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あなたがいい  作者: あおあん


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第59話 シンデレラ

 龍二の言葉に甘えたつもりは無いのだけど、結局、こんなにお腹が大きくなるまで結論は出せずにいる。


「原さん。体調はいかがですか?」


 検診の頻度は多くなってきていて、毎回違う先生に内診をしてもらう。


「大丈夫です」


 もう、お腹は重いし、こんな検査したくないし、早く産まれてこないかなぁ……と、そればかり考えている。


「この前、提出していただいたバースプランですけどね」

「はい」

「立ち合い出産をご希望されてますけど……」

「はい」

「当院では入籍をされていないパートナーの立ち合いは出来ないことになっているの」

「えっ、でも彼が認知しますし、実際一緒に住んでいて、間違いなく父親なんですけど」

「ええ。そういう方の立ち合い出産が出来る病院もあるんですけど、うちでは認めていなくて……」


 その日の担当医が、後ろに立っている看護師に目配せをした。


「原さん、検診は以上なので、ちょっとこちらへ」


 カーテンで仕切られた丸椅子が置いてあるだけのスペースに通される。看護師が声を潜め、気の毒そうな顔をして話し始める。


「もっと早くに確認すべきだったわね。原さん、いつも旦那さんと来られているから、てっきり入籍されていると思っていて……今から分娩する病院を変える?」

「いいえ……今さら……」


 もうすぐ臨月に差し掛かろうとしている。


 大きなお腹を支えながら、わっせわっせと歩く。足元が見えないから、一歩ずつ注意が必要だ。居心地悪そうに廊下に立っている龍二と目が合うと、歩み寄ってきてくれた。


「どうだって?」

「検診に異常は無いんだけど……」

「けど?」

「立ち合い出産できないって……」


 一瞬、龍二の顔が雲って、一度、ぎゅっと目を瞑って、それから無理に笑った。


「残念だけど仕方ないな。別に俺が居ても何の役にも立たないしな。一緒に居てやれなくて悪いけど、頑張ってくれな」

「そんな……あああぁぁぁ」


 喉の奥から大きな塊みたいなのがせり上がってきて、私は嗚咽交じりに泣き出した。


「な、な、泣くな、な?心愛?ここちゃん、な?俺、そんな、気にしてないし、な?」


 龍二が気にしなくても、私が気にするの。

 産婦人科の待合室から、総合受付の椅子に移動し、龍二が私が落ち着くのを待っている。


「なんか飲むか?」

「いらない」


 立ち上がって、自動販売機の前で立ち止まる。


「やっぱいる」


 麦茶を買ってごくごくと飲んだ。


「行くとこあるから付いて来てくれる?」

「ああ」


 龍二の手を引っ張って歩く。


「どうした?心愛?」


 私は怒っている。それはもう……ふつふつと、ぐらぐらと、『腸が煮えくり返る』とは、こういう事なのかと体感中だ。


「え?ここ……」


『区役所』


「行くよ」

「いいのか?」

「いいもなにも!あなたがこの子のお父さんなのに!私の夫なのに!紙切れ一枚のせいでそれを否定されるなんて許せないっ!!」


 私の『許せない』がフロアー中に響き、騒然としていた役所が、シンと静まり返った。


「でも、怒りに任せて、勢いで……は、良くないんじゃないか?」

「どうせ今は提出できない!知ってるでしょ!私たち初めてじゃないんだからっ!」


 恐る恐るこっちを見ている戸籍課の受付カウンターで「婚姻届をください!」と怒鳴りつけた。




 ***




 鼻息の荒い心愛を連れてTITANICにいる。


「開店前に悪いね……」


 早出の中田君と呼び出していた優子に、保証人になってもらった。


「いいんですか?僕なんかで」

「いいに決まってるでしょ!」


 心愛はずっとお怒りモードだ。


「どうしてこのタイミング?」


 名前と住所を記入しながら、優子が必死に笑いを堪えている。


「だって……まるで……私が、龍二に意地悪してるみたいで……うわぁーん」


 今度は号泣モードだ。もうお手上げだ。


「心愛さん、情緒が不安定になっているのね。大丈夫よ、ホルモンのせいだから。心愛さんのせいじゃないわ」


 こんなよく分からない理論で心愛が納得するのか?と思っていたら、心愛は「ですよねぇ」と言いながら優子に抱き付いた。こんなんでいいのか……今後の心愛のモード対策の参考にさせてもらおう。


 必要記入個所が埋まった紙を握りしめて、心愛が立ち上がる。


「さ、出しに行こう!」

「本当にいいのか?」

「じゃあ、やめる?」

「やめない!やめない!」


 心愛の気が変わらないうちに提出しようと、急いで店を出た。


「行ってらっしゃーい」

「お気を付けて」


 二人の保証人に見送られながら、心愛と並んで歩く。


 これを出す前と後で、心愛への気持ちは変わらない……と言ったら、嘘になる。

 これまでも大好きだったが、さらに、もっと、大好きになるに決まってるだろーが!

 走り出しそうになるのを我慢して立ち止まる。両手をグッと握りしめ、その場にしゃがむ。


「龍二?」


 心愛の見ている前で、俺は思いっきり高くジャンプした。





 完




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