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あなたがいい  作者: あおあん


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第29話 カルーアミルク

 私より10歳くらい上かな。50代に差し掛かるかどうかといった風に見える、柔らかい物腰の女性。弁護士というお仕事をされている人はどことなくキツイ顔をしているかと思い込んでいた。


 学校の近くの喫茶店まで来てくださって打ち合わせをしている。こちらの状況をお話しし、お支払いする弁護士料の説明を受けた。


「多くは協議離婚という、先方との話し合いによって決まります。お子さんはいらっしゃらないですし、既に別居中、モラハラや相手の不貞もあるので、こちらに有利に話し合いが進められると思います」

「そうですか。私も働いていますし、妻らしいことも最近はほとんどしていないので、慰謝料は求めないつもりです」

「そうですか」

「ただ、マンションは売りに出すか、夫に買い取って貰って、ローンの残債は残したくないんです」

「分かりました」

「今後、揉めた場合は、調停に持ち込む事になりますが、大丈夫ですか?」

「仕事柄、あまり目立つことはしたくないですが、覚悟しています」

「承知しました」


 事務的な話が済み、冷めてしまったコーヒーを飲み干すまでの間、世間話をした。


「私の事はどなたからのご紹介ですか?」

「弟です」

「失礼しました。どちら様でしたでしょうか?」

「いえ。先生にお世話になったのではなく、相手方と言いますか……」

「まあ。なぜ敵側だった私を?」

「優秀な弁護士さんだと言ってました……お恥ずかしいですが、弟は毎月、元奥さんへの支払いに四苦八苦しています、あはは」


 笑ってしまってから、不謹慎だったと姿勢を正す。


「そうでしたか。やり過ぎましたかね?」


 いたずらっぽく笑う先生をお茶目だなと思った。


「心愛さんは、あ、ファーストネームで呼ばせていただきますね。女性の尊厳を守る意味で、私は苗字で呼ぶのは嫌いなの」

「はい。私もです」

「では私のことは博子ひろこ先生と呼んでください」

「はい」

「心愛さんは旦那さんへの要求はあまり強くないように思いますが、早く離婚を成立させたい理由でもあるんですか?」

「理由ですか?」

「例えば、好きな人がいるとか、もしくはもうお付き合いをしているとか……不躾なこととは承知してるんですけど、大事なことなので、正直に言っていただきたいわ」


 じっと目を見つめられたまま、自分の気持ちを話すということに抵抗はあったが、恥ずかしがっている場合ではない。


「好きな人……気になっている人がいます。でも、付き合っているとか、そんな関係ではありません」


 先生はしばらく私の目の奥を見て、私の中に嘘が隠されていないかを確認されているようだった。それからふっと先生の顔がほころんだと同時に、その視線から解放された。


「離婚が成立したら、思う存分、頑張ってくださいね。私も頑張らせていただきますので」

「はい。ありがとうございます」




 ***




 友弥とタトゥーショップにいる。

 いつもは連続した痛みがノンストップで襲ってくるのだが、今日は、断続的な痛みが背中のあちこちで繰り広げられる。最終調整と言ったところなのだろうか……


「完璧」


 息子の一言で安堵する。


「本当か?」

「ああ、機会があるか知らないけど、誰に見せても恥ずかしくないって言うか、自信ある」

「そうか」


 初めての作品にそれほどまでに自信が持てるとは羨ましい。


「もう来なくていいのか?」

「まあ、メンテって言うか、たまに見せて欲しいけど……個人的なお願いって感じかな」

「分かった」


 服を着て、友弥に向き直る。


「お疲れさま」

「いいや。こんなお願いに付き合ってくれてありがとう」


 目を合わせて微笑み合う。

 彼の今後の人生が彼の望み通りに行くといいと、心の底から願う。


「春から、ここで働き始めたら、自分で集客しろって言われてるんだ」

「そうか。大変だな」


 貰ったペットボトルの水を飲みながら談笑する。


「心愛さんに……」

「駄目だ!」


 自分でも意外なほどに強い口調で言っていた。


「なんでだよ。本人が決める事だろ?」

「駄目だ、絶対に」

「聞いてみるだけでも……」

「何度も言わせんな!絶対に駄目だ!」

「何でだよ。もしかして父さん、後悔してんのか?俺の作品を背負ってるのが恥ずかしいとか?」

「そうじゃない」


 上手く言えるか分からないが、ここで黙るわけにはいかない。


「悪いが、好きな女に消えない跡を残すことが許せない。息子である、お前でさえも怒りが込み上げてくる」


 友弥は下を向いていて表情が分からなかったが、数秒後、顔を上げてこう言った。


「敵わないな。心愛さんを勧誘しない、約束するよ」

「悪いが、もう一つ約束して欲しい」

「なに?」

「もし、心愛さんから言い出したとしても、すぐには引き受けないでくれ。まず、俺に話して欲しい」

「……」

「約束してくれないか?」

「分かったよ。約束する」


 息子が傷つくと分かっていて、どうしてあんな言い方しかできなかったのか後悔が残るが、本音で話し合うことができる関係性を築けていて本当に良かったと思った。


 友弥が心愛さんに好意を抱いているのは知っている。親子で一人の女性を奪い合うような構図は見ていて気持ちがいいものではない。だが、これだけは譲れない。すまないが、絶対に心愛さんは友弥にはやれない。




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