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あなたがいい  作者: あおあん


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第44話 シティーコーラル

『遅くなっても大丈夫だから、こっちに来る?』


 そうメッセージを送ってから1時間が経つ。こんなに長く既読が付かなかったことは無い。

 シャワーを浴びて、寝る準備を整え、ベッドに潜り込む。今朝までの二人の時間が現実に思えなくなってきていた。


『今日は自分とこに戻るよ』


 そう返事が来て、龍二との間に生じた距離が勘違いではないと確信できた。

 優子さんと何を話していたのだろう。過去のことを詮索してもいいことなどない。


『分かった。また明日ね』


 明日という言葉に期待を込めて送る。明日はやってくるよね?私たちはまだ始まったばかりの未熟な関係だけど、優子さんの昔話で覆されたりしないよね?信じたいと思う気持ちが、実は疑っている証拠なのじゃないかと苦しくなった。




 ***




 心愛のメッセージに返信を送り顔を上げると、優子がじっと見ていた。


「考えてみてくれない?」

「え?」

「私とのこと。信じてないみたいだけど、私はずっとあなたのことだけを思っていたのよ」


 友弥を産んでくれたのは、優子が33歳の時だ。あの日、そもそも俺が不用意に優子を一人、家に残し出掛けなければ……という、負い目を感じる。


「もし、あの時の私を少しでも気の毒だと思ってくれるなら、考えてみるくらいしてくれてもいいんじゃない?」

「あ、ああ……」

「あなたの優しさにつけこむようで心苦しい気はするけれど、私も本気なのよ」


 優子の言いたいことは分かる。自分の人生を台無しにした俺に、責任を取れと言いたいのだろう?以前、優子に俺は『手段を選ばない強引な人だった』と言われた。心愛の家に上がりこみ、ベッドに誘った俺は強引だと言えるだろうか……おそらくYESだ。そして、優子に『きっと彼女を苦しめることになるわよ』とも言われた……それもYESなのか?


「彼女には……心愛さんには、これからも素敵な男性と知り合うチャンスは巡ってくるわ。だけど私にはあなたしかいない。そのことを踏まえて、一度、真剣に検討してみてくれない?」


 そう言い残し、優子は会計を済ませた。


 確かに、離婚が成立した心愛には、これからも出会いの機会は多いだろうし、新たな幸せを掴むことはそう難しくはないはずだ。一方、過去のトラウマを引きずりながら50代を迎えた優子には、そうした機会は訪れにくいだろう。


 扉が開き、ハッとした。


「いらっしゃいませ……友弥……」


 中田君が休みの今日は、俺が一人で店の切り盛りをしている。


「優子と会わなかったか?」

「会わなかったけど。何で?いたの?」

「ああ、ついさっきまで」


 と言いながら、時間の経過を正確に把握できているか自信が持てない。


「あいつ、なに飲んだの?」

「シティーコーラルだ」

「じゃ、俺もそれ」


 手を動かしながら、それとなく聞いてみる。


「死んだ俺の親父と連絡とってたことあるのか?」


 友弥の一瞬の表情で『ある』のだと分かった。


「バレたか……すんげえ小遣いくれるからたまにな」

「いつからだ?」

「えー、もう、ちっさい頃からだよ。父さんに言わないって約束して、めっちゃ金貰ってた」

「そうか」


 やっぱり。


「最後に連絡とったのは?」

「んー、死ぬ直前かな。いつもさ、あのババアが俺のところに会いに来てないかを聞くんだよ。それで、『来たよ』って教えると、『父さんには言うなよ』って言って、これに振り込んでくれた」


 そう言って、スマホを掲げた。アプリに振り込むなんて俺にもできない芸当を、情報欲しさにやってのける親父のしたたかさに吐き気がした。


「そうだったのか」

「もう時効だよな?死んだんだし」

「お前はどう思ってたんだ?親父のこと」

「じいちゃんは……可哀想な人だと思ってたよ」


 予想の斜め上からの回答に、動揺を隠せなかった。


「じいちゃんはさ、寂しかったんだと思うよ。だから、俺から父さんやあのババアのこと、金払ってでも聞きたかったんじゃねーの?」

「なるほど……」


 玄関で出くわした息子のガールフレンドに暴行するやつの気なんて知れるはずがないが、それは俺の感想だ。友弥には友弥の感想がある。今、友弥が『じいちゃん』と呼んでいるそいつは祖父じゃなくて、実父だ。そのことを教えるべきか迷う。


「それがどうかしたの?」


 そう言いながらシティーコーラルを一口飲み、「高級なメロンソーダみたいだ」と言った能天気な息子に俺は、黙っておくこともまた愛情なのでは、と思わずにはいられなかった。


 心愛とタエ子さんの関係を見ていて、学んだことが多くある。その一つが、黙る勇気だ。心愛は離婚の話をタエ子さんには相談していなかった。だが、タエ子さんはそれに勘づいていた。二人は互いを思って「黙る」という選択をしている。


 友弥に俺が父ではなく、兄だと伝えることに、どれだけの意味があるだろうか。

 その事実を知ることで、こいつの今後の人生にどんな影響があるのだろうか。


 言っていいことはないだろう。


 俺の出した結論に、いつか友弥が怒る日が来るかもしれない。

 俺の出す今後の生き様に、心愛か優子の一方が傷つくだろう。


 難しい選択を迫られている。




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