第19話 ロングアイランドアイスティー
早くて年内に閉店、ということは今すぐ次の仕事先を探さなければ、3ヵ月もしたら失業しているという事だ。
「いらっしゃいま……」
開店してしばらく経ったが、最初の客が優子で萎える。
「昨日、お話は伺いましたが」
「別にいいじゃない?もっとお話をしたいと思ったのよ」
俺はちっとも話したいと思っていないがな。
「友弥も来るの?」
「たまに」
「呼んでもいい?」
「来るのか?」
「さあ?」
スマホでメッセージを送っている。
まさか、来ないだろう。仕事があっても無くても、あいつが母親に会いに来るなんてこと無いはずだ。
「ビールでいいですか?」
「ええ」
心愛さんなら、喜んでカクテルを作って差し上げるが、こいつには無理だ。
「友弥のタトゥーだけど、アレ、なに?」
「なに、とは?」
「よく許したわね。自分の子が体に消せない跡を残したのよ、ま、あなたは産んだわけじゃないから、私の気持ちなんて分からないでしょうけどね」
あなたは産んだだけで、育てた俺の気持ちは分からないでしょうけどね。
「就職先もタトゥーの店って聞いたわ。最悪よね。息子の勤め先をお友達に言えないわ」
息子がいるってことを、お友達に言ってるお前の性根の方が最悪よね。
「やっぱり母親がいないと、子育てって上手くいかないものなのね。それでも友弥は大人になったし……よく頑張った方だわ」
あんたみたいな母親がいたら、それこそ子育ては上手くいくはずないわよね。俺は一人にしてはよく頑張った方だと自分でも思うけど。
「なんか言ってよ」
こんな女、というか人として、軽蔑する。無視を決め込む。
誰か来てくれないかな、とドアに念を送る。僅かに動いた。よっしゃっ!
「いらっしゃいま、せ」
こ、心愛さ、ん。今はちょっと……
「こんばんは。先ほどはどうも」
律儀にペコリをお辞儀をしてくれた。
「いいえ。こちらこそ」
そう言いながら、頭をフル回転させる。心愛さんをいつもの席に座らせると、優子の隣になってしまう。かと言って、一つ空けた席では、会話が筒抜けだ。3人で一緒におしゃべりしましょうなんて、絶対に避けたい。
「私、あっちに……」
そう言って、心愛さんはL時のカウンターの一番端の席を指さした。ナイスだ!
「はい」
優子に背を向けて、心愛さんの前に立つ。
「今日はどうしますか?」
「もう、母は寝てるので、少しゆっくりしたくて、ショートカクテルじゃないのがいいんですけど……」
「シェイカーを使うのがいいんですよね?」
「へへ」
なんて愛らしい笑顔を見せるんだ。
「お任せください」
シェイカーにジン、ウォッカ、ラム、テキーラ、4種類のホワイトスピリッツを等分に入れて作る。そこにコアントローと絞ったレモンジュースとシュガーシロップを少し入れかき混ぜる。手の甲にちょこっと付けて舐める、味、オッケー。シェイカーを脇に置いて、グラスにクラッシュアイスを詰めておく。シェイカーに氷を入れて、シャカシャカ振り、グラスにお酒を注ぐ。それから瓶のコーラの栓を抜き、グラスに満たしたら、バースプーンで下の方からよくかき混ぜる。最後にミントを手の平に置いて一発叩き、香りを引き出したのを上にのせ、ストローを刺したら完成だ。
「ロングアイランドアイスティーです」
「アイスティー?」
「心愛さん、見ていたから分かると思いますけど、紅茶は入っていません」
「あはは、そうですね。コーラ入れてましたね」
「はい。度数の高いお酒が5種類入っています。シェイカーで振って、飲みやすくはしましたが、アルコールが強めですので、アイスティーという名前に騙されないように。ゆっくり飲んでくださいね」
「はい。気を付けます」
おそるおそるストローに口を付ける心愛さん。一口飲んで、俺と目が合う。
「飲みやすい……んですけど……」
「はい。だから気を付けてくださいね」
「「ははは」」
どれも初めてのカクテルだろうけど、心愛さんの反応は毎回、愛おしい。
「あの……すいません」
いけね、優子の存在を忘れていた。振り返る。
「お代わりください」
***
ロングアイランドアイスティーは、私のお気に入りのトップになった。だって、あの、三角のメジャーでお酒を注ぐところを5回も見れるのだ。それに、レモンを絞ったり、柄の長いスプーンでガシャガシャとかき混ぜたり、上には龍二さんが手でパンッてしたミントまで乗っている。すごく得した気分!
先に来られていたお客さんにビールのお代わりを出して、龍二さんはまた私の前に戻ってきてくれた。
「一気飲みしてないか、心配で確認しに来ました」
「はは。大丈夫です。強いお酒なのは分かります。アルコールで頭の芯がゆるーく解けてきました」
「その感覚、分かります。リラックスって言うんですかね?」
「そう。それです」
扉が開いて、お客さんが来た。
「いらっしゃ……」
龍二さんの言葉が詰まって、思わず見てしまった。
「心愛さん、こんばんは」
「友弥君、こんばんは。誘ってくれてありがとうね」
実は、もう寝ようかと思っていたところ、友弥君からメッセージをもらっていた。
『TITANICに行くんですけど、よかったら来ませんか?』
朝からバレー部の付き添いで、その後の母の失踪、龍二さんに面倒をおかけするという、とんでもなく盛り沢山の一日に疲れ果てていたので、一杯飲みたくなった。
『私も行こうかな』
そうお返事をしていた。




