昨夜は何もない
「よいお年を」
祖母に駅まで送ってもらい、年始に向けての今年最後の挨拶を交わす。今回は4泊5日のため重いキャリーケースを引きながら改札へ向かった。
自分の家が一番心地よい。
実家に帰るたびに、その事実だけがはっきりする。
ホテルにチェックインしシングルルームに入る。やっと自分だけの時間ができたことで気持ちが楽になった。社会人になって自分が周囲からどう見られているかを考えるようになり、異常に気を使うことが多くなってしまった。そのため、家族であろうとどれだけ仲がいい友人といても一人でいることが一番楽に感じる。
「いちごの果汁と炭酸を使った甘いお酒で」
ホテル近くのバーに入り注文する。お酒の名前はわからないので気分に合ったのを注文する。お客さんはカウンターに私と若いカップルが端に一組、4人掛けの席に40代ほどの男性客が顔を赤くしながら飲んでいる。
気楽なマスターが笑顔で会話をしてくれた。マスターは子持ちらしく、クリスマスや年末年始のイベント話で盛り上がった。店員や一度しか会わない人と話すのは楽だった。
「おねーさんは何歳なんですか?」
マスターのおかげで酒が進み、4杯目ぐらいだったと思う。いつの間にか若い男の子が隣の席に座っていた。そういえば、先ほど端に座っていたカップルの男性。私とマスターとの会話に入ったため近くに寄ったのだろう。
自分の年齢を伝え、酒を一口飲む。彼女持ちには興味がないため、少し声が低くなってしまった。
「やっぱお姉さんっすね。これ何飲んでるんですか」
「キャラメルの甘いやつ」
名前はわからないため、マスターに頼んだ時の様に答える。彼は興味があるのかないのか、へーと言いながら自分の酒を飲んだ。必死に会話をしようと質問したのだろう。
なぜ話しかけてきたのか。デート中に彼女と喧嘩して他の女で気分転換しようとしているのか、それとも彼女ではなく遊びだったのか。とにかく、彼は私のタイプではないため、適当にあしらう。
「さっきの女性は?」
「あー彼女だった人ですね、フラれちゃいました」
「かわいそうに。なんでフラれたの?」
「なんででしょう、、、彼女と僕の熱量が合わなかったからですかね」
容姿にぴったりな理由だ。ベージュ寄りの茶髪に白い肌、ぱっちりとした二重。身長も175以上はありそうで、体型もがっしりしている。頻繁に運動をしているのだろう。ただ、一緒にいた女性も彼の隣に並んでもおかしくないほど、容姿はよかったはずだ。
話をすすめると、彼女の連絡頻度や合う頻度の価値観が合わず別れたらしい。
「おねーさんはよく一人で飲むんですか?」
「うん、一人でのほうがよく飲んでるかな」
「すご、大人だな~」
何がすごいんだが、友達がいないから一人で飲んでいるというのに。
出身や仕事の話をいくつか交わした。思っていたより、私はよく喋っていた。マスターは空気を読んだのか、お客さんが増え忙しくしているからか、私たちとの間には入ってこなかった。
「飲んだ~」
「僕もこんだけ飲んだの初めてかも」
「歩いて帰れるの?」
バーがクローズし繁華街を歩く。お互い5.6時間は飲みっぱなしだったため、少し顔が赤い。終電はとっくに超えているため、歩きかタクシーしかない。彼は大学生のため、タクシーは使いたくないだろう。
「帰れないって言ったらどうしてくれます?」
彼は何を望んでいるのか、いくつか理由は浮かんだが考えるのをやめた。
「5000円ぐらいであれば出すよ」
「そんなのいやです。いらないです」
「じゃあどうするの、私はホテル帰るけど」
「僕も一緒に帰ります」
「シングルだから泊まれないよ」
「ここでお別れはやだ」
あぁ、彼は一緒にいたいと思っているのか、私としたいと思っているのか。
非常に面倒くさい。私は年下は恋愛対象外だ。彼にそれは伝えているし、数時間前まで彼女がいた男にはなおさらだ。いくらイケメンで性格も良く、話が合うがそれを上回ることはできない。
「じゃあなに、これからホテルとってお金出してくれるわけ?」
「取る。お金も出す。だからお願いします」
しまった。絶対そこまでしないだろうと思って油断した。彼女にフラれて傷心中だったことを忘れてしまった。飲んでいるときはあまり感じさせなかったが、意外と傷ついているんだな。
「ごめん、冗談。ワンナイトでもちょっと君は無理かな」
そういうと彼の足は止まってしまった。さっさと帰ってくれ
「じゃあもうここから動きません。ずっとここにいます。あなたのせいで」
どうやら彼はとんでもなく面倒くさい人だった。
心地よい気分で目覚めたのはいつぶりだろうか。夜中に一度も目が覚めなかったのは記憶にない。そう思い体を起こし、目を開けると隣には昨日一緒に飲んでいた彼、平盛優正が寝ていた。
チェックアウトの時間まであと1時間もないためベッドから出ようとするが、腰に巻き疲れている腕により動けなくなった。
「あれ、起きちゃうんですかぁ」
「チェックアウトの時間もうすぐだから準備しないと」
離れようとする私に一瞬腕をきつく締めるが、すぐに開放してくれた。結局彼には新しくホテルをとってもらった。自分のホテルもチェックアウト時間に迫っているため、早めに準備をしなければいけない。
「俺、久々にこんなぐっすり眠れたかも。いつも夜中に絶対1回は目覚めるのに」
「てか、しなくてよかったの?せっかく泊ったのに」
結局なんのために泊ったのだろう。ホテルに泊まり同じベッドで寝たが彼は行為をしてこようとはしなかった。キスさえもせず、寝るときに抱き着くぐらい。
「したかったんですか~?だってまだ付き合ってないし。一緒にいたかっただけなんで」
やはり彼女と別れて寂しくなったのだろうか、そういうことにしておいた。
「まあでも、それぐらいの覚悟では来てたけどね、まあいいいや。」
「へぇ、エリナさん慣れてそうですもんね」
そりゃあしたくなかったと言えば嘘だ。恋愛対象外の年下とはいえ、こんなイケメン男と次いつ出会ってヤれるチャンスがあるかわからないし、もう会うことはないだろうから後味は悪くない。だからと言って自分からしようとなんて積極性はない。鞄をもち部屋から出ようとドアノブに手をかける。
「じゃあ、昨日はありがとう。就活がんばってね」
「ありがとうございます、、、。エリナさんは大阪で仕事頑張ってください。それと、」
彼が近寄ってきたかと思えば、背後から肩を掴まれ、抵抗する間もなく体の向きを変えられた。背中がドアにあたる。
「今後は男とホテル泊らないでくださいよ?何されるかわからないので」
そう言って彼は呆然としている私の口にそっと口を合わせた。彼は何事もなかったように笑って、私を見送った。
一瞬のこと過ぎて頭が追い付いていないが、外へと歩き出す。
いったい彼はどういうつもりで私と過ごしたのだろう。電車に乗るまで彼との時間を振り返っていたが、やはり彼女にフラれて衝動的にしてしまった行動に過ぎないと結論に至った。
電車の窓際で歌を聴きながら景色に更けていると、メッセージアプリからの通知音が鳴った。見たことがないアイコンに昨日聞いたばかりの名前。ただ、交換した記憶は全くない。お酒の飲みすぎで忘れたわけでもない。
優正:昨日はありがとうございました。気をつけて帰ってくださいね。
会いに行きます。必ず
そのメッセージと共に猫のイラストのスタンプが送られてきた。
私はそのメッセージに、既読をつけないまま窓の外を見ていた。
人面が良く、誰に対しても笑顔で接している年下男の子が所有欲、執着心を見せるシーンが書きたかったですがそこまでいかなかったです。続編か番外編はいずれ書きます!




