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第4話 モヒート

 昨日、奥のテーブル席から『モヒート』という言葉を聞いた。私はそれを『蚊』だと勘違いした。少し考えれば、蚊は『モスキート』だと分かるのだけど、第一印象を確認したくて、それを頼んでみた。


「お待たせしました」


 コロンと転がってしまいそうな丸いタンブラーが前に置かれた。ミントの香りがすることは昨日から知っている。グラスを滑らせないようにしっかりと掴んで、口に運ぶ。


「すごい……」


 まさか、本当に虫除けの味がするなんて。驚きはしたけれど、これは決して悪い意味ではない。虫除けがこんなに美味しいなら、私は年中、ぺろぺろしたって構わないと思ったのだけど。バーテンダーに笑われたのが恥ずかしい。


「笑ってすみません。モヒートを飲んで『すごい』って感想をいただいたのが初めてで」


「すみません」と、口を衝いて言ってしまっていた。


「いえ。嬉しいんですよ。喜んでるように見えませんか?」

「はい」


 正直、まったく喜んでるようには……営業スマイルにしか見えません。


「ですよね。よく言われるんです。『営業スマイル』って。そんなこと無いんですよ」

「すみません」


 私も皆さんと同じ事を思ってしまいました。


「謝って欲しくないです。この前の話の続き、してもいいですか?」

「はい」……続きって、何の話でしたっけ?


 会話が終わってしまい、私はこのバーテンダーが一体、何の話の続きを求めているのか分からなくなってしまった。モスキート……じゃなくて、モヒートをもう一口飲む。


「昨日は深い溜め息をつかれていましたので」

「あ」


 思い出しました。学校の事ですね。


「実は、職場の上司から、納得のいかない話をされまして……不貞腐れていました。大人気ないですよね」

「よくあることです」

「今日は家でもいろいろあって……もう、公私ともにいいことなくて……厄年なので、そんなもんなのでしょうね」


 こんな自虐ネタ、ただ困らせてしまうだけだと分かっているのに、つい気を許してしまった。


「あの……話の腰を折って申し訳ないのですが、お帰りは……その、大丈夫ですか?」

「あ、はい。お気遣いありがとうございます。徒歩なので、平気です」

「それは……安心しました」


 店内にはテーブル席に4名、カウンターには一人客が、私以外に2名いた。ちなみに女性は私だけ。


「終電が行ったところなので……ここに残っているのは常連さんばかりで帰宅は問題ないと分かっているのですが……つい、気になって……あの、個人的な興味とか、そういうのでは無くてですね……」


 ずいぶんと慌てていらっしゃるけど、私は不快に思うどころか、親切なお心遣いに感謝している。


「こんなに遅く来て、驚きましたよね」

「嬉しい驚きですので、いつでもウェルカムです」

「ありがとうございます」




 ***




 俺がモヒートを始めて飲んだとき、マウスウォッシュのようだと思った。だから、彼女が驚き気味に「すごい」と言ったとき、「だよな、口がスースーするよな」って言いたくなってしまった。だけど、彼女は俺なんかと違いお上品だから、まさか飲み物をマウスウォッシュに例えるなんて下品なことはしないだろう。


 せっかく来てくれたので、昨日の話の続きをしたくなり「昨日は深い溜め息をつかれていましたので」と言ってみた。


「はい。職場の上司から、納得のいかない話をされまして……不貞腐れていました。大人気ないですよね」

「よくあることです」


 何があったのかさっぱり分からないが、長年の接客業の勘に従う。


「今日は家でもいろいろあって……もう、公私ともにいいことなくて……厄年なので、そんなもんなのでしょうね」


 公私ともに……というのは、仕事でもプライベートでもという事だろうと察しはつくが、プライベートでの悩みと言うと、当然、異性が絡んでくるだろう。厄年……っていくつだっけなと思いつつ、時間が気になって仕方がない。遅くに一人で帰すのは心配だ。


「……お帰りは……その、大丈夫ですか?」

「あ、はい。お気遣いありがとうございます。徒歩なので、平気です」

「安心しました」いや。本当に。家が近くなのかと、今、知った個人情報に浮かれて、つい饒舌になってしまった。


「終電が行ったところなので……」と、もう何を言っているのか自分でも分からないが、舞い上がっている。そう、俺は少なからず興奮している。


「こんなに遅く来て、驚きましたよね」という彼女に、

「嬉しい驚きですので、いつでもウェルカムです」と答える。

「ありがとうございます」と言ってくれたので、

「お名前を聞いてもいいですか?」聞いてみる。

「ココアです」と言われ、思わず「ココアのご用意はありません」と言いそうになる。


「こころ(心)に、あい(愛)と書いて、ここあ(心愛)と申します」


 これから俺が言うことは本心だが、ちょっとした最低なことだろう。……この人は、どう見ても「心愛」顔では無いだろう。俺の「心愛」のイメージは、なんと言うかキャピキャピしたギャル風の女性だったりする。だから名前と雰囲気が一致していないような気がしてならない。


「心愛さん、私は龍二と申します」

「りゅうじさん……」

「難しい漢字のドラゴンに、数字の2です。あ、ちなみに長男です」


 心愛さんと名前のギャップ対決をしているつもりはないが、俺の鉄板ネタなので、初手で繰り出そう。


「うふふ。次男ぽいですね」

「でしょ?よく言われます」




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