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あなたがいい  作者: あおあん


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第26話 カルーアミルク

 昼過ぎに母を引き取りに施設に伺った。


「ここちゃん、どうしてすぐに来てくれなかったの!ずっと待ってたのよ!」


 ご立腹の母を意に介すこともなく、施設の方はにこにこされている。


「ご心配なく。ついさっきまで仲良くおしゃべりをしていたんですよ」

「そうですか」


 ホッとした。


「ご家族の方が見えると、急に里心がついてしまうんでしょうね。よくあることです」

「母は、ここに馴染めそうですか?」

「はい。とても楽しんで頂けたと思いますよ」


 施設の方が目を合わせ笑いあった。

 母の症状は、何と言うか、少しおとぼけなところがあるので、周囲を和ませていたのであればあっぱれだ。お礼を言って、母と施設を後にした。




 知らない施設での外泊には、母も疲れを感じていたようで、帰宅後はすんなりと食事を済ませ、早めに床に入った。


 わざわざおしゃれをしたつもりはないが、昼間に来ていたTシャツとジーンズでバーに行く気にはなれず、さらっと着られるワンピースに着替えた。靴もパンプスではなく素足にサンダルを履く。


『TITANIC』……身分の差がある若い二人の恋物語。自分になぞらえるなんておこがましいけど、この恋にも私なりの障害がある。


「いらっしゃいませ」龍二さんが笑顔で出迎えてくれる。

 ほら……早速の障害……元奥様が、特等席に座っていらっしゃる。


「心愛さん、こちらに」中田さんにカウンターの端に案内される。完全に席替えは行われてしまったのね。


「ありがとう」そう言って、新しい指定席に座る。


「珍しいですね」

「え?」


 私の胸元を見ている龍二さんの視線が熱く感じる。


「あ、服ですか?休みなので、なんとなく……」

「お似合いです」

「どうも」


 顔から発火しないか心配になる。

 が、優子さんの視線で種火は一気に鎮火した。

 あまりに冷たい視線に、今度は凍らないか心配になった。


「あの、私も同じのを」


 優子さんが飲まれているのは、たぶん、カルーアミルクだ。それくらいは知っている。


「承知いたしました」


 龍二さんはウィスキーを入れるグラスに、大きくて丸い氷をひとつ入れ、長いスプーンでくるくると回し、カルーアを三角のメジャーで一杯入れた。それからシェイカーに牛乳と氷を入れて、シャカシャカと振り、グラスに注ぐと白黒二層の飲み物が出来た。何やら黒い粉を上にかけて、コースターと一緒に出される。


「カルーアミルク、心愛さんスペシャルです」

「え?」


 顔が緩んでしまう。スペシャルなんて嬉しい。


「心愛さんはシェイカーがお好きなので、牛乳を振ってみました。上にかかっているのはピュアココアパウダーです」


 マドラーが付いていたので、かき混ぜてから頂く。


「美味しいです!」

「よかった」


 満面の笑みの龍二さんに、このカクテルと同じくらいトロトロでふわふわな気分になる。


「ずいぶんじゃない?」


 奥から刺々しい声がした。


「あ、見なくていいです」


 龍二さんが視界に立ちはだかった。


「昨日は、眠れましたか?」


 しれっと普通の話をされようとされてますけど、それは少し無理がありませんか?という顔をしてみる。伝わる……かな?


 声を出さずに笑いを噛み殺している龍二さんを見て、伝わったのだと分かる。


「はい。何とか……」


 私も吹き出しそうになりながら、一応、会話を続けてみる。


「嫌なことでもあったんですか?」

「はい。とても嫌なことがあって」


 幸太郎の事なんて思い出すと気が重くなるはずなのに、このシチュエーションが可笑しすぎて、笑いが込み上げてくる。


「実は俺も、今、すごい嫌なことがあって」と言いながら、目線だけで、元奥様の方を指された。


「大変ですね」と、言いながら、どうしようもなく笑いが込み上げてきて、カウンターに肘をつき、両手で顔を覆った。どうか、泣いてるように見えますように……って、無理があるか。


 中田さんがさっと来て、「心愛さん、大丈夫ですか?」と顔を覗き込まれた。あ、引っかかっちゃったのは君か……私の『まずい』と思った顔を見て、ホッとしたように微笑んだ。


「もう、心配させないでください」優しくそう言ってから、そっと肩に手を置き、「ごゆっくりどうぞ」と中田さんは言った。




 ***




「あの」


 優子の声に反応し、中田君が応対する。


「何でしょうか」

「お代わりを頂戴」

「承知いたしました」


 中田君はタンブラーに氷を入れて、カルーアを注ぎ、そっと牛乳を加えて出した。


「お待たせ致しました」


 心愛さんが目を丸くして固まっている。息が止まっているように見える。息してるか?息をしてくれないか?


「どうかしましたか?」


 意識をこっちに向けてもらう為、話しかけた。


「あ、えっと」


 ようやく息を大きく吸ったようだ。一安心。


「スタンダードレシピです。別に手を抜いているわけではありません」

「そうですか」


 何故かすまなそうな顔をする心愛さんが可愛らしい。


 心愛さんのお陰で、一旦、気分は和んだが、優子がオーナーになるというこの店の今後の事を考えると暗い気持ちになった。




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