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昭和41年7月17日にタイムワープした男

作者: 宙美姫
掲載日:2026/10/26

気がついたら知らない場所にいた。

異世界転生ってやつ?

いや、違う。

ここは日本だ。

文字も標識も読める。

ただ今と違う、結構前の昔のようだ。


まるでここは昭和の街。

自分の家は仕事の関係で何度も引越ししていた。

ひょっとすると、今自分がいるこの昭和の街は、

子供の頃住んでいた街かもしれない。


視線が刺さる。

行き交う人々の鋭い視線が刺さる。

なんでだ?

て言うか、みんなの方がファッションおかしいじゃないか。

古めかしいファッション。

男たちは皆短髪で黒髪。

女性はまるでサザエさんみたいな髪型もいる。


全体的にやぼったい。

着ている服もみんな地味な配色とデザインの時代遅れ。

子供の服も男の子は半袖半ズボン。

女の子はワンピース。


おかしいのは自分じゃない。

ここにいる人々全員がおかしい。

声が聞こえる。

「なんだよ、だらしない服装。」

「大人ならちゃんとした服装しろよ。」


文句が多い。

文句が聞こえがなしに耳に飛び込んでくる。

「ハロー! 外人さん。」

歩み寄ってきた鼻垂れ小僧が俺を見上げて声をかけてきた。

「え? 外人って誰のこと?」

思わず驚いて俺は鼻垂れ小僧に声を返した。

「えー! 日本語話してる! うまーい!」

そう言って遠くの家族のもとに走って帰っていった。

「変な人に話しかけるんじゃない!」

鼻垂れ小僧は家族に注意されて首を傾げてる。


外人さん?

ってなんだ?

その場に居づらいので、数歩歩いて街を見る。

とても古い、昭和中期ぐらいの商店街だ。

見たことある、何かとても懐かしい感じがする。


商店街のショウウインドウ。

大きなガラスに俺の姿が映る。

うん。

俺だ。

自分自身の姿は変わっていない。

『異世界転生』して別人の身体に入っているわけではない。


上半身はTシャツ。

下半身はGパン。

髪の毛は綺麗に染めた金髪頭。


うん。

俺だ。

変わってない。


ん?

金髪?

だからさっきの鼻垂れ小僧は外人と間違えたのか?

周りの人々の服装からしたら、ずいぶんとだらしない格好に見えるかもしれない。

て言うかみんな、なんでそんなに古めかしいファッションをしてるんだ?


いやいやいや。

おかしいんじゃないのか?

て言うか、おかしいのは自分であることに徐々に気づく。


ここはまるで昭和。

行き交う人々はまるで昭和の住人の出立ち。


街のあちこちで歩行喫煙している。

たばこの煙と匂いがそこかしこで確認できる。

歩行禁煙じゃないのかよ?


しょうゆ?

みそ?

なんかそれらが混ざった匂いが風に乗せて流れてくる。


基本低い建物。

たまにあるコンクリート建築は高くて2~3階。

木造バラック?の建物の数の方が多い。

建物の高さはとても低い。


広い。

空が広い。

はるかに広い空の先にアドバルーンが浮いている。

とても広い晴れた青い大空を見てふと気がついた。

夏だ。

どうやら初夏らしい。

だけど体感、そんなに暑くない。

これまで送ってきた夏の日々の暑さに比べれば、全然凌ぎやすい。


他人の刺さる視線を無視して商店街を歩く。

人が多い。

あっちこっちに時代遅れの家族連れが見て取れる。

まるで自分は『昭和のテーマパーク』に来てしまったみたいだ。


今日はいつなんだろう?

今は何時何分なんだろう?

いつもだったら常にスマホを見つめて周りの世界など見やしない。

常にスマホを見ていないと不安であったのに。

なぜか今は、ついスマホのことを忘れて、自分がいるこの『異世界?』の

状況に混乱していた。

あわててポケットからスマホを取り出す。

だが無駄だった。


無駄な抵抗であった。

スマホは文鎮と化していた。

何度も何度もボタンを押してもスマホの画面は表示されない。

ちゃんと充電しておいたのに。

充電?

どこで?

いつスマホを充電していたっけ?

家の中?

それとも他の場所?


いい。

今は、いい。

とにかく今はいつなのか?

それを解明しよう。

どこかにきっと手がかりがあるはずだ。


そう思って商店街を歩く。

すると文房具屋や隣の魚屋のカレンダーが目に入る。

古めかしいデザインの月別のカレンダーもあれば、

日めくりカレンダーも店内や店先に掲げてある。

人の視線を気にせず、日めくりカレンダーを目標にじっと見つめる。

そしてわかった。

今自分がいる『日時』が。

それは、昭和41年7月17日日曜日であった。


————————————————————————


昭和41年7月17日日曜日。

カレンダーの表記が正しければ、自分は過去にいる。

夢か?

これが夢でなければ、自分は過去にタイムスリップしたこととなる。

そりゃ、自分のTシャツ、Gパン、そして金髪姿は異様に見えるだろう。

確かにこの時代には合わない。


そしてあることに気が付く。

て言うより、割とすぐさま、あることに気が付く。

昭和41年7月17日日曜日。

って、これって今日、夜の7時に『ウルトラ◯◯』の第1話の放送日であることに!


自分はとても重要な事に気がついた。

おもちゃだ!

プラモだ!

ソフビだ!

グッズだ!


買いに行こう!

今、ここになら、全部、全部あるはずだ!

今、ここで買いに行ったら、全部揃うはずだ!

後になってはほぼ確実に手に入らないレアグッズ!

伝説的コレクターアイテムが完全備品の『新品』で!


おもちゃ屋だ!

どこにある?

まず家電量販店に行こう!

ヨ◯◯◯カメラみたいな、巨大な量販店へ!


って、そう思ったが、この時代そんなものはない。

じゃあ、デパートだ!

巨大デパートなら、おもちゃ売り場あるはずだ!

絶対に!


だが辺りを見回すと、普通に平屋の1階建。

2階建の建物はすぐに数えられるほどしかない。

いい!

いいからおもちゃ屋さんを探しに行こう。

多分この時代は個人商店しかないはずだ。

それでいい。

とにかくおもちゃ屋さんを探そう。


自分はすぐさまスマホを取り出した。

あ。

そうだ、スマホは文鎮だ。

確かに、スマホは文鎮であった。


とりあえず、大通りに出よう!

そうすれば、このエリアの地図があるはずだ。

走って抜けて、たどり着いた大通り。


おお!

車の排気ガスがすごい。

黒い煙を黙々と撒き散らしながら走ってる。

とても臭い。

どこからかドブの匂いも伝わってくる。


舗装してある道路はボコボコだ。

箱型の乗用車やバスが走ってる。

おお! 三輪トラック!

確かに子供の頃、見た記憶がある。


道路脇を呆然と立っていると、自分に向けて罵声が走る。

「どけどけどけ! ぼーっとつったってんな! じゃまだ!」

自転車のベルを鳴らして、もはや曲芸とも言える、

蕎麦屋の自転車が十段以上も出前を積み上げて疾走する。


交差点の脇に手書きの商店マップを見つめた!

なぜか同じような手書きマップが何枚もあってわかりにくい。

どっちが北?

上が北じゃないのかよ!

血眼になって手書きマップをサーチする。

その中に『おもちゃ屋』という文字を見つけた。


走る!

走る!

たぶんこっち!

自分はこの街を知っているのだろうか?

引越しを何度もしているので、いちいち覚えていない。

鉄道の駅に出れば、少しはわかるのだろうが、今はそんな事関係ない。

今目指すは、ウルトラ◯◯グッズがあるであろうおもちゃ屋めがけてひた走るのみ!


おもちゃ屋を探す途中に電気屋を見つける。

木造建築2階建の店だ。

多分2階が自宅の生活空間なんだろう。

ガラス張りのショウウインドウにはたくさんのカラーテレビがデモで置いてある。

そうだ。

この時代、白黒テレビからカラーテレビへと!

俺の家は相当ずっと白黒テレビだったが。


いい!

今はいい!

とにかくおもちゃ屋に行くんだ!

この時代のおもちゃ屋はプラモ屋も兼ねているだろう。


あるはずだ、あのプラモ!

あるはずだ、あのソフビ!

欲しい!

見たい!

早く着かないか!


日曜日午後の繁華街。

行き交う人々。

古めかしいファッション。

木造建築の嵐。

広い空。

駆け抜ける俺。

この時代にそぐわない風貌の俺。

奇異な姿の俺に突き刺さる視線。

そんなことは関係ない!

そんなことは気にしない!

目的のおもちゃ屋だ。

そう思っていたら、ついた!


ついたぞ、おもちゃ屋。

ここも木造建築二階建の個人商店。

多分二階が自宅の以下略。


おおお、おお!

あるぞ!

あれも!

これも!

それも!


新製品のはずなのに、自分的には全て懐かしいデザイン!

自分がいた『今の時代』ではボロボロだったり欠品だったりする高額品!

新製品なので全て美品で完璧だ!


プラモも!

ソフビも!

いろんなグッズも!


しかも!

安い!

150円!

300円!

ちょっと高くて1000円近く!


おおおおお!

買うぞ!

全部買うぞ!

全部全部買い占めてやる!

今まで欲しかった、『昔』から欲しかったグッズが、

こんなに安く(定価で)売ってるんなんて!

俺は思わず感動のあまり、涙が溢れていた。


————————————————————————


俺は思わず衝撃のあまり、涙が溢れていた。

今俺は、公衆トイレので泣いている。

ちょっというか、かなり臭いのだけど。

財布の中身を確認するため、近くにあった公衆トイレに駆け込んだ。

さすがに人々が行き交う中で、財布の中身を確認するのは躊躇した。


財布を確認する。

1万円札もある。

5千円札もある。

1000円札もある。


だが使えない。

本物のお札だ。

だがデザインが違う。

この時代には存在していない本物のお札だ。


きっと渡しても、偽札だと思うだろう。

下手に説明しても、特に自分のこの風貌。

きっと警察をよばれちゃう。

だって、偽札に見えるモノ。


硬貨をさがす。

100円玉、使えない。

50円玉、根本的に大きさが違う。

5円玉もデザインが違う。

だが焦るな。

デザインが変わっていないのは、10円玉と1円玉。

え?

そんなはした金、何の意味があるかって?

いや、この時代、100円にすごい価値があった。

10円だって結構ものが買える。


財布の中に残っている10円玉と1円玉を調べてみる。

そしてその中から『この時代にも通用する硬貨』を発見する。

流通しまくって使い古された『昭和40年発行の10円玉』1枚だけはあった。


俺は呆然とした。

思考が止まってしまった。

この時代に疑われずに使用できるのは、『昭和40年発行の10円玉』1枚。

途方に暮れた。


銀行に行って今あるお札を!

あ、銀行に行って両替できないや。

デザイン違うし。

疑われて以下略。


そもそもこの時代に自分の銀行口座はない。

あったとしてもCDコーナーは存在しない。

銀行のカードを持っているが、そもそもこれもこの時代に存在しない。

て言うか、今日日曜日だから銀行閉まってるし。


財布を見る。

カード類は全滅だ。

自分は今、ほぼほぼ一文なし。

手には10円玉1枚。

なんてこった。


なぜだか、目から溢れるように涙が溢れ出た。

今自分は公衆トイレの個室にいる。

当然の如く、和式だ。

この時代に洋式を探すのが相当大変だ。

ロール式のトイレットペーパーはない。

脇にちり紙が積み重ねて置いてある。


俺は衝撃のあまり、フラフラと『懐かしい昭和41年』の街並みを彷徨った。

懐かしくて、何度も来たかった『懐かしい昭和41年』の街並みを彷徨った。


コンビニもない。

自動販売機もない。

あるのは個人商店がほとんど。

ちょっとおしゃれな店がちらほらと。

人々が行き交う活気にあふれる懐かしい平屋建てのスーパーマーケット。

どこにでもあるハンバーガーチェーン店だって、まだ日本に来ていない。

JRだってまだ国鉄だった。

たばこと排気ガスとドブの臭い匂いが俺を包み、

自分の今の悲しさをより一層強く表現していた。


——————————————————————————


本屋を見つけた。

あれもある!

これもある!

もはやレアアイテムの月刊誌!

何度も、何度も読み込んだ週刊誌!

『切り抜き~』等の本はまだこの時期は発売していないようだ。


全部全部、買いたい!

『未来のお金』はここにある。

だけど、だけど使えない!

何てこった!

何でこうなった!

悲しい!

力が抜ける。


万引きしようかと思ったけれど、もし捕まって警察に突き出されたらどうする?

どう説明する?

身体全身の力が抜け、俺は街を彷徨った。


レコード屋を見つけた。

とりあえず入る。

もう、おもちゃ屋に駆け込んだ時の勢いはない。

フラフラと個人商店のレコード屋の店内を徘徊する。

木の匂いがする。

そりゃそうだ。

この時代は木造建築が基本だ。

ああ、この時代はグループサウンズが流行り始めた頃だったか。

自分は子供でそんなものに興味はなかったから、その時は気がついていなかった。


レコードやソノシートを見つける。

何枚かは自分も持っている。

そういえば、自分が持ってたレコードに落書きとか名前とか

マジックで書いちゃったな。


『切り抜き~』系はこっちで売ってたのかな?

記憶は曖昧だし、

この時期は多分発売されてない?し、

と言うかあったとしても買うことはできない。


陽が傾いた夕方近くの午後の街を彷徨う。

たばこの煙。

醤油や味噌の匂い。

排気ガスの匂い。

ドブの臭い匂い。

活気のある人々。

未舗装の道もある。

砂利道だったり、土の道だったり。

凸凹して、そこら辺に水溜りがある。


夏の夕方だがそんなに熱くは感じない。

湿度が高くて蒸し蒸しするのは変わらないが。

温暖化が問題となるのは、はるか先の『未来』のことか。

街の活気と自分の額から流れ込む汗でキラキラと輝いて見える。

夏の夕方はまだまだ明るい。

遠くでセミが鳴いている。

よく見ると立ち並ぶ木々のあちこちに、

セミの抜け殻がいっぱいくっついている。


蚊が飛んでいる。

ハエも飛んでいる。

あちこちに首輪をしていない犬もいる。

野良犬なのか、飼い犬なのか?

この時代、家庭で飼っている犬は首輪もつけず放し飼いが基本だ。


各家庭で夕飯の準備をしているのだろうか、

料理の匂いや煙があちらこちらで立ち込め始める。

遠くの空に見上げて見えるアドバルーン。


何も買うことができないショックのあまり、

絶望の境地でただただフラフラと街を彷徨う。

気力を失って呆然とする、そんな俺の背後で元気な子供の声が聞こえる。

「母ちゃん、母ちゃん、10円!」

「何に使うの? もうすぐ家に帰るんだから。」

「ちょっと駄菓子屋に寄りたい!」

「変なモン、買うんじゃないよ!」


俺はハッとした!

振り返ると白い割烹着を着て買い物かごを持った母親が、

小学校低学年と思える半袖半ズボンの男の子に10円を渡していた。

男の子は10円玉を握ると、元気に走り出した。


俺はハッとした!

10円?

10円!

確かに自分が『来た世界』では10円なんて端金もいいところ。

子供のお駄賃にもならない。

何にも使えない。


だが、今は違う。

ここは違う。

俺は男の子の後を追いかけた。

今の俺に『この世界』で使えるお金は『昭和40年発行の10円玉』。

そして追いかける男の子が行くであろう、その先にあるはずの『駄菓子屋』。


買える!

使える!

昭和41年の駄菓子屋なら、10円で問題なくグッズが買える!

俺は男の子を追いかけると、今となっては懐かしすぎる、

木造一軒家の広く作られた玄関先で営業している『駄菓子屋』に辿り着いた。


おお!

おおお!

なんかとても懐かしい『新製品』がいっぱい溢れている。

色とりどり、大小色々、店内に溢れている。

ここはジャングル。

まさにレトログッズのジャングル。

自分にとってはレトロだけど、ここではレトロじゃないんだけど。


吊るされたブロマイド。

新聞紙に封入されており、中に何が言っているかわからない。

1枚5円。


メンコ。

たぶん版権侵害のモノだろう。

マルCが見えない。

なんかよく見るとデザインが違う。

しかも印刷がずれている。

断裁も甘い。


小さなキャラクター人形。

たぶんパチモノ、紛い物だろう。

いろんなキャラクターに似ているようで、似ていない。


先ほどの子供が店内を漁って買い物を選んでいる。

自分も少し遅れて店内に入る。

あまりに感動の表情を浮かべている俺に、駄菓子屋のおばあちゃんは

怪訝そうな表情を浮かべ、強烈な一言を浴びせてくる。

「お子さんへの買い物?」


そうだ。

そりゃ、そうだ。

この時代、いい大人が『子供向けグッズ』に眼を奪われる、なんてことはない。

TVアニメは『漫画映画』と呼ばれ、特撮物は『子供番組』と呼ばれていた。

自分の風貌は金髪でTシャツ&Gパン姿。

駄菓子屋のおばあちゃんは、突然現れた変な風貌の大人のお客に

少し怪訝そうな疑いの目つきで見ている。

「ええ。あ、いや。親戚の甥っ子に、何かあげようかと思って。」

俺はとっさにそう答えて、その場を誤魔化した。


先ほどの男の子が目標のグッズを買っている。

「これ、ください。」

「10円。」

「はいこれ。」

「ありがと。早く帰るんだよ。」

「うん。早く帰らないと母ちゃんに怒られるし、ウルトラ◯◯も始まっちゃう。」

そう言って俺の目の前を走り去っていた。


走り去る男の子の姿を見送ってしばらく店内を見つめる俺の視線に、

一つのグッズが目に入った。

流☆バッジだ。

俺はこの流☆バッジが欲しかった。

だが当時は買えなかった。


価格は10円。

クラスメートは、ほぼみんな持っていた流☆ハッジ。

それが今目の前にある。


価格は10円。

たかだが10円だが、自分自身にとって今、それはとても重要な要素を持っていた。


「これください。」

そう言って流☆バッジを手に取り、駄菓子屋のおばあちゃんに自分が今使える

昭和40年発行の薄汚れた10円玉を手渡した。


—————————————————————


陽が沈み、街は茜色に染まっていく。

日曜日の夜を迎えるので、個人商店などは店を閉め始めていく。

まもなく夜7時。

ウルトラ◯◯の第1話が放送されるころだ。


せめて!

せめてリアルタイムでウルトラ◯◯の第1話が見たい。

そう思った俺は、カラーテレビを何台もショウウインドウに陳列している

電気屋のことを思い出した。


ガラガラと閉まっていく商店街のショウウインドウ。

頼む!

頼むから電気屋さん、まだ閉めないでくれ!

あと数分で、

あと少しでウルトラ◯◯が始まるはずだ!

せめて!

せめて、生でリアルタイムで見せてくれ!

日曜日夜の商店街の人並みをかき分けて走る俺。


その願いは叶った。

商店街の電気屋。

まだ開いている。

煌々と電気をつけている。

カラーテレビを売るために、ショウウインドウいっぱいのカラーテレビが置かれている。

もちろんその中にも白黒テレビもあるのだが。


何時だ?

今、何時だ?

自分は腕時計をしていない。

ポケットにしまっているスマホはバグを起こして文鎮状態だ。

時間がわからない。

あたりを見る。

となりの肉屋さんの店内を覗く。

午後6時55分あたりを示している。


すぐだ!

もうすぐだ!

今自分が立つ電気屋のショウウインドウ前に戻る。

たくさん並べられた展示のカラーテレビ。

こんなにもいっぱい展示されている。

すると店内、ショウウインドウの中からおじさんが出てくる。

どうやら店主みたいだ。


やばい!

消される!

閉店時間なのか?

後もう少しだと言うのに、目の前で見れなくなる。


きっと自分は今にも泣きそうな顔をしていたのだろう。

店主のおじさんが怪訝そうな表情で一暼して自分を見る。

もう恥ずかしいとか言ってられない。

本当に祈る思いだ。

新聞を片手に、ショウウインドウに並べられた複数のカラーテレビの

チャンネルをガシガシといじっていく。

ああ!

やめて!

お願い!

6チャンネルにして!

チャンネルはそのままに!


午後7時になった。

時報が流れた。

と思う。

画面は見える。

だが音は聞こえない。

だがそんなことは関係ない。


たくさんに並べられたテレビ画面の番組はみな同じだった。

製薬会社のCMが流れる。

始まった。

リアルタイムでウルトラ◯◯第1話の放送が始まった。

楕円形のテレビ画面の隅に表示される『カラー』のテロップ。

強烈な発色の『色がついた』画面。


画面は見える。

音は聞こえない。

だがそんなことは関係ない。

何度も見た第1話。

何度も見た再放送。

何度も見たビデオ!


流れてくる画面。

登場人物のセリフ。

音楽や効果音。

たとえそれが聞こえなくてもわかる。

自分は何度も何度も見ていたので、それはわかる。


怒涛の30分が終わった。

自分は微動だにせず、そこに立ちリアルタイムで見た。

ブラウン管の4:3の画面。

画面の四隅が円形で、まるで楕円形のようだ。

極端なカラーリングの発色。

テレビによって色が違う。

今、自分の目の前で、たくさんのカラーテレビと白黒テレビでリアルタイムで

ウルトラ◯◯が見れた。


泣いてる。

自分で涙しているのがわかる。

だがそれは悲しいからではない。

感動した。

嬉しい。

ただただ、それだけの単純で純粋な感動であった。


涙して立ち竦む自分。

感動で動けない自分。

するとショウウインドウの中に店主のおじさんが現れる。

ふん!と言う感じで不満そうに俺を一瞥しながらテレビの電源を落としていく。

それでも動けず、ただただ店前に立ち尽くす俺。

店主のおじさんが店前に出てきて、シャッターを閉めはじめる。

感謝と感動の視線で店主のおじさんの動きを見る俺。

すると店主のおじさんは無愛想な顔で俺に声をかけてきた。

「カラーテレビ買うんだったら、うちで買ってね。」

そう言って店のシャッターを閉めて消えていた。


ありがとう!

もちろん、そうする!

いや、そうさせてください!

できることなら!

身体を震わせながら、まだ俺はシャッターが閉められた電気屋さんの前で泣いていた。


————————————————————————


子供の泣き声が聞こえてくる。

大泣きである。

「うえ~ん! ウルトラ◯◯、見たかった~!」

顔を両手で覆い大号泣する半ズボンの男の子。

「しょうがないでしょう。明日学校なんだからあんた宿題やったの?」

母親らしき女性が子供に声をかける。

「さあ、いいからちゃんと歩け。もうすぐうちに着くぞ。」

荷物を持った父親らしき男性が酒を飲んでいるのか、顔を赤くしている。


三人家族だ。

今日は日曜日。

きっと家族連れで出かけていたのだろう。

自分の時もそうだった。


改めて三人の家族連れを見る。

すると。

え? おやじ?

視線を変える。

え? おふくろ?

二人の男女は、若い頃の両親であった。

そういえば、昔のアルバムで見た記憶がある。

確かに似ている。


じゃあ!

では!

顔を両手で多い泣きじゃくる半ズボンの男の子の顔を、あわてて確認する。

ああ!

俺だ!

自分だ!

これは昔の俺だ。


俺は忘れていた。

この街を忘れていた。

そりゃそうだ。

親の仕事の関係で何度も何度も引越ししていた。

だから子供の頃の記憶がぐちゃぐちゃになっている。

俺はこの時代、この時間、この街にいたんだ。


「ウルトラ◯◯、見たかった~!」

「しょうがねーじゃねーか。来週引っ越しするから、しばらくまた親戚に会えないんだよ。」

「そうよ。明日学校でちゃんとクラスのみんなに転校の挨拶するのよ。」

呆然と固まる俺の目の前を、昔の自分と両親が通り過ぎる。

「だって~! もう見れないじゃん!」


泣きじゃくる半ズボンの男の子(昔の自分)の声が遠くなっていく。

三人で歩くシルエット姿が夜の闇に消えていく。

しばし呆然と見つめる俺。


俺は夜の闇に消えていった昔の自分に心で語りかけた。

大丈夫。

大丈夫だ。

また見れる。

引っ越し先でも見れる。

何度でも見れる。

この番組はこの先、何度でも見れる。

再放送もある。

映画にもなる。

ビデオデッキによって何度でも見れる。

そして幾何年も続くシリーズにもなる。


泣くな。

もう泣くな。

今のその気持ちを、忘れるな。


夜の闇に消えていった半ズボンの男の子の自分に何度もそう心で語りかけた。

消灯された商店街、

消灯されシャッターで閉まった電気屋さんの前で、

俺はまだ肩を震わせ、いつまでも泣いていた。


———————————————————————


目を覚ます。

自分はベッドの上にいた。

俺は寝ていたのか?

あれは全部夢だったのか?


起き上がり、スマホを取り出す。

スマホは問題なく生きている。

文鎮化していない。


ああ!

やっぱり夢だったのか。

実にリアルな夢だった。


念の為スマホの起動状況を見る。

だが。

あれ?

時間が飛んでいる。

1日分、

まるで『昔に戻っていた1日分』のログがバッサリ飛んでいる。

え?

なんで?

やっぱり俺は本当に過去に、あの時代に戻っていたのか?


あわてて財布を取り出す。

カード類は問題なく全部入っていた。

お札も枚数に変化がなく、ちゃんとある。

じゃあ!

じゃあ、硬貨は?

硬貨の枚数はどうなっている?

あの時、

昔に戻った時、ちゃんと種類と枚数を調べた。

500円硬貨、

100円硬貨、

50円玉、

5円玉、

そして1円玉。


ない。

ない!

たった1枚あった、昭和40年発行の薄汚れた10円玉がない!

俺は本当にあの時代に行っていたのか?

自分のあの『体験』は本当だったのか?


その時ポケットから、昭和40年の10円玉で買った『流☆バッチ』が

静かにゆっくりと、音も立てずに床に落ちた。


完

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