表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/28

6 執事とお嬢様

 前世の記憶を取り戻し、お父様に入学宣言をしたあと──寮生活に向けて、わたしは部屋にこもって準備をしていた。

「あれ、下着はまだ洗濯中かしら」

 お気に入りの下着がクローゼットに入っておらず、洗い場へ向かうためにドアを開ける。


「あだぁっ!」

「え?」


 開けたドアに強い手応えがあった。

 ドアの向こう側を覗くと、コリンが額を押さえて立っていた。

 どうやら、タイミングよくドアに正面からぶつかったようだ。


「ちょ、え!? 大丈夫!?」

 さっきもわたしとぶつかったばっかりなのに!

 慌ててコリンに駆け寄る。


 コリンはその大きな両目に涙をうっすら浮かべながらも、ゆっくりと上体を起こした。

「大丈夫です……、すみません、僕の不注意で……」

「突然ドアを開けたわたしが悪いから、謝らないで……ごめんね」

 彼の黒い前髪をかき分けて、赤くなっている額にハンカチを当てる。


「お嬢様……本当に人が変わったようです……」

 ぎくっ。

 まさか前世の記憶を思い出したなんて言えないし……。


「ええ、心を入れ替えたって言ったじゃない。今までの横暴を許してくれ、なんて都合のいいことは言えないけど、謝らせてちょうだい。本当にごめんなさい」


 前世云々の話は伏せたまま、心を込めて謝ったが、

「…………」

 返事は返ってこなかった。


 やっぱり、謝罪すらも横暴だっただろうか……?

 コリンの返事をドキドキしながら待つ。

 長い沈黙の後、コリンが口を開く。


「確かに今まで、殴る蹴る暴言などを受けてきましたが……」

「…………」

「実は、そんなに痛くなかったんですよ」


「……へ?」


「僕だって鍛えていますから」

 コリンは力こぶを見せるポーズをするが、燕尾服を着ているので何も見えない。

「持病があるお嬢様が興奮状態になって、発作を起こすほうが一大事なので、いつも怯えるふりをしていました。そうすると、お嬢様は比較的早く興奮がおさまるので」


「……怯えるふり?」

「はい」


 けろり、とコリンは言い放った。

「だから、あまり気にしないでください」

「…………!」


 泣きそうになった。

 なんて優しい心の持ち主なんだろう。

 自分は暴言や暴力を振るわれているのに、わたしの発作の心配……?

 この子、将来大物になるんじゃないかしら……!


「ところで、コリンはどうして部屋の前にいたの?」

 溢れそうになる涙をグッと堪えて、コリンに尋ねる。

「あ、そうなんです。僕、挨拶に参りました。魔法学院でお付きの者として、一緒に通わせて頂けることになったんです」

 コリンはぺこりと頭を下げた。


 ……そうか。

 コリンは今年で二十三歳。魔法学院に入学する年齢。

 確か、庭師のジョンさんと仲が良くて、土いじりをしている時に、土属性の魔法に目覚めたんだっけ。

 正直、魔力はお世辞にも強いとは言えないけれど、学院で学べばそれなりに使いこなせるようにはなるかもしれない。


「そうなの、よろしくね、コリン」

「…………」


 なぜか、コリンが俯いたまま黙ってしまった。

「……コリン?」

 顔を覗き込むと、唇をキュッ噛み締めている。


「やっぱり、お付きの者は僕じゃないほうが……兄のほうが、良かったですか……?」


 兄?

「兄って……カリン? どうしてカリンが出てくるの?」

 突拍子もなく話題に上がったコリンの兄の存在に、わたしは首を傾げた。


「……カリンのほうが、優秀、なので……。僕は魔法、全然だし……体術、しか取り柄がなくて」

 コリンには六つ年上の兄、カリンがいる。

 カリンもまた使用人で、魔法学院を主席で卒業したエリート。今はお父様のボディーガードとして、外出時は付き添っている。


 つまり、なんでもできるカリンと常に比べられて育ってきたのが、コリン。

 コリンの瞳は不安に揺れていた。


「今回、魔法学院に通うのはコリンでしょ」

「……そう、ですが」

「コリンには、コリンにしかない良さがあるわ。わたしのことを許すどころか、心配してくれていた優しさに、わたしはとても救われているのよ」

「……!」


「魔法学院のお付きの者なら、あなたじゃなきゃ嫌よ、コリン」


 コリンの両手をギュッと両手で包み込む。

 コリンは花が咲いたような笑顔になった。


「……はいっ! 精一杯、努めさせていただきます!」


 つられてわたしも笑顔になる。

 この子は、周りを明るくする力があるわね。


「お嬢様、入学準備手伝いますよ!」

 途端にやる気が満ち溢れたのか、コリンが鼻息荒く部屋に入ろうとする。

「いいわよ、それぐらい自分でやるから……」

「お付きの者ですから!」


「……これから、下着を取りに行くんだけど、ついてくる?」

 なかなか引かないコリンにそう言ってやると、


「い、いえっ! 失礼しました!!」

 顔を真っ赤にしてそそくさと退散して行く。


 わたしはコリンの後ろ姿を見送ってから、洗い場に向かうのだった。

読んでくださり、ありがとうございます!

ぜひ☆やリアクションをポチッとよろしくお願いします!

感想やレビュー、励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ