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あなたがいい  作者: あおあん


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第7話 ピニャコラーダ

 日曜とはいえ、明るい時間からお酒を飲んでしまった。母の様子が気になるので、開店準備が終わると同時にお店を失礼してきた。龍二さんは大きな氷を丸く成形しながら私とおしゃべりをしてくれた。話しやすくて、温かい感じのする方だ。


「ただいま、お母さん」


 返事がない。寝てるのかな……1階は入ってすぐに階段がある。その奥というか、裏に母の寝室がある。右のキッチン兼ダイニングは開け放っており、誰もいないことは一目瞭然だ。背中に冷たい汗が流れる。


「お母さん!」


 母の部屋の襖を開けた。誰もいない。玄関に戻り靴を確認する。母のお気に入りの靴とサンダルはある。混乱しながらも、いつもの癖でスーツケースを持って2階に上がる。とりあえず、荷物を置いて、探しに行かなくては……自分の部屋を開けると、母が私のベッドで眠っていた。


「ほぉ~」っと長いため息をつく。居てよかった。


「ここちゃん、帰ったの?」

「うん。起こしてごめんね」

「私ね、ここちゃんを呼んだんだけど返事がなくてね。何かあったのかと思って上がって来たのだけど、そしたら降りられなくなってしまってね」

「そうだったんだ。一緒に降りようか」


 もし自力で降りようとして転んでいたらとか、今はまだ無いけど徘徊して外に行ってしまっていたらとか、考えれば考えるほどゾッとすることばかりだ。


「あ、そうだ」まずは、無事に帰った旨を龍二さんに連絡する。

 それから夫に電話をかけた。2学期から部活の顧問をする為には、母をヘルパーに頼むよりも施設に入れた方がいい気がしている。そのことを相談したかったが、電話には出なかった。


「お母さん、何で私を呼びに来たの?」

「お腹が空いてね、何か作ってもらおうと思ったのよ」

「冷やし中華を冷蔵庫に入れておいたでしょ?」

「ああ、そうだったの……」


 その場での意思疎通はまだできるが、記憶力が衰えていて、こうした「物忘れ」が激しくなっている。私が家で母の面倒を見るのも、そろそろ限界を感じる。


 チャランチャランチャラン

 携帯を見る『幸太郎』の表示。夫が電話をくれた。


「もしもし、心愛、電話くれた?」

「うん、ちょっと相談したいことがあるんだけど、今いいかな?」

「いいよ」

「母の状態がね、あまりよくない方に進行していてね」

「ああ」

「施設に入れたいと思うんだけど」

「いいんじゃないか?」


 切り出しにくいが、仕方がない。先立つものがないのだもの。


「その……言いにくいんだけど……マンション、手放さない?」

「は?!」

「施設に入るには、まとまった頭金が必要だし、月々の入居費を年金から捻出することができないの。それにそのマンションは私たちには大きすぎるじゃない?ローンの負担がきついなって」

「じゃあ、心愛はどこに帰るの?俺たちの住むとこはどうするの?」

「家なら、ここに住んだらどうだろうって思うんだけど」

「……」


 妻の実家なんて嫌だよね。分かってるけど、経済的にはそれが一番合理的だよ。


「俺は……このマンション気に入ってるから……」

「そうだよね、でも、私、もう4年以上、住んでもないそっちの家のローン払い続けてるんだよ?悪いけど、今の生活を優先したいから、母の施設費を工面する為にも、もうローンは払えないんだけど」


 プツ


「え……」


 聞きたくないのは分かるけど、まさかのブツ切り。ときどき話にならない子どもっぽいところがある人だとは思っていたけど、まさか、こんな……がっかりする。




 ***




 日曜の夜は会社帰りの客が来ないので、暇なことが多い。

 バイトの中田君に、カクテルの作り方を教えながら時間を潰す。


「誰も来ませんね」

「まあ、そういう日もあるさ」


 そう言った矢先に扉が動いた。


「いらっしゃいませ」


 心愛さんだといいな、と思いながら見ていたら、背の高い若い男性だった。


「トモヤさん!」


 中田君が嬉しそうに近付く。


「お久しぶりです。お元気でしたか?」

「ああ、中田君、相変わらずだね。こんばんは、父さん」

「いらっしゃい」


 息子が飲みに来てくれたのは何週間ぶりだろう。


「さあさあ、座ってください」

「忙しいのか?」

「まあまあってとこ」


 黙ってビールを出す。タトゥーが彫られた手でグラスを持つ。

 大学4年生の息子が、就職先に選んだのはタトゥーの店だった。興奮気味にタトゥーの入った腕を見せてきた日の事を思い出す。どうやら、あるタトゥーアーティストに惚れ込んでしまったようだった。成人した彼の人生だ。好きにすればいいと思ったが、金を出したのは俺だから、大学は卒業して欲しいと伝えた。成績は悪くなかったと思うし、もっとまともな就職先もあっただろうが、ま、所詮俺の息子だ。鳶は鷹を産まない。


「何か話でもあるのか?」

「いつ、続きを彫らせてくれるのかなって」

「あ、それか」


 息子に練習台になってくれと頼まれ、俺の背中には彫り途中の昇り龍がいる。

 久しぶりに顔を見せに来てくれたかと思えば、練習台を呼び戻しに来たってわけだ。




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