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あなたがいい  作者: あおあん


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第43話 シティーコーラル

 店に入ると他には誰も居なくて、カウンターに座っている龍二の元奥様に「ここどうぞ」と言われた。「どうも」と言って隣に座ると、龍二がカウンターの向こうからにょきっと生えてきた。


「あ、心愛……」

「どうかしたの?」

「いや、別に……」


 おかしな空気を感じる。何かあったんだろうな。勘ぐるつもりは無かったけど、龍二と元奥様を交互に見てしまった。


「優子と申します」


 この時、初めてお名前を知った。


「心愛です」

「今、昔話をしていてね……」


 とても穏やかで、抑揚の無い話し方だった。


「誤解を解いていたところなのよ」

「誤解?」


 龍二を見たけど、目が合わない。何があったの?聞きたいけど、後にしよう。


「タエ子さんは寝たのか?」

「うん。昼間どうしてるの?最近、とても寝つきが良くて」

「今日は、ドラッグストアに買い物に行った。欲しい物があるって言うんだけど、それが何か思い出せないらしくて、店内を10周はしたよ」


 ふっと和らいだ龍二の顔にほっとする。


「適当に作っていいか?」

「うん。お願い」


 龍二はシャンパンを入れるフルートグラスを取り出して、ひっくり返し青いリキュールが入っているケースに飲み口の方からとっぷりと漬けた。それをそのまま白い砂の中に埋めて取り出すと綺麗なデコレーションが出来ていた。


「それ、お塩?」

「ああ。今日のカクテルはシティーコーラルだ。『都会のサンゴ礁』素敵だろ?」


 グラスの内側に付いた塩を拭い取り、シェイカーを出して氷を入れた。やった!今日もシェイクが見られる。それに、ジンと、緑のリキュール、絞ったグレープフルーツジュース、青いリキュールをほんの少し入れた。いつにも増してかっこいい、シャカシャカ……いつもよりちょっと長めな気がする?気のせいかな。さっきのグラスに注ぐと、とても綺麗なグリーンの飲み物が出来ていた。それに氷をひとつ入れて、トニックウォーターを足した。


「はい。お待たせ」

「シティーコーラル?」

「そう。銀座の有名なバーテンダーが考えたレシピだ」

「このお塩は飾り?」

「サンゴ礁をイメージしてる」

「すごいきれい」


 飲むのが勿体ない気がしたけど、口を付けてみる。


「爽やか。メロンの味がする」

「ああ。緑色のはメロンリキュールだ」

「お洒落で美味しい」


 龍二の表情が固いのが気になるけど、あえて触れない。


「私もシティーコーラルを」


 優子さんが言った。


「承知いたしました」


 龍二は全く同じ手順で、もう一杯のシティーコーラルを作った。断ったりはしないだろうと思ったけど……このカクテルは、この作り方がスタンダードで、スペシャルでは無いのだから当然なんだろうけど……なんとなく、同じ扱いを受けたことにショックだった。




 ***




 心愛が帰って、優子と昔話を再開する。


「友弥はこのこと知ってるのか?」

「分からないわ。私はあなたが真実を知ってると思っていたくらいなのよ。あなたが知らないんだから、友弥も知らないんじゃないの?」

「どうして俺が知っていると思ったんだ?」

「友弥に会いに行くと、その後、必ず英二から連絡があったのよ。二人で会いたいと言われてうんざりだったから……なるべく行かないようにしていたけど……私はてっきり、友弥は英二に育てられていて、あなたは自分の人生を歩んでいると思っていたのよ」

「俺が友弥を育ててたって知らなかったのか?」

「ええ。英二があなたを大学に行かせるって約束したから。英二の言葉を信じてたなんて、私、馬鹿ね」


 俺を介せず、親父が優子の訪問を知ったということは、友弥が話していたに違いない。


「親父が死んで、心置きなく会えると思ったのか?」

「……そうね。そういうことになるわね」


 優子と離婚をして、それまでも疎遠だった実家との関係は無縁になった。昨年の親父の葬式の際も母親から連絡があったが無視していたので、何があったのかを知ったのは、喪中はがきが届いてからだった。


「押し付けてごめんなさい」


 優子が友弥を可愛く思えない理由はなんとなく分かった。自分を手籠めにした男の子供だ、しかもその関係を続けるよう強要しただと?実の父ながら気持ちが悪い。


「別に、息子だろうが弟だろうが、同じようにしたと思うよ」


 どうして優子が産みたがらなかったのか理解できた。あの時、俺は中絶の同意書にサインを求められていた。あの年頃の男性なら、おそらく、サインする方が多数ではないか。だが俺は拝み倒して、優子に産ませた。一緒に育てると誓った。優子が何を思っていたのかも知らずに、自分の希望を押し付けて、彼女の人生を滅茶苦茶にしてしまった。


「産んでくれてありがとう」


 謝罪より、感謝を述べるべきだと思った。


「どう……いたしまして。育ててくれて、ありがとう……」


 親父が付けた傷が少しでも癒えていますように。俺はそう願わずにはいられない。


「ねぇ、もう私じゃ駄目かしら?」

「……」

「もともと、すごく年上だしね、もう、こんなおばさんだもの、無理よね」

「年齢の問題じゃ……」

「心愛さん、可愛くて素敵よね。自分で言うのもアレだけど、昔の私に似てない?」


 答え辛いことを聞かないで欲しい。




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