第13話 フローズン・チチ
2歳下の弟、正太に電話を掛けた。
「なに?急に」
第一声がそれですか。
「お母さんの状態がよくなくて、施設に入れようかと思うんだけど」
「いいんじゃない」
「それで……」
「金なら無いよ」
そういう事じゃないんだけど……正直に言ってくれてありがとう、ね。
「施設の見学に行くんだけど、一緒にどうかなって」
「任せるよ」
「お母さんも連れて行こうかなって思うんだけど、たまには顔見せに来ない?」
「俺はいいよ、じゃ、忙しいから切るね」
「分かった。じゃね」
そっけない態度だったが、少なくとも会話の途中で電話を切るような無礼は働かない。
翌日は学校を休んで、母と施設の見学に来た。
母は病院と勘違いしているのか、見る方みんなに「先生」と呼びかけ、座るたびに「あと何人?」と順番を聞いていた。母は今のところ、人を攻撃するようなことはなく、手はかかるけど見ていてどこか笑ってしまう。
「気に入った?」
「ええ、いい病院よね」
「入居施設なの。ここに泊まれる?」
「入院?なんの手術?」
「検査……みたいなもん……かな……」
なるべく嘘はつきたくないけど、何度言っても理解が出来ないのだから、多少は仕方がない。
「先生、次は私の番ですか?」
すれ違うスタッフさんに声をかけてしまう。一瞬、怪訝な顔で見られるが「もう少しお待ちくださいね」と話を合わせてくれる。いい施設のようだ。
一通り見学し、入居待ちのリストに名前を乗せるかと聞かれた。
「現在、80名ほどの入居待ちです。いつ、順番が回ってくるかはお答えできません」
「はちじゅう……そんなに……」
「お約束は出来ませんが、早くて半年、長ければ来年の末頃か、そのくらいにはご案内出来るかと思いますが、どうされますか?」
「えっと。一応、みたいな感じでもいいですか?」
「大丈夫です。お声がけした時点で、入居されないとご判断されれば、その時は次の方に連絡をさせていただきますので」
なるほど。だから、80番目でも早くて半年後には連絡が貰えるかもということなのね。
「申し込みます」
***
心愛さんは俺の背中にこんな入れ墨が入っていると知ったらどんな顔をするだろうか。
「終わったよ、はい」
友弥から水のペットボトルをもらう。
「完成度はどのくらいなんだ?」
「ほとんど仕上がってるよ。あと2,3回来られる?」
「ああ」
怠くて動けない。しばらく椅子に座ったまま目を瞑る。
「心愛さんって結婚してるの?」
「は?」
「綺麗な人だよね」
「ああ」
まさかとは思うが、惚れたりしてないよな。
「よく来るの?」
「ああ」
気だるさが吹っ飛んで、意識がはっきりとしてくる。
「何やってる人?」
「中学校の先生」
「へぇ」
歳が離れすぎてるだろう?と思ったが、俺と優子は15歳差だ。俺が言えたことじゃない。
「既婚者だよ」
「なんだ」
って、なんだ、それ。露骨にがっかりしやがって。
「お前はまず卒業しろ」
「それは問題ないって」
水を飲み干して席を立つ。
「じゃ、行くわ」
「ありがとね」
タトゥー店を出る。今日は酒は飲めない。真っ直ぐ帰って、うつ伏せになる。眠くて仕方がないはずなのに、友弥の言葉がチラついて、上手く眠りにつけない。
心愛さんが友弥に靡くはずがない。分かってはいるけど、どんな可能性もゼロではない。あんな見た目になってしまったが、友弥は本当にいい子だ。そして心愛さんは愛情深い……やめてくれ、やめてくれ。なんで、こんな妄想で嫉妬してるんだ。
眠れそうに無いからメシでも作ることにした。
「何もねぇ……」
冷蔵庫は空っぽの空間を一生懸命冷やしてくれているだけだった。
「コンビニでも行くか」
サンダルをつっかけ、スマホを持って出る。
マンションの前の横断歩道を渡ればコンビニだ。
真正面にあればいいのに、と思う10m向こうの横断歩道に立ち、黄色いボックスのボタンを押す。
「龍二さん」
声をかけられて振り返る。
「心愛さん……こんにちは」
ツイてる。
「えっと、母です」
「先生、次は私の番ですか?」
「あ、龍二さん、すみません。誰でも病院の先生と思っているみたいで」
そういう事か。
「はい。もうすぐですよ」
笑いかける。心愛さんに似ている。
「やっとだわ」
そう言って、心愛さんのお母さんが俺の手を握った。
「ちょっと、お母さん!」
心愛さんが慌てている。
「すみません、今日はずっと、まだですよ、待っててくださいね、ってそればっかりだったので、もうすぐって言われて……お母さん、あのね、この人は……」
信号が変わった。あっち?と指を指して確認する。心愛さんが「うん」と頷く。
「はい。では一緒に行きましょう」
心愛さんのお母さんをエスコートして歩く。
「ご迷惑をおかけして、すみません」
「ちっとも迷惑じゃありません」
「ありがとうございます」
少し行ったところを曲がると、小さな一軒家があった。
「ここです」
心愛さんのお母さんの手を離す。
「着きましたよ。ここまでです」
「先生、遠いところ、ありがとうございました」
「とんでもないです。いつでも飛んできますからね」
「まあ、お優しいこと!」
先生ごっこも悪くない。




