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あなたがいい  作者: あおあん


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第35話 カルーアミルク

「榊原先生、体調よくなられましたか?」

「はい。お陰様で。ご迷惑をおかけしました」


 徘徊していた母を探して寝不足でした、なんて言えない。


「そう言えば、昨日、榊原先生からお電話があって……あ、旦那様の方の」

「ええ」

「お休みって言ったら驚かれてましたけど?」

「今、別居してるんです」

「はっ……」


 口を押さえた教頭先生に会釈をして、その場を去った。余計な詮索をされたくないし、嘘もつきたくない。


 母は昨日から調子がいい。今朝も、しっかり『先生』が来ることを覚えていて、玄関の靴をしまったりして……楽しみにしているのだろう。私は元奥様に出入り禁止を言い渡されているのでTITANICには行けない。昼間はうちに居てくれるというのに、しばらく龍二さんと顔を合わせることが無いなんて皮肉だわ。


 職員室で全職員が一堂に会したミーティングが始まる。校長先生の挨拶で口火を切った。


「2学期は体育祭や、学年によっては修学旅行、あとは進路希望調査など、やることが沢山あります。また、慣れが生じた生徒には、クラス内でのトラブルを起こす者が出たり、生活習慣に乱れが生じて風紀が荒れやすい学期でもあります。各先生方におかれましては、体調管理にはくれぐれも気を付けて、生徒指導に気を引き締めて取り組んでいただきたいと思います」


 後半、ちらっと私を見た気がしたが、気のせいだろう。と思うことにする。




「きりーつ」


 教室に入るなり、日直が号令を掛けた。


「きょうつけー。れー」


 ペコっと一礼し、皆、着席する。


「せんせー!」


 私が話し出す前に生徒の手が上がった。


「はい。田丸さん」


 私が指名すると、普段あまり目立たない田丸さんが起立した。黒髪のおかっぱで眼鏡をかけていたはずだが、今日はかけておらず、心なしか髪が茶色くなっているように思う。


「昨日はどうしたんですか?」

「体調不良でお休みを頂きました」

「どこにいたんですか?」

「実家です」


 なぜこんな事を聞くのかしら?


「実家って?」「お婆ちゃんちの事じゃない?」「先生、家にいないの?」生徒たちのザワザワとした声が聞こえてくる。


「先生、自分の家に帰ってないんですか?」

「病気の母の世話をするために、今は一緒に住んでます」


 田丸さんは首を少し傾げて着席した。


「田丸さん、なぜ私にそんな事を聞いたのですか?」


 深追いをしていい事は無いって分かっているのに、反社的な衝動で言葉が口を衝いていた。


「昨日、日直で職員室に行ったら、先生たちがそう言ってたので」

「そうですか。私が実家に帰っていると何か問題ですか?」


 静まり返る教室で、言い過ぎたか、と思ったが手遅れだ。田丸さんが泣き出してしまった。


「別に……そんないい方しなくても良くないですか?私、ただ質問しただけなのに……」


 近くの席の子たちが田丸さんを慰める。あなたの不躾な質問に答えたせいで、こんな空気になってしまって、泣きたいのは私の方なのに。




 ***




「こんにちは」

「あら、先生、いらっしゃい」


 タエ子さんは俺にスリッパを出してくれた。


「お気遣いなく」

「うふふ」


 ご機嫌麗しく何よりだ。


「先生、私、下ごしらえをしておいたのよ」


 台所のまな板に、大きく切ったピーマンと二ンジンがあった。一応、食材は買ってきたが、心愛さんのことだ、これくらいは常備されているだろうとは思っていたが……それにしても、乱切り……にしても大きすぎる。


「なんだか不器用になってしまったみたい」


 しょげているタエ子さんを畳の部屋に座らせ、テレビを付ける。


「あ、始まっているのね。いつも見ているのよ」


 そう言って時代劇に釘付けになった。心愛さんから聞いていた通りだ。


「あとは俺に任せてくださいね」


 返事は無かったが、台所へ行き、心愛さんのと思われるエプロンを借りる。中の種を取らずに三等分に切られたピーマン、皮を向かないままに乱切り(?)されている無様なニンジン……タエ子さんが手を切らないでよかった。介護と聞くと俺は寝たきりを想像してしまっていたが、タエ子さんのように動ける人を看るというのは想像以上に大変そうだ。本人はやれると思っていることを、やめさせなければならないことがある。子育てに似ているところもあるが、子どものように言い聞かせることが難しいお年頃だ。


「タエ子さん」


 呼びかけたが、テレビに夢中だ。まだ昼食には早いから、俺は携帯を取り出し、次の仕事を探す事にした。悪いが優子がオーナーのTITANICでは働けない。まずは職安のホームページを見る。検索ジャンルで『接客』を選択する。


 レストランのホール、ホテルのフロント、結婚式場の給仕、など……出来なくはなさそうだが、思っていたのと違う。向こうもそれは同じだろうと、自分で突っ込み、そして笑う。未経験の四十のオッサンが面接に来られても先方だって面食らうだろうよ。


「バーテンダーはさすがに無いか……」


 心愛さんの近くに居たい。出来ればこの辺で新たな職場を見つけたい。




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