7 迷子も歩けば事件に当たる
寮に向かう途中、コリンの手を取って、目を合わせて伝える。
「だから、わざわざカリンを引き合いに自分を卑下しなくていいのよ」
「……!」
コリンは少し照れくさそうにしながらも、きゅ、と手を握り返してくれた。
「そうですね、はは。自虐癖が治ってなくて……」
コリンが苦笑いをする。
「あ、あれ、女子寮じゃない?」
わたしは前方に並ぶ木の向こうを指差した。
木々の合間から、マンションのような二つ建物が顔を出していた。
明るいベージュの建物が女子寮で、グレーの建物が男子寮だったはず。
二つの建物の距離はだいぶ離れていた。
「ここまでみたいね」
ちょうど、ずっと一本道だった道が二股に分かれ、看板が立っていた。
右が女子寮、左が男子寮。
「はい。気をつけて」
コリンからスクールバッグを受け取って、わたしは意気揚々と女子寮へ向かって歩き出した──のだが。
一瞬で迷った。
「どこよ、ここ……!」
コリンと解散してから、一向に看板がない。
しかも補正された道が途切れていたのだ。
普通に森の中を歩かされている。
木々はどんどん生い茂り、女子寮も見えなくなっていた。
「まさか、三十にもなって迷子だなんて……」
情けなさすぎる……!
いっそ風で舞い上がる風属性魔法【ウィンド・パージ】で空高く飛んで、寮の場所を上から見つけようかしら?
いや、誰かに目撃されて、また変な噂が立ったら……。
うんうん唸って、途方にくれていると、
「おい、持ってきたぞ、早く燃やそうぜ」
「これで偉そうにしてるあいつも困るだろ」
遠くから男の子の声が聞こえてきた。
──人だ!
これで道が聞ける!
わたしは話し声のするほうへ、踵を返した。
「あの、すいませーん……」
ガサガサと草の間を縫って、意気揚々と進んでいく。
すぐに二人の男子生徒の姿が見えた。
「……?」
何やってるのかしら……?
なんだか、様子がおかしい。
彼らがわたしに気づかないのをいいことに、わたしは木の後ろに身を隠した。
彼らの前には、数枚の布切れが地面に落ちている。
一人がそれに手をかざすと、手のひらに小さな炎が出現した。
手のひらから火の玉を出す火属性魔法【ファイア・ウィスパー】で、布切れを燃やそうとしていたのだ。
「ちょっと! やめなさい!」
あまりに予想外の光景で、思わず叫んでしまった。
こんな森の中で火属性魔法なんて、一歩間違えれば大火事じゃない!
「ヤベッ、見つかった」
「逃げろ!」
わたしの大声に驚いた二人は、全速力で走り去ってしまった
残されたのは、わたしと布切れたち。
「一体何を燃やそうとしていたの……?」
地面に放置された布の一つを手に取る。
それは、男性用のパンツだった。
割と奇怪な模様をしていらっしゃる。
男性用パンツ界隈には明るくないが、この世に二つとなさそうな不思議な模様だった。
なぜ男の子たちがパンツを……?
なぜ【ファイア・ウィスパー】を……?
「ま、まさか……!?」
ピーン!
名探偵よろしく、彼らのやっていることが何か、分かってしまった。
──この寮生活で、気に入らない人間のパンツを燃やす嫌がらせ!?
「とんでもないわね、最近の若い子は……!」
驚きのあまり、ついつい年寄りじみたセリフを吐いてしまう。
とにかく、持ち主に返してあげないと……!
誰のものか分からないけれど、コリンに頼んで、男子寮の先生に渡してもらおう。
腰をかがめて、放り投げられたパンツたちをかき集めているときだった。
「おい、お前なにしてんだ」
嫌な声が、背中に降り注いだ。
ゆっくり振り返る。
クソガキが、驚愕した表情でわたしを真っ直ぐ見ていた。
正確には──わたしの手元を。
「それ……、俺のパンツ……」
…………おや?
……これって、ひょっとして、まずいのでは?
彼の中で、わたしが下着泥棒になっているのでは?
「違う違う違う!!」
「なにが違うんだ、どうやって盗んだ?」
ずんずんとクソガキが近づいてくる。
「わたしが盗んだんじゃないの! 盗んだ人から取り返したのよ!」
「取り返した……?」
パンツ欲しいから取り返したみたいになってる!?
「と、とにかく、返すから! 持ち主が見つかってよかったわ、それじゃ、わたしはこれで。おほほほほほ」
パンツをクソガキに押し付ける。
慣れないお上品な笑い方で誤魔化しながら、とにかく逃げようとするが、
「待て」
普通に捕まった。
そりゃそうだ。
「お前、怪しいんだよ。なにか隠してるな? 出せ」
隠してるのは年齢だけだって。
アンタのパンツはもう全部出したって。
「……っ」
黙りこんだわたしの胸ぐらが、クソガキの手によってつかみ上げられる。
力じゃ勝てない。
もちろん魔法なら勝てる。
竜巻を起こす風属性魔法【ストーム】で吹き飛ばしてもいいし、土属性魔法【サモン・アースゴーレム】で土ゴーレムを召喚してぶっ飛ばしてもいい。
授業外で魔法を使うのは、また悪目立ちしてしまいそうで、いささか憚られる。
でも、このままじゃ白状するまで解放してくれなさそう……!
いったい、どうしたら──
「アンさん!」
パァン!
どこからか、現れたコリンが、胸ぐらをつかむクソガキの手を手刀で弾き飛ばして、守るようにわたしを背にする。
「アンさんに、なにしてるんですか! アンさん、大丈夫ですか!?」
「こ、コリン……!」
す、すごい……!
体術には自信がある、みたいなことは言っていたけれど、ここまで咄嗟の動きができるなんて、見たことがなかった。
「あ? なんだよ、お前」
クソガキが手首をさすりながら、コリンを睨み返す。
コリンも負けじと応戦する。
「アンさんに触らないでください!」
一触即発の空気だ。
まずい、入学早々喧嘩なんて……!
問題騒動でコリンまで退学になる可能性がある。
せっかく、入学式前にクソガキとわたしがやり合いそうになったときは、コリンが収めてくれたのに……!
「コリン、待っ……」
「あ、いたいた〜、デリックく〜ん!」
なんの事情も知らないノアが、手を振りながら和やかに駆け寄ってきた。
「パンツ盗まれてたよ〜!」
「捕まえたら、すぐ白状した」
ノアの後ろにはマークが、気絶した男子二人の襟首を掴んで、ずりずりと引きずっていた。
デリックと呼ばれたクソガキが振り返る。
わたしたちの視線を一斉に受けたノアは、キョトンとわざとらしく首を傾げた。
「おやおや? もしかして、変なタイミングに来ちゃったのかな?」
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