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第12話 フローズン・チチ

 友弥が人見知りなのは俺のせいだ。母親に捨てられて、男手一つで育ててきた。母親がいればしてやれたであろう、友達やご近所付き合いは皆無で、いつも一人で過ごさせてきた。


 小さいときは保育園に預けていて、「あまり泣かない子ですね」とよく言われた。泣いたところであまり相手をしてやれなかったから、世の中に絶望しているのだろうと申し訳なく思ったが、友弥が好奇心を隠さない目で俺を凝視していることに気がついてから、泣かないのではなくて、単に泣く必要がないだけではないかと思うようになった。


「お前も接客業だろ、何か話せ」

「いや。俺の店じゃないから……」


 心愛さんがビックリした顔で、俺らの会話を聞いている。

 つい、いつもの乱暴な口調が出てしまったことを反省する。


「学生さんなんですよね」


 心愛さんに気を遣わせてしまう。


「はい。法学部の4年です」

「……」


 心愛さんを見ていると、友弥の母親、俺の元妻を思い出す。大学受験の為に通っていた予備校の講師だった。15歳も年上で、当時18歳の俺は、33歳の彼女を追い回し、迷惑をかけた。


 冷静に考えると、心愛さんと彼女(優子)は似ているところがある。友弥と心愛さんが、当時の俺と優子が並んでるように思えてきて懐かしかった。


「なに笑ってんだよ」

「笑ったか?」

「にやにやしてるよ。何考えてんだよ」


 まさか、心愛さんがお前の母親に似てるなんて言えるわけない。


「別になにも」


 心愛さんにフローズン・チチを出す。


「チチはピニャコラーダと同じ味です。チチはウォッカが入ってます」

「ウォッカ!」

「はは。先日、フローズンカクテルを頼まれて、心愛さんにもどうかなと」

「ありがとうございます。可愛い……」


 カットしたパイナップルと食用の花を乗せていた。気に入っていただけて嬉しい。


 優子の事は、残念ながらあまりよく知る前に別れてしまった。優子の妊娠が分かり、産めないという彼女を説得し、どうにかこうにか入籍してもらった。俺は大学受験を諦め、日雇いのバイトで昼夜問わず働いた。


 友弥が生まれた日、俺はバイトを放っぽり出して病院に駆け付けた。なんて可愛いんだろうと心の底から「愛情」が湧き出るのを感じた。ところが見舞った優子を見た時、どうやら彼女は違う感想を持っているのではないかと思った。


「両親は来ないのか?」

「来るわけないでしょ」


 親の反対を押し切って結婚した俺たちには味方がいなかった。


「心配しなくても、俺、働くよ」

「そうね。頑張って」


 一緒に頑張ろうって言って欲しかったが、優子は優子で頑張ってくれるに違いない。そう信じて、俺はひたすらに働いた。犯罪以外、出来ることは何でもした。優子は一人で寂しかったのかもしれないと、今なら思いやることが出来るが、当時の俺は、金を稼ぐことで頭がいっぱいだった。


「実家に帰ることにしたの」


 ある日、優子に告げられた。


「え?友弥は?」

「連れて行けない」

「別れるのか?」

「そうしてほしい」


 署名済みの離婚届を渡された。

 そこからの記憶は曖昧だ。我武者羅に働き、友弥を育てて、気が付いたらおじさんになっていた。


 美味しそうにカクテルを飲む心愛さんを見ながら、優子とは違うよな、と反省する。心愛さんは優子とは違う。もっと愛情が豊かな感じがする。共通点はただ、見た目が俺の好みってだけだ。


「龍二さんにこんなに大きなお子さんがいるなんて思ってもいませんでした」


 友弥に話しかけてくれる。


「父は今年40歳です」

「え?だって……」

「18歳の時の子です。俺」

「へぇ……」


 友弥が笑った。分かる。心愛さんの表情って、何と言うか、素直だよな。


「やらかした感じしますよね」

「何てこと言うんだよ」


 自分で分かってんだよ。


「まさかそんな。大変だったと思うので、すごいなぁって」

「まぁ、実際、大変だったし……けど、すごいのは父じゃなくて、俺の方です」

「はは。馬鹿言え」


 友弥がタトゥーを入れてからだ。こうして本音で話せるようになった。それまでは、父子とは言え、距離感が掴めず、何を考えているのか分からなかった。それを聞いていいのかさえ分からなかった。




 ***




 冷たいお酒に胸が焼けるような思いだった。ほんのりと酔いが回ってゆくのが分かる。


「本当の事だし。俺、育てやすい子だったし」


 彼の見た目、タトゥーへの偏見が私にはあるのだろう。とても、育てやすい子には見えないと思っていたけれど、いい子なのは話していて分かってきた。


「それは確かに」


 認めちゃう龍二さんが可愛らしい。友弥さんを愛しているのが伝わってくる。

 父子の会話は必ずしもこうではないことを私は知っている。失踪した父と、もう何年も電話でしか連絡を取り合っていない弟、夫と義理の父との関係、いろんな場面の会話を思い出すが、こんな心温まるシーンは思い浮かばない。


「いいお父さんなんですね」


 二人がビックリしたように私を見る。また変なことを言っちゃった?そんなことないよね?普通の感想だよね?


「ありがとうございます」


 友弥さんがそう言って、下を向いた。

 龍二さんはただじっと下を見ていた。

 二人とも泣くんじゃないかという気がして焦った……




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