第58話 シンデレラ
夕食に皆さんをお招きしたつもりだったけど、用事があるからと帰られてしまった。
「最後、気まずくしちゃってごめんなさい」
「そんなんじゃないと思う。心愛の覚悟に圧倒されたんだろ。気にすんな」
「でも……」
龍二が私のお尻に手を回した。
「その続き、今話したい?」
上を向くと優しいキスをしてくれた。
「つわりは?」
「だいぶいい」
徐々に深くなっていくように繰り返されるキスに身体が火照る。
「ごめん……ちょっと……ホルモンのバランスが……あれ……」
額から汗が滝のように流れ落ちる。
龍二が慌てて身体を離し、「ごめん、ごめん」と言いながらタオルを濡らしてきてくれた。
ひんやりとしたおしぼりから、伝わってくる、龍二の手の熱にやりきれない気持ちになる。
「ねぇ、龍二は入籍しないってことを、どう考えてるの?」
さっき聞けなかったことを聞いてみる。
「なんだろうな。俺も結婚してたことあるけど、別に何も変わらなかったからな。結婚や離婚で名字が変わるとか、そういったのは経験が無いし……既婚や未婚という理由で、子育てにも別に困ったことは無かったしな。ただ、俺らの関係は籍は入れなくても、婚姻関係と同じ状態だと思っていいんだよな?いわゆる『事実婚』って事になるだろうけど、俺の立ち位置は夫と変わらないんだよな?」
「夫と同じ……」
龍二に手を引かれ、テーブルの椅子に座らされる。
私の前に両ひざを着き、目線を合わせた龍二の両手が私の両手を包む。
「ここは大事だから、しっかりと確認させてほしい」
「はい」
緊張が走る。
「俺のこと簡単に捨てるなよ」
何を言い出すのかと思ったら……
「そんなことあるわけないでしょ!」
おかしくなってしまった。
「笑い事じゃない」
「ごめん」
「紙切れ一枚の制度だけど、それでも無いよりは心強いんだ。法的なことより気持ちが大事だし、お互いがよければそれでいいって本気で思ってるよ。だけど、やっぱり……心愛と生まれてくる子は同じ戸籍にいて、俺が認知をしたって、所詮……俺は……蚊帳の外って言うのかな、やっぱ寂しいとこあるよな……」
すくっと立ち上がった龍二が、運んできた段ボールをひとつ開けて何かを探している。
「どうしたの?」
「一杯飲まないか?」
***
シェイカーとジガーを出す。氷は昼に買って冷凍庫に入っている。
「お酒はちょっと……」
「当たり前だろ。ノンアルだ」
とりあえず、生レモンからジュースを絞る。次に、冷蔵庫からパイナップルジュース、オレンジジュースを出しシェイカーに入れる。かき混ぜてから氷を満たし振る。俺が持ってきたカクテルグラスに注いで出す。
「シンデレラだ」
「可愛い名前」
「悪いけど、俺はビールを頂く」
「どうぞ、どうぞ」
軽く掲げて「「乾杯」」と言った。
「で、本題に戻るけどさ。結婚してない二人の間に生まれた子は『婚外子』ということになるわけだろ?法律上は嫡出子とこれと言った違いは無いと思うけど、一般的には、たぶん、偏見とかまだあるかも知れないよな」
「婚外子……考えてもみなかった」
「未婚の母になる理由は様々だと思うけど、結婚が出来ない理由がある人のイメージ、例えば、愛人とか?そういうのが思い浮かんだりしないか?」
「……」
「心愛の考えを否定しているわけじゃない。俺は形にはこだわらないけど、形にこだわる人も世の中にはいるわけで、その子に……その子が……」
言葉を探す。
「この子を傷付けたくない。理不尽な偏見にさらされるのは嫌だわ」
「ああ。それが言いたかったんだ」
心愛に簡単に見限られたくない。だから入籍した方がそのリスクが低い。これは根本にある俺の本心だ。だけど、父親として、子どもにしてやれることをしてやりたい。せめて悔いが残らないように、思いの丈をぶつけ合って納得した答えを出したい。
「心愛が名字を変えたくないなら、俺が変えても構わないよ?」
本当だ。「へ」とも思わない。
「小笠原から、『おがさ』を取るんだから『わら』って呼んでくれても構わないよ?」
「!」
笑え。笑ってくれ。
「私の『ばら』ネタ、いじんないでよ……ふふふ」
よっしゃ。
「ありがとう。もう一晩だけ考えさせてくれる?」
「産まれてくるまで、まだ時間はある。たくさん話し合って、しっかり答えを出そう」
「そうだね。自分の事ばかりに気を取られてて、お腹の子に考えが及んでなかった。私、別に名字にこだわってるわけじゃないの。ただ……過去の自分を捨てさせられる……そんな感じがしちゃって。本当はそんなこと無いのかもだけど……なんでだろう」
分からないではない。
日本の結婚は、そもそも家制度だったから、「入る家」があれば「出る家」があるんだろう。
なぜ女性ばかりが出たり入ったりさせられることが多いのか、その事について恨みつらみを言わない心愛は立派だと思った。




