第52話 マティーニ
「誰だよ、あの色男」
「あんたには関係ないでしょ」
「ほんとかよー、あんなあたふたして、ウケるんですけど」
正太がニヤニヤしながら、アイスクリームを食べている。
「しっかり婚活してやんのー」
「そんなんじゃない。お母さんがお世話になったの。お昼ご飯作ってくれたりして。あんたなんかより、よっぽど優しいんだからね」
「なに?付き合ってんの?」
「だから、違うってば!」
龍二との思い出を弟に茶化されたくない。
「怒んなよ、なんで一緒に帰って来たんだよ」
「バーテンダーなの。飲みに行ったんだけど、体調悪くなって……送ってくれただけ」
「へー」
なんかもうイライラが収まらなくて、シャワー浴びて寝た。
翌日は朝からきれいに晴れた。
四十九日の法事を終え、正太と帰宅後、窓を全開にして部屋を片付けた。
家を売るとかそういうのは今後のことをちゃんと考えてからにするけど、母の遺品に囲まれて生活するのは終わりにしたかった。正太に相談したら、『俺の部屋も片付けようと思ってたところ』と言って、泊りで来てくれた。
「ま、俺のはこんなもんかな」
そう言って、積み上がった段ボールの山に手を置いている。
「こっちは捨てちゃって。んで、こっちは宅配頼む。着払いでいいから」
「分かった」
一緒に母の遺品も整理をしてくれた。
「これだけ、貰っていくわ」
そう言って、弟はアルバムを一冊と、母が気に入っていた猫の貯金箱をしまった。
「体調どうなの?」
「あ、うん。大丈夫」
飄々としているように見えるけど、ちゃんと心配してくれている。
「ここんとこずっとじゃね?」
「たぶん、退職のストレスとか?離職届が送られて来れば元気になるかも」
「なんだよそれ、まじかよー」
さっきまで大丈夫だったのに、また頭がぐるぐるしてきた。
「ちょっと横になるね」
「ああ。俺帰るかもだけど、気にしないで」
「ごめん、またね」
歩こうとしたら、気分が悪くなってしゃがみ込んだ。
「妊娠でもしてんじゃねーの?」
***
開店の準備をしていたら扉が開いた。「CLOSED」が掛かっているのに、こんなことをするのは優子だけだと分かっているので、そっちを見なかった。
「あの」
男性の声がして顔を上げる。
昨夜、心愛を家に連れて入ったやつだ。
「昨日はどーも」
「どういたしまして」
少し乱暴な言い方になってしまった。
「あ、店、開くまで表にいた方がいーっすか?」
「そうですね」
「じゃ、待ってます。ねーちゃんとかーちゃんのお礼を言いたいんで」
今……なんつった?
「ねーちゃん?」
「あ、昨日の、心愛ね、あと、タエ子も世話になったって、ねーちゃんに礼言えって怒られてっから、じゃ、続きは開店してからってことで……」
出て行こうとする男性を引き止める。
「あ、大丈夫です。もう、今、準備終わったんで」
「そ」
男性は、心愛の弟は、カウンターの端っこに座った。
「ねーちゃん、こんなとこ来てんの?まじで?」
ジロジロ店内を見回している。
「あ、悪い意味じゃないっす。想定外っつーか。ほら、お堅い中学教師じゃん?」
「はい」
俺も最初に心愛が来たときは意外だと思った。つい、顔がほころびる。
「ビールをもらおうかな」
「承知いたしました」
グラスを出すと「へー」と言いながら、右から左に顔を傾げて観察している。
心愛もカクテルを、こんなような仕草をして見ていた事を思い出す。
「あのー、心愛の弟の原正太です」
「ここのマスターやってます。小笠原龍二です」
「かーちゃんの昼飯作ってくれてたって本当っすか?」
唐突な質問に、思わず吹き出してしまった。
「やっぱ、嘘っすよね。ねーちゃん訳わかんないこと言ってっから……」
「本当です。タエ子さんと友達になって、夏の間、お昼を一緒に過ごしました」
「まじで?」
「はい」
正太さんは俺の顔に穴が開くんじゃないかって程、まじまじと見ていた。
「マスター結婚してんの?」
「いいえ。バツイチです」
「恋人とかいんの?」
「残念ながら」
「なーんだ。ねーちゃんのこと好きじゃないのか」
俺が心愛を好きじゃないんじゃなくて、心愛が俺のことを好きじゃなくなったんだ。
「心愛とか、俺的にはちょい、オススメ物件だけど、どう?」
「どう……と言われても……」
「ま、いっか。余計なお世話すると怒り出すから、あいつまじ、最近ちょー機嫌が悪い猫みたいにすぐ噛みついてくっから。やめとこ。忘れてください。」
正太さんは「ごちそうさま」と言って帰って行った。
台風みたいな人だったな。
さっきの会話を思い出しながら、店の準備を進める。
昨日の今日だ。メッセージを送るくらい構わないだろう。
『体調はいかがですか?』
心愛に送ってみたけど、翌日まで既読は付かなかった。




