9 ペアで行う試験
入学して早々、試験がやってくる。
生徒の魔力がどれくらいのものか、教師陣が把握するための試験なんだそう。
当然、わたしの魔力はクラスどころか学院内でもずば抜けているはずだ。
十代のお子ちゃまたちに劣るような研究や鍛錬を積んできたつもりはない。
しかし、それで目立って家柄や年齢がバレるような事態はまっぴらごめんである。
理想は、悪くも良くもない、平均的な成績を残すこと。
教壇に立つルノウ先生が、試験の説明を淡々と進める。
「二人一組、くじ引きで決める。各自、用意されたステージで、先生たちの召喚したゴーレムを倒すことが課題だ。それじゃ〜前に来い。箱の中から一枚ずつ、くじを引いてけ〜」
前の席から順々にくじを引いていく。
教室内で同じ番号を持つ生徒を呼ぶ声が交差した。
わたしもそれに倣って、相方を探し始める。
「十番、十番の人、いませんか〜?」
男子たちの低い声色の中に、女の声は覆い被さるように響いた。
何人かがわたしに振り返るが、手の中にあるくじの番号に視線を落としては、別の方向へ自身の相方を探しに行ってしまう。
「十番の人〜?」
「…………十番」
低い声が、わたしの背中を撫でた。
嫌な予感を押し殺して振り返る。
椅子にふんぞりかえっているクソガキが、わたしのほうを薄目で見ながら、小さく手を挙げていた。
……やる気あんのか、お前。
ぶん殴ってやろうか、という考えが一瞬頭をよぎったが、
「へ、へぇ〜! よろしくね!」
そこは大人。
たとえ相手がイケすかない小僧でも、笑顔を顔面に貼り付けて対応できるである。
クソガキは、わたしの引き攣った愛想笑いを一瞥して、
「……せいぜい、俺の足を引っ張らないようにするんだな」
と、鼻で笑った。
……わたしは大人、わたしは大人。
こいつは子ども、こいつは子ども。
長ったらしい呪文を唱えるがごとく、心の中で自分に言い聞かせた。
「……あんまり自意識過剰でいると、いつか足元すくわれるわよ」
大人の余裕、年上の助言。
そんな軽い気持ちでアドバイスしたつもりだったのに。
なぜかクソガキは、理解できないものを目の当たりにしたかのように、うすら笑いからいっぺん、眉をしかめた。
「……誰に向かって言ってんだ?」
まるで平民が貴族に逆らったかのような反応じゃない。
少なくとも、クラスメイトに放つセリフではない。
「あんた以外に誰がいんのよ」
と、わたしはクソガキの鼻先を指差した。
クソガキの眉がピクリと動く。
「無駄に調子乗ってるから、親切心で忠告してあげてんでしょ。お礼を言われてもいいくらいだわ」
「はぁ? 大人だって俺にそんなこと言うやついねぇぞ」
心の底から、なぜ自分が忠告されているのか理解できないようだった。
本当に、これまでの人生、全肯定されて生きてきたし、それが許されてきたんだろう。
「……かわいそう」
溢れるように、口から漏れていた。
「……なんだと?」
親が権力者なばかりに、誰にも躾けてもらえなかったのか。
なんて、お嬢様育ちのわたしが言えることじゃないんだけど。
「かわいそうって言ったの。悪いところを改善する機会を与えてもらえなかったなんて」
クソガキはガタンと立ち上がった。
「……なんなんだ? お前」
物理的に見下しにきたクソガキの視線を、真正面から受けて立つ。
たとえ見上げる形になろうとも、わたしはクソガキを強い気持ちで睨み返した。
そんなわたしに、クソガキは舌打ちを一つして、
「……いいか、試験は俺一人でやる。絶対に余計な真似すんなよ」
「……あっそ。勝手にすれば」
高圧的な態度に、わたしは、さっきクソガキにされたように、鼻で笑って返す。
その言い草からして、よっぽど魔法の腕前に自信があるのだろう。
ま、わたしには到底及ばないだろうけどね。
「アンさん、大丈夫ですか? まさか、デリックくんと組むことになるなんて……」
「コリン」
わたしが振り向くと、コリンは小声になって続けた。
「持病の発作もありますし……」
持病『成長止め』。
わたしが三十歳なのに、見た目で疑われない理由。
名前の通り、見た目の成長が止まってしまっているからだ。
ただ、精神に大きな負荷がかかると発作が起きてしまう。
発作の症状は、過呼吸になって、涙が止まらなくなる。一人のときに発作が起きると、深い絶望に襲われる。
いつ、どこで発作が起こるのかは、まったく予想がつかない。
コリンがお付きの者として一緒に入学したのは、わたしが発作を起こしたときのフォローも兼ねているんだろう。
「大丈夫よ、これくらい。ストレスにもならないわ」
「ならいいのですが……」
まだ心残りがありそうなコリン。
「アンちゃんは十番かぁ〜」
その後ろから、ひょっこりとノアが顔を出した。
「コリンくんは三番じゃない?」
「い、いいえ。僕は七番です」
「そっか〜。三番のペア、いないかも〜。ボク、アンちゃんたちと三人でやれないかな〜?」
ノアのキラキラの上目遣いを、わたしは正面から受け止める。
うっ、眩しい……!
無理な相談を断ろうとしたとき、透き通った声がした。
「三番はオレだよ」
マークがぬっと現れる。
コリン、ノア、わたしは背が小さい。
デリックと並ぶほど背が高いマークは、一人いるだけで、小さきわたしたちを威圧しているような絵面になった。
「え〜、マークくんがペアか〜。お互い、一位目指して頑張ろうね〜」
「……お前みたいな、なよっちい男、嫌いだ」
「うわ〜、辛辣〜」
「オレは一位になるからな」
マークの視界に、もうわたしたちはいなかった。
彼がまっすぐと睨みつけているのは、クソガキ。
「……フゥン」
ノアが相槌を打つ。
その目は、小さな炎を宿しているように感じた。
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