第27話 カルーアミルク
土曜の夜は来客が多く、混んできたので早めに失礼することにした。
「来てくれてありがとう」
「いいえ、会えて良かったです」
龍二さんにお礼を言い、夜道を歩く。
家まであと少しというところで声を掛けられた。
「ちょっと」
振り返ると、龍二さんの元奥様がいらっしゃった。
「何でしょうか」
「何様のつもりか存じませんが、出しゃばらないで頂けますか?」
あまりにも強い語気に一瞬たじろぐ。
「私は、ただの客です」
「ただのお客にしては、彼に対する態度がデカすぎるわ」
なぜそんな事を言われなきゃならないのだろうか。
「以後気を付けます」
話を切り上げて去ろうとするけど、食らいついてくる。
「あの人とどうにかなろうと思っても無駄よ」
「そんなこと思っていません」
「もうあの店には来ないで」
「どうしてですか?」
「私の店になるのよ。あなたは出入りを禁止します」
そうなのか……この人と言い争っても勝てそうにない。
「分かりました。失礼します」
そう言ったら、解放してくれた。
***
心愛さんが席を立った直後に優子がチェックをした。
嫌な予感しかしないが、追いかける事もできず、心愛さんの無事を祈ることしかできなかった。
「マスター、一瞬、行って来てもいいですよ」
中田君が声をかけてくれる。
「いや。大丈夫だ。ありがとう」
慌ただしいオーダーと接客に追われ、バタバタと過ごしていると優子が戻って来た。
空いているカウンターに座らせて、放置する。
少し落ち着いたところで携帯を確認すると、心愛さんからのメッセージが届いていた。
『元奥様からお店の出禁をくらってしまいました』
べそをかいているスタンプと共に送られてきていた。
(優子のヤツ!)
腹立たしく思いながら、頭を整理する。そもそも優子は、こんな分からんちんな人ではなかったはずだ。妊娠については確かに俺は迷惑はかけた。優子に離婚を切り出されたあの時は、憔悴しきっていた姿を見てはいられなかった。優子が自分の事だけで精一杯な感じがしたから、これ以上、俺と友弥の事で辛い思いをさせずに済むのならと思いサインをしたのだ。もう過ぎたことだが、あの時の俺には苦渋の決断だったんだ。
突然、20年ぶりに現れて、さも『奥さん面』されても不愉快だ。TITANICが閉店することは優子が仕組んだわけではないだろうから、店を買い取ったというのは気まぐれだろうが、客に出入りを禁止するなんて傍若無人にも程がある。
「何か頼まれますか?」
何も出されていないままぽつねんと座っている優子に声をかける。何か企んでいるなら、聞いてみるのもいいかと思った。
「カルーアミルクを、私にもスペシャルで頂戴」
「申し訳ありません。できません」
鬼のような形相で睨みつけてくるが、笑顔を返す。
「じゃ、ビールで」
「承知いたしました」
完璧に注いだビールグラスを差し出す。
「私、友弥の成長を見守っていたのよ」
「はい。つい最近知りました」
目を見開き、驚いた顔を見せる。そんなに意外か?
「最近?あの子が言ったの?」
「ああ。俺たちはよく話す方だと思うが、そのことは知らなかったな」
「私にはぶっきらぼうな態度で、何も言ってくれなかったわ」
当たり前だろう……産み落としてはくれたものの、一切の面倒を放棄した母親に懐く子がどこにいるんだよ。勘違いも甚だしい。
「ずっと働いてきたの」
あっそ。俺もだ。
「あなた達の事を考えない日は無かったわ」
嘘だろ。嘘つき。
「最近になって、やり直してもいいかと思ったのよ」
嫌だね。お断り。
「ねえ、何か言ってよ」
上目づかいでこっちを見てくるが、微塵も可愛いとは思えない。
「俺はそんな気さらさら無い」
目を閉じて鼻から「ふーん」と息を吐き、まるで駄々っ子をあやすような仕草がムカつく。
「ま、今はいいわ。あの女性とは何もないんでしょう?」
「いや。家族ぐるみのお付き合いをしている」
「そうなの?」
適当な返事をしたが、気に入らなかったらしい。憤慨して、ビールを一気に煽った。
「お母様と仲良しだ」
嘘じゃない。子どもみたいなタエ子さんの事を思い出して顔がほころぶ。
「なんか変わったわね。思っていたのと違うわ」
「奇遇だな。俺もそう思っていた」
「あなたは自分の思い通りに事を進めるために手段を選ばない強引な人だった。あの女性、心愛さんと言ったかしら?正直、あなたとはお似合いじゃないわ。きっと彼女を苦しめる事になるわよ」
「子育てして、俺も変わったんだよ」
「人の本質はそんなに簡単には変わらないわ。あなたは自覚が無いでしょうけど、結構、強引なはずよ。友弥みたいな子どもがいる男性と付き合って、女性にいい事なんて無いんだから」
優子の言葉を信じるわけじゃないが、ほんの少し心当たりがあって、胸が痛んだ。タトゥーだらけの親子と親交があると知られると、中学教師としては問題にならないのか、そもそも既婚者と知りながらデートをしたり、家に勝手に上がりこんだことは迷惑だったのではないか。自分の行動に自信が持てなくなってくる。




