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第11話 フローズン・チチ

 テスト期間は無事に終わり、明日から夏休みに突入する。生徒は学校に来ないが、私たち教師はそうはいかない。毎日学校には来るし、書類整理や研修会などが詰まっている。だが、気分的にホッとしてる部分も無くはない。


「あの……榊原先生」

「はい」


 まだそんなに大きくなっていないお腹を摩りながら、3組の先生に声をかけられる。


「来週、女子バレー部の地区大会があるんですが」

「はい」

「よかったら一緒に来てくれませんか?2学期からの顧問として紹介をさせていただけたらと……」


 そっか。引継ぎ的なことをする時間がないものね。


「分かりました。一緒に伺います」

「そうですか、よかったです」


 別に意地悪をしてるわけじゃない。私には私の都合があって、それに合わせてスケジュールを組んでいるので、あなたの都合に合わせて何でもかんでも引き受けるわけにはいかないだけ。やれることはやる。


 仕事を終え、急いで帰る。

 今日は地域のケアマネージャーさんとの打ち合わせがある。


「ただいま」


 もう玄関に靴がある。


「すみません。お邪魔しています」


 40代後半かな、動きやすい格好にキビキビとした物言いのする女性が担当してくださっている。


「小林さん、すみません。大丈夫でしたか?」

「はい。タエ子さん、お電話では伺っていましたが、症状が進んでいらっしゃいますね」

「そうですよね。物忘れが激しくて……私のことは分かるんですけど、小林さんのことも覚えていましたか?」

「いえ。先ほど、改めて自己紹介をさせていただきました」

「すみません……」

「いいえ。謝ることじゃないんですよ。ただ、これから先、一人で出掛けて帰って来られなくなったり、それこそ、心愛さんのことが分からなくなって、怒り出しちゃったりするかもしれないんです。分からないというのは不安を煽りますので、不安な気持ちが怒りになって態度に出てしまうようなんですよね」


 そうなったら、一人で面倒を見られないどころじゃない。母が私に辛く当たれば、私だって母に同じような態度を取ってしまうかもしれない……悲劇的な事件をテレビで見る度に、どこか他人事だったニュースが、明日は我が身だと告げてくる気がした。


「それでですね。9月以降ヘルパーさんを増やしたいと言う話なんですけどね」

「はい」

「こちらも今、派遣できる方が足りなくて、もちろんリクエストは出しているので、順番は回ってくるんですけどね、その時期がお約束出来なくて」

「仕方がないです。待ちます」


 畳の部屋で時代劇を見ている母を横目に、麦茶を飲んだ。


「それと、施設のことも少し調べてみたんだけど」


 そう言って、パンフレットをいくつかいただいた。


「相性があるので、決める前に必ず見学に行ってくださいね」

「はい」

「単刀直入に申し上げますと、金銭的にはかなりの負担になると思います。こちらが月額10万、こちらは15万近くになります。入居費は別途かかりますし、オプションと言うか、有料サービスは申し込めば、それも別途費用が必要です」


 はっきり言っていただいて有難い。


「ありがとうございます。検討してみます」




 母が寝たことを確認して、『TITANIC』へ向かう。

 今、こうして考えると、沈みゆく船は私にはピッタリの空間なのかもしれない。


 重たいドアを押し開ける。


「いらっしゃいませ」

「こんばんは」


 残念ながら、お気に入りの席には先客がいた。


「心愛さん、今日は、こっちでどうですか?」


 龍二さんが一席あけて隣を指す。にっこりと頷いて、着席する。

 半袖から伸びている細い腕にタトゥーが入っていて、思わず目を逸らす。


「今日は何にされますか?」


 タトゥーさんが怖いので、早く失礼させていただこうと思った。


「ショートカクテルを何か……」

「お急ぎですか?……あ」


 龍二さんがタトゥーさんに目をやった。そんな露骨に見たら、私が気にしてることがバレてしまう。目を付けられたくないのに。


「これね、私の息子です。ともや、友達の友に、弥生の弥で、友弥です」

「息子さん?!」

「はい。大学卒業したら、タトゥーアーティストになる予定です」

「タトゥーアーティスト!」

「「ははは」」


 よく見ればそっくりの二人の男性が、なぜ笑ったのかは分からないけど、気を悪くしないでいてくれたのならよかった。


「心愛さん、今日はフローズン・チチはどうですか?」

「ちち……はい。それをお願いします」




 ***




 背中の状態を気にかけて友弥が来ていた。

 心愛さんが遅い時間に一人で来られるとは予想外だったが、嬉しいサプライズだった。

 友弥も心愛さんも真正面を向いたまま押し黙っている。二人とも人見知りか。


 ドアが開いて、二人組の来客。

 テーブルは満席、点々と間が空いているカウンター席。


「友弥、悪いんだけど、こっち移って」と一つ席を移動させる。

「心愛さんも、すみませんが、こっちに変わっていただけますか?」友弥がいた席、いつもの俺の正面に心愛さんをご案内する。


 人見知り同士を隣り合わせにしてしまったが、心愛さんが一番近くに来てくれたので、話しかけやすくなった。




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