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あなたがいい  作者: あおあん


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第55話 マティーニ

 便器を抱え込みながら涙が出た。吐き気で苦しいからじゃない。龍二が……私を愛してくれていた……優子さんじゃなかった……この子を産んでほしいって、一緒に育てたいって言ってくれた……大丈夫かな。もしかして……私の願望が見せている幻覚だったりして……ずっと頭がぐるぐるしてるし、熱っぽくて、気持ちが悪い……でも、病気じゃ無いんだよね……


 トイレから這いつくばって、テーブルに置いてあるエコー写真を手に取る。


 夢じゃない。幻覚でもない。私のお腹のこの『ミジンコ』がいて、それが私が具合悪い原因だ。


 眠くて眠くてふらふらだけど、階段を上がる元気が無い。

 1階にあった母の寝室のベッドで横になる。


「お母さんも喜んだだろうな」


 最近、泣いてばっかり。こめかみに流れてくる涙を感じながら目を閉じた。




 ***




 何でも作れるように手あたり次第の食材を買ってきた。

 ぱんぱんに膨れたビニル袋を4つ分、筋トレと思って持ち帰る。


 しん……と静まり返った家……


 とりあえずキッチンに買ったものを運ぶ。

 まだトイレかな、とそっとドアノブを捻る、どこだ?

 2階に上がってみる。久しぶりの心愛の部屋はドアが開いたままになっていた。

 広いけれど物の少ない、片付いた空間。心愛はいない。

 静かに降りて、タエ子さんの使っていた部屋を覗く。


 見つけた。


 息を詰めていたことに、この瞬間まで気が付かなかった。

 静かに「ほぉ~」っと息をつく。探したよ。心配したぞ。


「おかえり」

「あ、起こしたか。すまない」

「ううん。すぐ眠れるんだけど、眠りが浅いみたいで……」

「何か作るけど、リクエストはある?」

「うーん……酢豚……とか?」

「酢豚か」


 さすがに豚肉の塊は買って来なかった。


「豚じゃなくて、鶏でもいいか?」

「うん。いい。でも……」

「どした?」

「言っといて何なんだけど……」

「?」

「食べれないかも」


 吹き出してしまった。


「分かってるよ。気にすんな」

「ごめんね」

「あっちでやってるから、他に何か食べたいもの思い出したら声かけてくれ」


 キッチンから俺のエプロンがなくなっていた。

 どこかにあるのだろうが、心愛を起こしたくないので、ちっさいエプロンを首から掛ける。


 料理をすると、友弥と暮らしていた時のことを思い出す。

 特に中高の弁当を持たせていた時代は、とにかく食べる量が多かったことも相まって、四六時中料理をしていた。


 俺は無我夢中で子育てをしながら、優子のことを恨んだ。

 友弥の成長を一緒に見守ってくれる存在に欠乏感を抱き、ぽっかりと空いた埋められない穴を見ないようにして過ごしてきた。俺の人生に訪れた、二度目のチャンスを、「心愛と家族を築く」という願望を全力で掴みにいく。


 考え事をしながら料理をすると、仕上がる頃には答えが出ている気がするから不思議だ。


「さて……」


 出来たけど、心愛を呼びに行った方がいいのか迷う。

 のんびりとタエ子さんがよく座っていたところに腰掛け、テレビを付けると、時代劇が始まった。時が止まったようだ。この夏、タエ子さんとここで過ごした時間がそのまま再現されているように感じる。


「先生」


 振り返ると、顔色の悪い心愛がいたずらっぽい顔をして立っていた。


「食べられそうか?」

「うん」


 白飯は要らないと言うので、酢豚とみそ汁をよそった。

 俺も向かいで一緒に食べる。


「美味しい」


 そうは言ってくれたが、箸を持つ手に力はなく、あまり食が進まないようだ。


「無理はして欲しくないが、頑張って食って欲しい。ふたり分だからな」

「そうだね」


 少し目に力が戻った感じで、心愛が小さく頷いた。


「ありがと」と俺は小さく言った。


 もっと言いたいことがある。言わなきゃならないことがある。だけど、それを考えるだけで俺は首を絞められるような、胃を捕まれるような、身体の内側からブラックホールに飲み込まれていくような寒気に襲われる。


 お腹の子の為に、心愛と育てていく為に、俺の願望を掴みとる為に……ビビってる場合じゃないのに……


「どうしたの?」


 怖い顔をしていたかも知れない。心愛が心配そうに俺を伺っている。


「いや。なんも。お代わりは?」

「ごめん。もういい」


 出した分はきれいに平らげてくれた。


「ゼリーがあるけど食う?」

「食べる!」


 みかんの果肉がごろっと入っているゼリーを美味しそうに頬張りながら、心愛が俺を見てにっこりと笑った。


「あのさ……」


 喉元までせり上がってきた胃を飲み下して、大きく息を吸い込んだ。


「俺もここに住んでいいか?」


 ぺろっと食べたゼリーの容器を、心愛が床に落とした。

 それを俺が拾って、シンクに入れる。


 怖くて見れない……


 返事はどうだ……?


「いいの?」


 大きく見開いた心愛の目から涙が滝のように流れていた。


「俺が頼んでるんだ」


 心愛の顔を俺の胸に押し当てる。


「どうして泣く?」

「分かんない……私の涙腺、なんか変なの……」


 心愛のしょっぱい唇にキスをした。




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