、その中の一枚に目が吸い寄せられる。

(風姿花伝演劇部?)

噂には聞いたことがある。依頼すれば必ず解決してくれるのだと。その瞬間、光が差したような気がした。


(そうだ!!私も依頼してみよう。噂が本当かは分からないけど何もしないよりマシかもしれない)

 自分で何とかしなきゃと思いながらも誰かに頼りたくて仕方がなかった。風姿花伝演劇部なんてただの噂だと思いながらも心の底では存在していて欲しいと切実に願っていた。だから、送ってしまったのだ。風姿花伝演劇部に。



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