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あなたがいい  作者: あおあん


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50/59

第50話 マティーニ

 怒涛の2週間だった。離婚後にやらなければならない手続きに加え、母の逝去に伴う葬儀と手続きが一気に襲ってきた。弟の正太が久しぶりに実家に帰って来てくれて、二人で手分けして処理を進めた。父の居所は結局、分からず終いだった。


「姉ちゃん、これからどうすんの?」

「しばらく引きこもっていい?離婚したし、仕事辞めたし、もう何もしたくない気分なの」

「いーんじゃね?好きにして。でも、期間は決めといた方がいーと思うよ」

「なんで?」

「癖になるから」

「と、経験者は語る……?」

「そんなんじゃねぇって言いたいところだけど、そうだよ。その通りだよ!」

「「はははは」」


 頭を掻きむしりながらぶぅたれている弟が面白い。


「ありがとね」

「しっかりしろよ。まだ37だろ?」

「まだ36です!」

「んな、変わんねーじゃないか」

「そうなんだけど」

「「はははは」」


 もうすぐ誕生日だ。幸太郎と離れて暮らしてからも母と一緒に過ごしていたから、一人ぼっちの誕生日は人生初かも知れない。さすがに寂しい。ちらっと正太を見る。いや……さすがに弟と過ごすのは寂しいを通り過ぎて……痛くない?


「いつ帰るの?」

「んー、そろそろな」


 在宅勤務が許されているという事で、パソコンを持ち込んで、実家で仕事をしていたけど、正太にはローンを抱えた家がある。もともと自分名義で借りたようで、一人で返済を抱えているらしい。


「一人で寂しくないの」

「寂しいに決まってるだろ」

「再婚とかしないの?」

「出会いが無いんだよ。あと金も」

「ああ……」

「納得すんなよ、なんかムカつく」

「ごめん」


 笑ってしまった。


「この家売っちまえよ」

「売ってどうすんの?いくらにもならなくない?」

「金額の問題じゃなくてさ、縛られない?なんつーかさ、身動きが取れない的な?」

「でも、お父さん帰ってきたら……」

「え!帰ってきたら、家に入れんのかよ?」

「それは……その時……」

「ないない」

「ないか」


 正太の言う意味が分かる。ここにいる限り、私は龍二にも囚われたままだ。

 優子さんとやり直すように見えた。優子さんは最初からそのつもりでTITANICにいらしていた。応じないように見えていた龍二は、心変わりをしてしまった。


 私の部屋で過ごした甘いひと時を思い出して、胸が疼いた。


「そうだね。ここにいたらダメかも。悲劇のヒロイン気取って、なにも出来なくなっちゃいそう」

「そゆこと」




 ***




 国産の高級車の乗り心地は、驚くほど快適だ。


「ずいぶん羽振りがいいんだな」

「手塩にかけて大事に育てた会社を売ったのよ。これくらいの見返りは当然よ」


 言っている内容の割りには、語気は強くない。


「子育てを……したくなかったわけじゃないの。ただ、どうしていいか分からなくて」

「もういいよ。済んだことだ」

「よかったら……言わせてくれる……?」


 黙って運転を続ける。


「私は英二とのことをあなたに知られたと思っていたし、それを承知で夫婦で居てくれるなんて思えなかった。それに、友弥を見る度に、英二の影が思い出されて……だから、子供の代わりに会社を育てることにしたのよ。当時、知り合いが産後の仕事復帰に悩んでるって言っていて、何とかしてあげられないかしらって思って……」


 優子らしい動機だ。


「それで、女性が子供を見ながら働ける職場を探し出して、時には会社に掛け合って制度を見直してもらったりしながら、会員登録数と提携してくれる企業の数を増やしていったの。感謝されたし、遣り甲斐のある仕事だった」

「売ったのは……TITANICを買うためか?」


 思っていたことを聞いた。


「ええ」優子は溜め息交じりに答えた。


「馬鹿よね。友弥からあなたの所在を聞いて、あのバーについて調べたわ。そしたら少し前まで売りに出ていたことが分かったの。経営者の中では会社の売り買いは珍しくなくて、そういう情報が流れてきやすいのよ。ただ、買い手が付かなくて、閉店が決まった直後だった。どうやらオーナーのご子息が店の存続に反対されて、相続対策の一環で処分を考えておられたようよ」


 オーナーのご子息とは一度だけお会いしたことがあるはずだが、顔が思い出せない。


「せっかく見つけたあなたの居場所を手放したくなくて、私はオーナーに売って欲しいと話を持ちかけたの。快諾してくださったわ。それで、私の会社を手放した。気が付けば創立してから20年も経っていて、もう充分に成熟した企業と呼べたから、子離れするみたいな感じよ。たぶんね……あなたと友弥の関係と同じ……と言ったら怒るかしら?」

「いや」


 ちょうど家具屋の駐車場に着いた。


「まさかあなたが辞めると言い出すとは思っていなくてね……ほんと、大馬鹿者だわ」


 痛々しく笑う優子の顔が、友弥を産んでもいいと言ってくれた時の顔と同じだった。


「気が変わってくれるといいのだけど」


 優子の気持ちに応えられるか、俺も今悩んでいるところだ。




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