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短編集

夕焼け恋薬

作者: 川崎鉄馬

この噺は『猿・時計・看板』を基に作られました。

 時計とにらめっこすること三時間、彼がようやく来た。デート初日から待たされて、浮かれていた気分が冷めかけていた。でも彼は土下座して謝り、そこまでされては許すしかないので彼との楽しい時間を満喫することにした。



 結果からいえばとんでもなかった。まずデートコースに彼が考えてくれていたのは動物園だった。個人的に動物はあまり好かないけれど、彼が必死に考えてくれただろうからそこは良しとする。

 しかし、入園からウンチクと動物撮影会のフルコースなのは頂けない。移動は常に全力疾走。極めつけが『猿のお散歩』だった。ミーちゃんやらマーちゃんやら知らないが、そんな名前の猿達が列をなしてお散歩する。時間にしておよそ二時間。園内を一周する。

 思わず「なっがいよねー」と口走ったら、彼は驚いた表情で「何言ってるの。俺らも回るんだよ」とかほざいたのだ。

 流石にそれはごめん被りたかったから、自分は待ってるねとかわいこ子ぶりっ子発動して待っていた。二時間も。女子一人で。

 彼は満足げな表情で、帰ってきた。私も笑顔で返そうとして――――ひきつった。

 彼の腕に、猿が巻き付いていたのだ。

「……え、これどうしたの?」

「いやそれがね! 熱心に撮影してたら職員さんが良かったら一緒に散歩してみる? とか言うんだよ。こりゃ滅多にないって思って、ちょちょ。どこいくの! まだ話が途中――――」


 猿とデートでもしてろ!




「はぁ……なんっでかなぁ……」

 理由なんぞはとっくに分かりきっていたが、それでも溜め息を付かずにはいられなかった。

 要するに、私は熱心な人が好きなのだった。サッカー部の奴に始まり、果てはあの猿バカ動物ヲタク。初めは好きで好きでにこやかにしているが時間と共に冷めるのだ。

 嫌だけど、分かっていても、繰り返してしまう悪い癖だ。

「どうしよ。このままだと――――死ぬまで男無し? それは嫌だ!」

 空に向かって叫ぶと、ある店が目に入ってきた。やたらボロくて草臥れた感じ。新居が増えている町中で一際目立っている。次いで、店の看板を見た。


『良く聞く薬、あります』


 聞くの字が間違ってるのが可笑しくて、思わず吹き出した。よし、どうせ予定も潰れたのだし、暇潰しにでもと思って入店した。




 店の中も外観よろしく草臥れており、昼間なのになんだか薄暗かった。よく目を凝らすとラインナップが古くさい。消費期限なんて言葉はこの店に無いようだ。カタコリヨクナールとかて、あきらか昭和だよね。「お、いらっしゃい」

「うわっ!」

 急に背中から声がしたので吃驚した。振り向いてみると男の人がコンビニ袋を携えて立っていた。

 髪は健康的な黒。弄った様子もなくてちょっと跳ねた寝癖が可愛らしい印象を与えていた。顔はそこそこ良い部類だ。アウターやボトムスは大人しめな装いで、いかにも大学生の雰囲気がてていて――パッと見、悪くない装い。

 唖然とした様子の私に、彼は優しく微笑みかけた。

「もしかして、前の看板みて来た?」

 コクりと頷くと彼は困ったような顔になった。ちょっと崩れても様になるのが凄い。

「俺、あ、いや僕この店を婆ちゃんから継いでさ。薬屋兼街の相談所みたいだったんだけど今は亡くなって誰もやらなくなって。遺言で看板は取るな直すな壊すなって言われてるから、どうしようもなくてさ。困るよ」

 彼は静かに溜め息をついた。笑いが溢れた。彼は不機嫌にもならず「どうしたの?」などと慌ててる。

「あなた見た目かっこいいし、話面白そうだからやればいいのに。なんなら今私、かなり傷ついてるから相談してもいいよ?」


 彼はしばし呆然とした後、大笑いをした。

「いや、君みたいなやつ初めてみたよ」

 そうして一頻り笑うと、涙を拭い、何か決意したのか真っ直ぐに私を見て不適に微笑んだ。

「オッケー。悩み聞きましょ。そんかわり遠慮なしに言うよ?」

「え、うん。よ、よろしくお願いします」

 何を言われるか少し不安だったけど、なぜだか胸が踊った。





 処方は日が入り始めた頃にまで及んだ。空は雲一つなく、清々しくて見ていて気分がよかった。遅くなったからといって家まで歩く、彼の方を向いた。

「くぅー、なかなか苦かったよ。でも効いたみたい。ありがと」

「それは良かった。どういたしまして」

「うん、また頼むねー」

「いやいや。しなくて済む努力をしようよ」

 そこで私は立ち止まった。振ったばかりでなんだけれど、目の前の彼の事が少し気になるのは確かだった。恋とまではいかないまでも良い友達としてでもこれから付き合っていきたかった。これで来るとも知れない『いつか』の為に会えなくなるのは、イヤだった。

 だから私は、聞いてみた。

「聞いてもらう以外に行ったらだめなの?」

「え、あ、いや。だめじゃないけど」

 彼はしどろもどろになりながらそっぽを向いてしまった。まだぼそぼそと何か言いたげだったが余りに声が小さくて聞き取れなかった。

 その様子がさっきまでとは全然違ったので思わず吹いてしまった。彼は呟きをやめて、今度はムスッとした顔で睨んできた。

 なんだ、案外表情豊かなんだなこの人。

「これから宜しくね、薬屋さん」

「こちらこそ、患者さん」


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