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あなたがいい  作者: あおあん


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第57話 マティーニ

 龍二は「金が勿体ないから、あっちの家は引き払ってもいいか?」と言った。

 私は「もし戻りたくなった時に、家が無いと困るんじゃない?」と返事した。

 そしたら「その時は、また別のとこ借りるよ」と言うので、何も言えなくなった。


 友弥君と中田さんが引っ越しの手伝いをしてくれている。

 弟が部屋を空けてくれたから、龍二が持ってきたものは難なく入りきった。


「どうもありがとうね」


 冷やしたラムネの瓶を出した。

 龍二は嬉しそうにビー玉を落として飲んだけど、顔を見合わせて固まっている若い二人。


「も、もしかして、知らない?!」

「はぁ、これ、どうやって飲むんですか?」

「今、父さんどうやった?」

「参ったな……」


 龍二に教わり、二人がようやくラムネに口を付けた時に、優子さんがやって来た。


「何しに来たんだよババァ」

「あなたに用があって来たわけじゃありません」


 友弥君の悪態に全く動じない優子さん……私もいつか……子どもにこんな風に言われて、果たして耐えられるだろうか……不安でしかない。


「よかったら」


 そう言って、優子さんが大きな梨をくださった。


「つわり中でも食べやすいと思って」

「ありがと……」

「うううぅぅおおおいっっ!」


 友弥君が2mくらい後ずさって、こっちに空手チョップのポーズをとった。


「え……あ……」


 戸惑う私。


「まだ言ってないんだ」


 照れてる龍二。


「もう!しゃんとしなさいよっ」


 バシンとすごい音で優子さんが龍二の背中を叩いた。

 昇り龍もビックリだろうな、赤いモミジがついた背中のタトゥーを想像して笑ってしまう。


「ただの恋人同士かと……おめでとうございます」


 中田君がお祝いを言ってくれた。


「ありがとう」


 照れくさい。龍二と顔を見合わせる。


「いい歳してさ……父さん、ちゃんと避妊ぐらいしろよ……」

「いや……してたんだけど……な?」


「な?」って……困るでしょ。こっちを見ないでよ。


 龍二が果物包丁を持って来て、小さな庭の縁側で梨の皮を剝いてくれた。

 甘く清々しい香りが漂う。


「んで、いつ式挙げんの?」

「おお、お腹の子と3人で結婚式なんて素敵ですね」


 友弥君と中田さんが盛り上がっている。


「やっぱり結婚ってしないと駄目なのかな……」


 思わず口から出ていた。ポカンと口を空けている若い男の子達の隣で、膝に腕を乗せ手を組み、下を向いている龍二の表情は私からは見えない。


「プ……ロポーズ……してないのかよ……?」


「ああ」と龍二が言うや否や、友弥君が龍二のシャツの胸ぐらを掴んだ。


「ふざけんなよ!腰抜け!」

「やめて!違う!違うの!」


 親子の間に割って入り、二人を引き離す。


「私の問題なの。龍二は……私を気遣ってくれて……るんだよ……たぶん」

「心愛さんどういうことなの?未婚の母になりたいってこと?」

「なりたいってわけじゃ……ただ、結婚する必要あるのかなって……」

「あるだろ!そりゃ、あるに決まってる……よな?」


 友弥君が中田さんを見た。


「……俺、間違ってる?何かおかしいこと言ってる?」


 ぶんぶんと首を横に振りながら、中田さんは「でも、心愛さんが決める事なんじゃないか」と言ってくれた。


 友弥君は私をじっと睨みつけて「父さんの気持ちも考えてあげてよ」と言った。




 ***




 まさか、友弥がこんなにも怒りをあらわにすると思っていなかった。

 友弥のすごい剣幕に気圧されている心愛に声をかけてやりたくて言葉を探す。


「男のあんたには分からないわよ」


 助け舟を出してくれたのは優子だった。


「女性にとってはね、結婚も出産も人生が大きく変わる一大イベントなのよ」

「そんなの男だって……」

「同じじゃないわよ。名前が変わることがどれだけ大変なことか分かってないでしょ?社会的にも精神的にも、とんでもなく大きな負担がかかる。心愛さんは世間知らずのあんたと違って、酸いも甘いも経験済みなの。そんなこと全部、分かってて悩んでるのよ」

「うるせえババァ……」


 しゅんとした心愛にも、ぶうたれてる友弥にも、かける言葉が見つからない。


「ま、僕たちはいつだって応援していますので。元気な赤ちゃんが産まれてきますように」

「中田さん……どうもありがとう」


 一瞬、心愛が泣き出すんじゃないかと思った。が、心愛の瞳は力強く輝いていて、それは今日の日差しが強いからとかでは無く、女性として、母として、人として、いろんな意味で力強く輝いてるのだと思い知った。


「敵わないなぁ」

「え?」

「心愛がそれだけ強ければ、俺が守ってあげる必要なんてないもんな」

「守ってもらおうなんて思ってない。むしろ、私が守ってあげる。龍二もこの子も」


 そう言ってお腹を摩る心愛が愛おしくてたまらない。

 手続きだの、世間体だのは俺たち家族には関係なさそうだ。

 入籍をしなくてたって、心愛は俺の愛する人だし、俺はこの子の父親だ。




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