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あなたがいい  作者: あおあん


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第37話 チャイナブルー

 勤め先の中学校から帰宅した教師が言うセリフではないのは分かっているけれど、『命からがら』という表現がピッタリくる。


「ただいま」

「お帰りなさい、ここちゃん」


 母が出迎えてくれたことに安堵する。


「今日は何してたの?」

「先生が美味しいナポリタンを作ってくださったのよ。それから少しテレビを見て、散歩には……行かなかったけど、少し体を動かした方がいいわよね?」

「まだ外は暑いから、熱中症も怖いし、散歩はやめておいたら?」

「それもそうね」


 一瞬、ひやっとしたが、上手く言いくるめられた。


 キッチンには料理の痕跡すらない。片付けまで綺麗にしていただいて、本当に頭が下がる。

 母から龍二さんの話を聞いて、私も猛烈に会いたくなっている。


『今日は母がお世話になりました』


 当たり障りのないメッセージを送る。


『少しだけ顔を店に来てくれませんか?』


 タイポが可愛い。と思っていたら、すぐに新着が。


『顔を見せに、店に……』


 訂正してる、ふふっ。どうしてこんなにもほっこりするのか。


『後ほど伺います』


 龍二さんがそう言ってくださるんだもの。元奥様のことは気にしなくて良いということなのよね。


 週末に一週間分の献立を決めて買い物を済ませてある。今日は豚の生姜焼きを作る日だ。冷蔵庫を開けるとピーマンが補充されており、変な形に切られた人参がラップにくるまれて入っていた。きっと昼に何かあったのだろうと想像し、くすりと笑う。


 龍二さんは母といる事を苦痛に感じないのかしら。血のつながっている私でさえ、苛立つことがあるというのに。子育て経験者の実力なんだろうな……


「お母さん、出来たよ」


 のっそりと立ち上がり、テーブルに着くなり、母が皿をひっくり返した。


「ナポリタンの約束でしょ!」

「それはお昼に先生と食べたんじゃないの?」

「あ……」


 ひっくり返った生姜焼きを拾い集めて、ざるに入れて洗った。自分用によそっていた生姜焼きの皿を母に出し、私は水浸しになった肉と野菜を再びフライパンに入れ温めた。また味を付ければ同じだ。目くじらを立てるようなことではない。




 ***




 思い切って心愛さんを誘って良かった。『後ほど伺います』と返事をもらい、浮かれている。


「マスター、なんか嬉しそうですね」

「え……顔に出てるか?」

「心愛さんがいらっしゃるんですか?」

「中田君には何でもお見通しってわけか、はは」


 恥ずかしいから笑って誤魔化す。


「この前は友弥が世話かけて悪かったな」

「いえ。ここで静かに寝てただけですから」

「中田君は次のバイト先見つけたのか?」

「未だです。ボクはもしかしたら、ここで、その……」

「良いと思うよ。俺に遠慮することはない。勝手知ったる店で働き続ける方がいいに決まってるよ」

「すみません。ありがとうございます」


 優子がオーナーになっても、中田君が働いてくれるなら安心だ。


「いらっしゃいませ」


 中田君の声で、咄嗟に入り口を見る。


「やっ」

「友弥さん、来てくれたんですね」

「この前はごめんな」

「いえ。ボクは何も……」


 友弥が着席したと同時に、また扉が開く。


「いらっしゃいませ、心愛さん」

「こんばんは。来ちゃいました……へへ」


 微かに首を振りながら、右左と店内を確認する様子が可愛らしい。警戒している小動物のようだ。


「優子なら大丈夫です。今日はもう帰ったんで。それに、まだオーナーじゃないんだから、あんなことをいう権利は無いはずなんです」

「そうは言いますけど……」


 心愛さんはいつもの席に座った。隣の友弥ににっこりと笑いかける。


「心愛さん、こんばんは。今日は何を頼むんですか?」


 俺の仕事を横取りした息子め……このやろ……まったく油断ならない……。


「私は、いつも龍二さんのおすすめにしてるの」


 こっちに向けられた満面の笑みに、優越感を感じる。よっしゃ。


「お任せください。今日も心愛さんスペシャルをお作りしますね」


 期待に答えられるよう、頑張らねば。まず、グラスに氷を入れてステア、解けた水を捨ててチルドしておく。次にシェイカーにライチのリキュールとグレープフルーツジュース、氷を入れてシェイクする。グラスに移し、トニックウォーターを入れて静かにかき混ぜたら、最後に上からブルーキュラソーを注いで完成。カットしたパイナップルを飾って、心愛さんの前に出す。


「チャイナブルーです」

「きれい!なんのお酒ですか?」

「ライチのお酒ですよ」

「へぇ」


 心愛さんは一口飲んで、「これも好きです!」そう言って、小さな拍手をくれた。照れる。


「俺も、同じの」と友弥から注文が入った。


 ロンググラスに氷を入れて、さっきと同じレシピをゆっくりとグラスに注いでいく。


「同じのがいいんだけど」

「あれは心愛さんスペシャルだから駄目。お前はスタンダードでいいの」


 綺麗なグラデーションのカクテルを友弥に出す。


「これもチャイナブルーって言うんですか?」

「はい。レシピが同じならカクテル名は同じです。シェイカーで振ったのは、その方がグレープフルーツの酸味がまろやかになっていいかなと……あとは……」

「私がシェイカー好きだからですよね?」

「はい。まあ……」


 恥ずかしくなって下を向く。


「子どもの前でイチャイチャすんなよ」


 笑いをかみ殺したような顔をした友弥から、ヤジが飛んできた。




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