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あなたがいい  作者: あおあん


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第18話 ブルーダイキリ

 はぁ、はぁ、はぁ、こんなに走ったのいつぶりだろう……


「すみません!ほんと、すみません!」


 靴を脱いでつんのめりながら、家に入る。


「お帰りなさい、ここちゃん、まあ、そんなに慌ててどうしたの?」

「どうしたのじゃないの!お母さんってば!」

「まあまあ、心愛さん……」

「龍二さん……!」


 私のエプロンを付けた龍二さんがキッチンで洗い物をしている。


「そんなことまで!」


 もう、申し訳なくて、恥ずかしくて、有難くて……かっこいい……じゃなくて!


「いやね、タエ子さんがお腹が空いたっておっしゃるから、勝手に冷蔵庫開けてごめんな」

「先生は、お料理も上手なのよぉ」


 うっとりしてる、母……気持ち、分かるけど……もう止めて、恥ずかしい。


「本当にお手数をおかけしてしまい申し訳ありません」


 両手を重ねて頭を下げる。


「そういうのは無しにしましょう。本当に、俺、暇してたんで」


 なんて優しいんだろう。言葉遣いも、言い方も、紳士だわぁ。


「お礼に何か……って思うんですけど……何かご希望あります?」


 龍二さんの好みが分からないので、聞いてしまおう。


「それじゃあ、デート、はマズいですね。付き合って欲しいところがあります」

「はい。どこでも」

「はは。それを言うときは気を付けた方がいいですよ。もしホテルって言ったらどうするんですか?」

「は、い、いえ」


 からかわれてるだけだって分かっているのに、顔が熱くなってしまう。


「冗談ですよ。心愛さんは無垢だな」

「まさか……」

「月曜の夜に一杯付き合ってくれませんか?」

「月曜の夜……」


 龍二さんの定休日だ。私の仕事終わりに?


「どこへ行くんですか?」

「ホテル」

「ひぇ」

「のバー」

「?」

「ホテルのバーですよ。タエ子さんが寝てから、一杯だけ」

「はい。もちろん、大丈夫です」


 こんなお礼なら、願ったり叶ったりだ。


「では、私はそろそろ出勤の時間なので」


 そう言って、龍二さんはエプロンを外し、時代劇を見てる母の近くにしゃがんだ。


「今日はここまでにしますね。また来ます。さようなら」

「あぁ、そうですか。ありがとうございました、先生」


 それから立ち上がって、私の前に立った。けど……ち、近っ!


「月曜の前にも会えると嬉しいです」


 少し背中を丸めて、私の頭の上でそう言われた。

 見上げたら、顔が近すぎる気がして、そのまま下を向いて「はい」と言った。




 ***




 思いがけずいい一日になった。心愛さんの家に上がりこんでしまった。ご病気のお母様は、確かに大変であることに変わりはないけど、可愛らしい人で、子どもと話しているようだった。


 キッチンに立たせてもらって、心愛さんは生活力のある人だと実感した。揃えられていた食器や料理器具はどれも実用的で、冷蔵庫に入っていた食材からは、健康的な食生活を送っているのだろうと言うことが手を取るように分かった。


「まいったな」


 素敵な人だ。「お礼を」なんて言われてしまい、つい、弱みに漬け込むように調子に乗ってしまった。TITANICじゃないところで会ってみたいという欲求に抗えなかった。


 シャッターを開け、開店準備を始める。


「すみません、まだ……」


 人気を感じたので、咄嗟に口に出たが、誰だかわかり口をつぐむ。


「仕事中すまないね」

「オーナー、お疲れ様です」


 背が低く、髪の白い、もう御年90歳になろうかというのに、背筋がシャキッと伸びた紳士だ。


「少しいいかな」

「はい」


 テーブル席に移動して、着席する。


「時間を取らせても悪いのでね、単刀直入に言わせてもらうが」

「はい」

「この店を畳むことにした」

「……」

「急な話ですまないね」


 頭が真っ白になった。


「詳細はまだ決まっていないんだが、来春か、もしかすると早くて年内あたりを予定している」

「そうですか」


 今は8月初旬、来年はもうここは無いのか。


「龍二君は就職先が決まり次第、そっちに行って構わないからね。こっちの事は気にしなくていいから」

「はい」

「バイトの中田君にも同じように言いたいんだが、あっという間にいなくなってしまえば、君が困ってしまうだろうと思ってね、中田君への伝達は君に任せていいかな」

「ありがとうございます。私から伝えさせていただきます」

「では、邪魔したね」


 オーナーはそう言って、店を後にした。


 心愛さんとタエ子さんと過ごした、楽しかった気分が台無しになった。

 職探し……この歳になって、雇ってくれるところなどあるだろうか。高卒でこれといって資格もない、バーで働いていたバツイチ子持ちのオジサンに明るい未来は見えてこない。




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