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23 主従関係

 翌日から、マークは何故か、わたしの世話を焼くようになった。

「ちょっと、スカート短くない?」

「ご飯、ちゃんと食べてんの?」

「なんか肌荒れてない? しっかり寝てるの?」


 ──正直、ウザい。


 身だしなみから健康まで管理されている気分。

 そんなのは、家にいた頃の専属メイドだけで十分だったのに。


 ……あれ?

 言ったよね、わたし。

 自分の意思で、女を守るとかやらなくていいって。

 なんで世話を焼いてくる?


 昼休みになって、わたしは席を立つ。

 すかさず、マークが近寄ってきた。


「ねぇ、どこ行くの」

「学食よ。お昼食べに行くの」

「オレも行く」


 ……このように、トイレ以外はお供のようについてくる。


「あのねぇ、なんでついてくるのよ」

「……放っておけないでしょ」

「放っておいてくれていいのよ? もう体調は戻ったんだし」

「それでも、放っておけない」

 なぜ?


 わたしの頭上にはてなマークがたくさん浮かび上がってくる。

「……お母様のルールは、ここでは適用されないわよ?」

 確認のため、尋ねてみるが、

「わかってる」

 と即答されてしまった。


「じゃあなんで」

「オレの意思」

 それ言われたら、こっちは何も言えないじゃない……!


「わかったわ……。好きにしなさい……」

 わたしは白旗をあげた。


「じゃあ、ボクも行く〜」

「ぼ、僕もご一緒します!」

「……俺も」

 ノアとコリンとデリックも、ランチについてくることになった。


 四人の二十三歳を連れて食堂に向かう図は、何だか引率教師になった気分で、あまり心地の良いものではなかった。


「アンタ、昼飯それだけで足りるわけ? オレのも食べる?」

 五人で食堂の一角を陣取り、やっと落ち着けると思いきや、マークはわたしの食事内容を見て自身のソーセージをわたしの皿に移動させる。


 パン二枚と山盛りサラダの何が不満だって言うのよ。

 十代男子の胃袋とは容量が違うんだからね。


「あっ、アンさん、それなら僕のスクランブルエッグも……!」

「ボクのヨーグルトもあげるよ〜」

「俺のパンもやる」

 マークに続いて、他の子どもたちまで、わたしの皿に盛り付けていく始末。


 あっという間に、わたしの食事は豪華なものになってしまった。

「あのねぇ……、わたしは君たちほど多くは食べられないの。それに、みんなのご飯が減っちゃうでしょ?」

「別に、これくらい平気だけど」

 わたしの優しい指摘を、即答して切り捨てるマーク。


 マークなりの気遣いなんだろうか、しかし、親切の方向性がいかんせんズレている気がしてならない。

 ……厄介だ。


「あのさ〜、ずっと気になってたんだけど、マークくんはなんでアンちゃんについて回るようになったの? 演劇祭の準備が始まるまで、別に仲良くなかったよね?」


 唐突に、ノアが核心をついた。

 全員の視線がマークに集中する。


 視線の先にいるアクアブルーの紙を持つ男は、咀嚼していたものをゆっくり飲み込んでから、口を開いた。

「放っておけなくなったから」

「…………」

 先ほどわたしにした説明と同じことを端的に言うマーク。


 それに対して、みんなうんともすんとも返さない。

 一方で、マークは説明終わり、とでも言いたげに食事を再開した。


 ……いや、分からん。

 冷静に考えてみれば、二十三歳に放っておけないと思われているの、地味にショックなんだけど……。

 わたし、三十だからね?

 心配する側の大人だからね?


「……放っておけないって意見には賛成」

 沈黙を破ったのは、質問主のノアだった。

「……でも、アンちゃんが心配なら、ボクが代わりにお世話する。マークくんは安心してボクに任せてくれていいよ?」

 お役御免だね? と、ノアはにっこりとマークに笑いかける。

 マークはその笑顔に鋭い目つきで応戦した。


 ……お世話て。


 わたしの年齢を知っているはずのノアにすら、お世話すると宣言されてしまった。

『子ども大人』とお父様に揶揄されるのも、納得の有様だ。


「アンさんのお世話でしたら、僕の方が適任です! ノアくんもマークくんも、お手数かけなくて結構ですよ!」

 コリンが挙手をして、参戦した。


 そりゃそうだ、彼はわたしのお目付役兼ボディーガードとしての役目も担っているんだから。

 ……お世話係はメイドの仕事であって、コリンの仕事内容には含まれていないけど。


「どうしてコリンくんが、アンちゃんのお世話をするのに適任なの? アンちゃんと、どういう関係?」

 ノアがコリンに振り向いた。

「それは……!」

 そうだった、とわたしはハッとする。

 ノアに事情はあらかた説明したものの、コリンが使用人だとは話していないんだった。


 ノアだけにこっそり伝える分には構わないが、デリックやマークがいる場で使用人だと明かされるのはあまりよろしくない。


 コリンが困ったようにわたしに目で訴えてくる。

 わたしはぶんぶんと首を左右に振った。

「ぼ、僕とアンさんは……! その、えっと……!」


 頑張れ、コリン……!

 なんか、いい感じのでっち上げを思いつくのよ……!


 わたしは手に汗握って、コリンを見守る。

 彼は悩んだ末に、

「主従関係なんです!」

 と、宣言した。


「…………え?」


 みんなの目が丸くなる。

 わたしは頭を抱えた。

 そのまんまじゃない。


「……アンちゃんは、コリンくんのご主人様ってこと?」

「え、あ、えーと……」

 ノアがコリンに追及する。


 正確には、お父様がコリンの主人に当たるが、まあ、大体合ってる。

 とはいえ、それを認めるわけにはいかない。


「そ、そうよ! わたし、コリンと主従関係ごっこして遊んでるの! わたしが女王様で、コリンは、その……えっと……、そう、犬よ!」


 二十三歳たちが、ぽかんとした顔でわたしを見つめる。

 大量の冷や汗が流れた。


 何を言ってるんだろう……わたし……。

 コリンを犬呼ばわりして申し訳ない気持ちが溢れる。

 後できちんと謝ろう。

 ごめんなさい、コリン。


「……わん」


 唖然とした空気の中、コリンが小さく鳴いた。

 わたしも泣きたい気分になった。


 何が主従関係ごっこだ。

 ただコリンをいじめているだけじゃないか。


「……お前、女王様だったのか……」


 ずっと無言だったデリックがボソリと呟いた。

 本気のトーンが心に突き刺さる。


「犬がいるなら、ボク、アンちゃんの猫になる〜! にゃんにゃん!」


 ノアが両手で猫の耳を作るポーズをとった。

 明るくふざけてくれたお陰で、凍った場が解凍されていく。

 何かを失った気がするが、なんとか乗り切った。


「いや、犬も猫も世話される側だろ」

 デリックがまともな突っ込みを入れてくる。


 やめて。そういうの、求めてないから。

 ごっこ遊びだから。

 ごっこ遊びすら、嘘だから。


「……俺もやってやるよ、主従関係ごっこ。女王様なら、側近が必要だよな?」


 デリックがニヤリとして、わたしの側近に立候補してきた。

 側近の分際で、謎の上から目線。

 いいえ、募集しておりません。


「じゃあ、オレも執事で」

 マークも静かに、テキトーすぎるポジションで参加してきた。


 待って、待って!

 わたしは二十三歳と主従関係を築きたいわけじゃない!


「従者がいっぱいできちゃったね、アンちゃん?」

 わたしが貴族であると知っているノアが、意味ありげに首を傾けて可愛らしい仕草をする。


 どうにか、このアホなグループを解散させなければ……!


「四人にお世話なんてされなくても、一人で大丈夫だから……!」

「一人ずつ交代制ってこと?」


 違う!

『一人で』っていうのは、『わたし一人で』って意味!


 都合よく解釈したノアが、二十三歳四人の中でルールを決め始めた。


「これからは、アンちゃんのお世話は一日交代制だからね! マークくんから時計回りで、デリックくん、ボク、コリンくんの順番でルーティーンしていくこと! オッケー?」


 他の三人が「おー」と軽く了解の意を示す。

 唯一本物の従者であるコリンは不服そうだったが、これ以上意見するとボロが出そうなのか、大人しく従っていた。


 当の本人であるわたしを放ったらかしのまま、わたしのお世話係同盟が結ばれてしまった。


 その翌日。

「はぁ……」

「なんだよ、朝から元気ねーな」

「デリック……」


 女子寮から教室へ登校中、いつの間にかデリックが隣に並んでいた。

 今日のお世話係はデリックのようだ。


「ほら、貸せ」

「あっ」


 お世話と言っても、女子寮に入ってくることはできないし、ただ休み時間にやたら話しかけてくるだけの存在になっていた。

 従者っぽい行動と言えば、荷物を持ってくれることくらいだ。


「やめてよ。荷物持ちさせて、いじめてるみたいじゃない」

「俺が好きで持ってんだからいーだろ」

 まさか荷物を奪い取られているとは、誰が想像できようか。


「おい……、あの女子、デリックに荷物持ちさせてるぞ……」

「理事長の息子を尻に敷くなんて、どんだけヤバいやつなんだ……?」


 廊下をすれ違う男子生徒たちのひそひそ声が耳に届く。

 周囲を見渡せば、あからさまにわたしと目を合わせないように、顔を不自然な方向に背けた生徒たちが通り過ぎていく。

 悲しいことに、その中にはクラスメイトも混じっていた。


 じわじわと、わたしはクラスから孤立し始めていた。

 三人の友人を家に招くという目標が遠のいていくのを、ひしひしと感じる。


「……はぁ」

「……お前、本当に大丈夫か? 保健室行くか?」

「大丈夫よ、ちょっと疲れてるだけだから」


 疲れというか、気疲れだし。

 最近、ちょっとばかり予定外の出来事が多すぎた。

 本来なら、女の子とサクッと仲良くなって家に招待し、「アンちゃんの友達です」とお父様の前で宣言してもらって、さっさと退学する予定だったのだから。


 まさか、クラスメイト全員男子で、他クラスとの交流もないまま、ノアに年齢がバレた上に従者が四人できるとは思わないじゃない……。


 問題はそれだけじゃない。

 また体調が悪くなっている。

 昨日もきちんと眠れずに、深夜に目が覚めてしまった。

 三時間睡眠は、結構キツい……。


「……お前、ちゃんと眠れてるのか?」

「眠れてるわよ〜」

 適当に返事をすると、デリックの大きな右手が、わたしの頭をガシッと掴んだ。


 え? わたし、ひねり潰される?


 自分の脳みそが生搾りのリンゴみたいになることを想像していたら、コツン、とおでこにデリックのおでこが当たった。

 至近距離にデリックの整った顔がある。

 まつ毛長いわね……、まつ毛美容液ってこの世界にもあるのかしら……。


「……熱はねぇみたいだな」

 それだけつぶやいて、デリックは離れて行った。


 教室のドアをデリックが開けてくれる。

「何度も言うけど、無理だけはすんなよ」

「はい……」


 わたしはぼーっとする頭で、デリックに返事をした。

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