21 女の子はお姫様
「本当に何なのよ……」
コリンが心配してるし、早く教室に戻りたい。
廊下で向かい合うマークは、自身の口の横に手を当て、
「…………てる」
「え? 聞こえないわ」
「……スカート、捲れてるんだけど!」
若干、キレながら教えてくれた。
お尻の方に目をやれば、確かにスカートの端っこが、ほんの少し捲れていた。
…………え? それだけ?
あんな大声出して、危うく頭から落下しそうになったのに、スカートがちょっと捲れてるだけ?
何ならペチコートを履いているから、下着は見えないのに?
……いや、こういう、はしたないなところがお父様の言う『社会性のなさ』に繋がっているのかもしれない。
きちんと社会経験を積んできた同い年(三十歳)は、スカートが捲れるなんてドジすらしないのだろう。
わたしはスカートを軽くはたいて、整えてから、
「お見苦しいものを……」
と、マークに軽く謝罪した。
これでマークも「分かったなら、いい」とかなんとか言って納得してくれて、教室に戻れるだろう──
「そうじゃない!!」
なんて、わたしの予想は大幅に外れた。
また大声を出された。
何なんだ、本当に。
「女がそんな短いスカート履いて、しかも捲れてたら、ダメだろ」
「誰に、何がダメなのよ。だから、見苦しいもの見せて悪かったって、言ってるじゃない。謝罪が足りないって言いたいの?」
「見苦しくねーよ! 目のやり場に困るんだよ!」
はぁ?
別に下着が見えてるわけでもないのに、目のやり場に困るぅ?
「……本気で言ってるの? 女子に慣れてなさすぎじゃない?」
「…………っ!」
ぐぬぬ、と声が聞こえてきそうなほど、マークの声が詰まった。
……図星だったらしい。
「……そうだよ、母さんとしか接したことないから、女とどう接していいか、わかんねーんだよ……!」
殺人事件の自白をする犯人並みのテンションで告白される、彼の過去。
「……オレは母さんから、『女の子はみんなお姫様だ』と教わっているんだ」
まぁ、お洒落な例えをするお母様だわ。
なんて、マークの可愛らしい一面を垣間見て、微笑ましくなっているわたしに突きつけられたのは、
「だから、お前も女らしく、姫らしくしろ」
クソガキ命令だった。
思わず眉間に皺が寄る。
……こいつは馬鹿なのか?
「……女らしくとか姫らしくって、何?」
「え」
女の子はお姫様。
それは、『女の子とは、姫らしくお淑やかな生き物である』という意味じゃなくて、『女の子と接する時は、お姫様だと思って扱いなさい』という処世術の教訓だろう。
どうしたらそう曲解して、姫らしさを女側に押し付ける発想になるんだ。
「わたしはわたし。アンよ。それが認められないなら、わたしを女として扱わなくて結構」
「…………」
マークは何も言い返してこない。
口を半開きにして、言葉を失ったようだった。
──わたしという個性を消して、女らしく、だって?
たまったもんじゃない。
しかも、人に命令されて、なんてもってのほか。
そんなのは、モラハラ旦那に支配されていた前世と何も変わらない。
呆然と立ち尽くすマークを無視して、わたしはスカートを翻す。
「そうもいかないだろ……」
教室のドアを開ける音に混じって、マークのため息が耳に届いた気がした。
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